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ポリハレビーチまで 6)マンゴーがひとつ

大きなオークのダイニングテーブルの上に、キャスに貰ったオレンジ色のマンゴーがひとつ。

凪と一緒に滞在しているこの部屋はAir BnBで借りた。
広いリビングとキッチン、それにロフトが寝室になっている。

キッチンは外国映画で見るような広いL字型で、設備はそれなりに古いが清潔に保たれ使い勝手も悪くない。


ダイニングテーブルのマンゴーを弄びながら、私は椅子に座っていた。

凪がキッチンで料理の準備をする背中を眺めている。

「今日はスーパーで買ってきたポキと、あとはアボカドのディップとトルティーヤチップス。トマトもスライスしますね」

凪はいろいろな食生活を実践した結果、今は魚は食べている。
ペスカタリアンというらしい。

「キャスさんのこと、ちょうど私も今日耳にしましたよ」

凪が手を動かしながら少しだけ振り向いて言う。

「本業はハワイアン料理の先生。そちらの業界でも高名な方で著書は世界中で人気があるとか。
けれどこの島では彼女はスピリチュアルな方面で有名だそうです。
10年程前に娘さんを亡くされてから身についたチカラらしいのですが」

あんな風に周りの空気を明るくするような笑顔を作れる人も、心の中に穴を抱えている。

その穴が共鳴して私たちを近づけたのだろうか、などと考える。

「不思議なものですね。フミさんとキャスさん、ヨーコさんが結び付けたんでしょうか」

言いながら凪がテーブルに料理を運んでくる。

マンゴーを弄びながら物思いに耽っていた私が慌てて立ち上がり手伝おうとするも、準備はすでに万端だった。

ごめん、と小さく口にして座り直す私に凪が微笑む。
「何も悪くはないですよ。そうですね、ありがとうと言われた方が私は嬉しいです」

凪の笑顔は森の樹々を微かに揺らす風のようだ。

なぜか緑の匂いを孕んでいるように感じさせる。

「食後にそのマンゴーをいただきましょうか。フミさんに剥いてもらおうかな」

「もちろん」と答えながら、よく考えたら人生で一度もマンゴーを剥いたことがないのを思い出した。


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