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なんのはなしですか。【長編小説】29

 翌日、榎本は朝一で情総部へと向かった。コニシ木の子、奴について探る。

 情総部の窓口に着くと、身分証を見せ、奴の名前を伝えた。窓口の女性がデータを持ってくる。すると女性は奇妙なことを口走った。
「先程も女性が一人訪ねてきました。コニシさん有名なんですね」
 有名?昨日の山根先生の放送の影響か?
「有名かは分かりませんが、来訪者の方はどういった用件だったんですか?」榎本が訊く。
 窓口の女性はやや困ったように話し始めた。

「大将のコニシ木の子さんへプレゼントを送りたいと。コニシさんについて熱く語っていました
 女性は覚えている限りの内容を榎本へ伝えた。
「大将…コニシ木の子へプレゼントを…しかも、そんなに熱く…」
「でも、一般の方に向けて個人情報の公開はできませんし、そういったサービスも行っておりません、とお断りしました」
「それで、女性は?ちなみに女性の名前は分かったりしますか」
「残念そうに帰っていかれました。名前までは分かりませんが、たしか寿司柄のスカートを穿いていました」
「なるほど、御協力ありがとうございました」
 榎本はコニシのデータを受け取ると本部へ戻った。

「あ、榎本さん。おはようございます。今日は遅かったんですね」と宮下が声をかける。
「いや、さっきまで情総部へ行っていた」
「情総部?何かあったんですか?」
「あぁ。酒場の店主、コニシ木の子。奴の情報を手に入れた」
 宮下は目を丸くして榎本の方を見た。
「え、どうして奴のフルネーム分かったんですか」
 榎本はテレビで昨日見た内容を伝えた。
「まさか、そんな。例のタグについて放送されたなんて…」宮下が言葉を失う。
「かなり危機的な状況だ。しかし、コニシのデータに何かしら有力な手がかりがあるかもしれない」
「そうですね。さっそく確認しましょう」

 宮下は榎本からデータを受け取り、パソコンに表示した。
 そこで2人は目を疑った。例のタグはコニシの一番初めの記事である2021年5月から使われていた。約3年も前からである。
「榎本さん、これはいったい、どういうことですか…そんな前から使っていたのに、なぜ今更になって…!」
 榎本も険しい顔をしていた。
「俺にも、分からない…それに、まさか奴がNHK『にほんごであそぼ』のメインMCだった『コニちゃん』こと『KONISHIKI』と繋がりがあったとは…」榎本が思わず机に手を着く。

 2人はコニシ木の子の記事を追った。
 初期は、時折ふざけた内容もあるが、主に仲間やKONISHIKIとの歩みを書いた割と真面目な自伝だ。
 中期になると、主に自身の生活や読書で得た学びを、ふざけた内容も交えつつ綴っている。
 後期には、再びKONISHIKIを招待したイベントや、読書と日常をより洗練された文章で面白おかしく記している。

 そして、ここ最近になりおかしくなった。いや、もともとおかしい要素はあった。しかし、それでもここ最近(数ヶ月)は特に如実におかしい。フラフラとした掴みどころのない文体が読み手の心を掴んでくる。掴みどころがないのに掴まれるのだ。全くもって意味が分からない。そして、なんの話しかも分からない。やはり、KONISHIKIと数年共にしていただけある。まるで、にほんごであそんでいる。
 情総部の職員が言っていた寿司柄スカートネキの話とも一致する。しかし、パンデミックの手掛かりになるような情報は得られない。榎本は顰めていた顔にそのまま手を当てた。

 すると宮下が声を上げる。
「榎本さん!これを見てください」
 そこには『「なんのはなしです課」通信』と書かれていた。
 記事内で紹介されている住民は、どうやら難民のようだ。まるで行政取締棟の各課が配布している情報誌を遊び半分で模倣したようなもので、少しふざけて面白おかしく記した内容だった。

 初掲載は今年の3月。やはり例のタグが流行り始めた時期と一致する。
 しかし、薬物や宗教的な勧誘はなく、仲間ともとれる難民が増えた喜びに泣いているような記事だった。

「ウイルスの線が一番濃厚かと思っていたが、コニシが約3年も前から例のタグとふざけた話をしているなら、もっと前から目撃者もいたはずだ。そうなると、視覚的な感染であるウイルスは見当違いかもしれないな。まぁ、新型や変異型という可能性もあるが」榎本は記事の一覧をスクロールしながら言った。

「じゃあ、やっぱり薬物ですか?昨日の会った青年も、親玉であるpotesakulaの書く原動力になった『薬物』を探していました」宮下が訊く。
「いや、それも奴らの妄想という可能性が高い。もし薬物であるならコニシが使い始めた頃から、ブツをばらまいているだろう」
「たしかに」宮下は揺らしていたペンを止めて言った。「1つ気になることがあるんです」
「気になること?なんだ」榎本が訊いた。

「この『魔法の言葉』です。これ、何かのキーワードなんじゃないですか?」
「『魔法の言葉』がキーワードか」
 そうなれば、やはり洗脳か?ここ最近になって何か習得したとかか?いや、しかし、記事にはフォローも紹介も要らないと書いてある。となると宗教的な洗脳とも言い難い。
 だが、奴は読み手を惹き付ける書き方を心得ている。つまり、あえてそう書くことで相手を油断させる戦略という可能性も考えられるわけか。榎本は黙考した。
 未知のウイルスを特定するにも、スキャナーの完成までは、もう少しかかるという話だ。

「考えていても仕方ない。手当り次第、難民を当るぞ」榎本は前を見た。
「わかりました。一応、これまで当たった難民はリストに追加しておきます」
 2人は昨日見つけた難民の情報を共有した。それから宮下がリストへ名前を追加していく。

難民なんみんリスト』
 0.(大将)コニシ木の子
(割愛)
 8.(マスター)RaM
 9.(親玉)potesakula
 10.(麗子像)青豆ノノ
 11.(先生)山根あきら
 12.(世界の)蒼広樹
 13.(WB社員)マイトン

 これで13人。まだまだここからか。榎本は拳を握った。




次へ続く





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