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「リバイバルだけがハードコアじゃない」 『偽救世主共』 からSWARRRMを再考する ( text by 行川和彦 )

 “グラインドコアを追求するがゆえにグラインドコアを越えたトータル・グラインド・マスターピースだ。いやこれは、ロックとしてもさらなる進化を遂げた作品なのだ。”

 『偽救世主共』リリースの際、パンク雑誌DOLLの2004年1月号で書いた記事からの引用である。当時抱いたこの気持ちは、あらためて聴いた今も変わってない。『偽救世主共』は、グラインドコアをロックな感覚で“深化”させたアルバムでもある。アレンジが単純でお約束みたいなのは嫌だから、SWARRRMは結成当初からロック・バンドっぽいグラインドコア目指していた。

 でも僕にとって『偽救世主共』は、パンクでありハードコアである。時系列+アーティスト名のアルファベット順でアルバムを並べた結果ではあるが、僕が監修した本の『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』に、SWARRRMの『偽救世主共』が最後を締める形でラストに登場するのも偶然ではない。パンク/ハードコアを総括するアルバムだった、と言っても過言ではないからだ。

 メンバーがグラインドコアを意識しようが、ファーストの『Against Again』(2000年)の時点で僕はSWARRRMをあまりグラインドコアとは思ってない。あえて言えば異形のグラインドコア、カオティック・グラインドである。そもそもグラインドコア自体がハードコア・パンクの流れで生まれているし、SWARRRMもヘヴィ・メタルから派生した方のグラインドコアには聞こえない。実際、SWARRRMのメンバーはあまりメタルの方のバンドを触発源として挙げない。しいて言えば『偽救世主共』は、邪悪なギターと長めのブラスト・ビートの使い方にブラック・メタルの遺伝子も感じる。激速パートにしてもハードコア・パンク寄りで、Kapoが大好きなCROSSED OUTを筆頭にしたパワー・ヴァイオレンス勢やファスト・コアの突進力ではないか。

 『偽救世主共』は、グラインドコアの枠を突き抜けてハードコアをアップデートしたアルバムである。スタイル重視でエナジーや創造力に欠ける焼き直しバンドが当時目立っていただけに、そんなシーンに風穴を開けるカオスを体現した『偽救世主共』は鮮烈だった。丹精した楽曲と精魂込めたプレイで、こういうバンドが同時代に日本にも存在していることを本当にうれしく思ったし、色褪せるどころか今も規格外のアルバムである。

 『Against Again』は、種々雑多な90年代のアンダーグラウンドのパンク/ハードコアを“グラインドコア・ミックス”したようなアルバムだった。“泣き”の要素を入れたいと思った筆頭のBORN AGAINST、PORTRAIT OF PAST、ANTIOCH ARROW、CATHARSIS、CAVE INのファーストといった、米国の“激情系”からのインスピレーションが大きかった。

 さらにHIS HERO IS GONEとTRAGEDYは、初期のSWARRRMにとって重要なバンドである。『Against Again』から『偽救世主共』への流れは、メンバー3人がダブっているHIS HERO IS GONEからTRAGEDYへの深化と進化にも似ている。ドラマチックな展開でありながらもストレートな情動の加速サウンドに、という点で共振するのだ。HIS HERO IS GONEを『Against Again』で触発されたバンドの一つとして挙げたKapoは、『偽救世主共』を作るにあたって、TRAGEDYのデビュー・アルバム『Tragedy』(2000年)から大きく刺激されていた。

 「(ストレートなことは)最初はわざと避けてましたね。最初はもっと、自分らのプレイする時の欲求を満たすためだけの曲みたいなのを、やりたかったんですね。アレンジを複雑にして、ややっこしいことやって“難しいなぁ…”とかやってるのが楽しい。自分らがプレイできるかできないか、そのギリギリな感じを楽しんでやるのが、好きやったみたいです」

 冒頭で書いたDOLL誌のインタヴューの時にKapoが語った言葉だが、そんな彼らが『偽救世主共』の制作に向かっていく中でストレートなものの良さも、あらためて感じていった。

 「やっぱTRAGEDYを聴いて考え変わったなぁって部分も。そのファースト聴いて、あれはビックリした。リバイバルやとは思うんですけど、後退した感じより進化したんちゃうかなっていうような感じが」

 ただ当時SWARRRMは、TRAGEDYよりもCONVERGEがよく引き合いに出されていたと思う。ブラスト・ビートを使っていようが僕も、やはりグラインドコアというよりはカオティック・ハードコアに近い位置づけだった。『Against Again』を聴くと、いわゆる“9.11”の直前にリリースされたCONVERGEの『Jane Doe』(2001年)の、先を行っていたようにも聞こえる。聴いてきた音楽がわりと近い両者ならではだが、その2枚のアルバムの1曲目が象徴的だし、アルバム全体の疾走メロディの使い方もそうだ。

 『偽救世主共』を作る前にCONVERGEの話をした時、Kapoは「悪くはないけど個人的にはもう少し侘び寂びみたいなものが欲しい」みたいなことを言っていたことがある。カオティック系といっても引っ掛かってくるフレーズが欲しいようで、それがSWARRRMの曲のフックである。そういう日本的な侘び寂びが、Tsukasaの歌を全面に出した2010年代以降のアルバムで強まったことは言うまでもない。

 「CONVERGEよりMUSEとかの方が絶対好き」という、前述のインタヴュー時のKapoの発言に当時驚いた記憶がある。英国のMUSEは他のメンバーも好んでいて、『Origin Of Symmetry』(2001年)からのインスピレーションを感じ取ることも可能だし、『偽救世主共』が同年のMUSEの『Absolution』と共振していると言っても過言ではない。『偽救世主共』は、アルバムのオープニングをはじめトラッドにも通じる哀切の旋律に胸が締めつけられる。研ぎ澄まされたメロディは戦慄が走るほど張りつめ、グラインドコアとしては言わずもがなハードコアとしても異色のマンドリンとピアノの挿入が抒情性を高めている。

 ファーストの時「ブラストを入れるという事以外、決め事は無いです。ただ、グラインドコアだけど心に響くようないい曲をつくりたいという気持ちは持ってます」と語っていたKapo。“chaos & grind”を標榜するもSWARRRMは常に、ある種のキャッチーさも重視していた。

 現ヴォーカルのTsukasa加入第一弾アルバム『black bong』(2007年)リリースの際、「それまでアレンジ重視やったのが、『偽救世主共』から、ええ曲を作ろうっていう意識が」とも振り返っていた。『偽救世主共』も色々な曲が収録されてはいるが、複雑にしたいというより、いい曲にしたいという気持ちがかなり強かった。と同時に“シンプルにすること=いい曲”とは、まったく思ってもいなかった。曲にフックがあり、数回聴けば曲のラインが覚えられるのも、いい曲にしたいい気持の一環である。特に『偽救世主共』は歌にメロディが最初からないから、ギターなどのフレーズで特にフックが際立つメロディを入れ、ブルータルなヴォーカルとの極端なギャップも聴きどころの一つである。

 アルバム・タイトル『偽救世主共』には、あまりSWARRRMがはっきりと口に出してなかったメッセージめいたKapoの“いらだち”も表われていた。
 「日頃制作しとっても、デカいこと言うウソつきが多くて腹立つな、みたいな感じのところから出たもの。口だけのヤツ多いから腹立つなみたいところですね。ウソつきのくせにデカい顔しやがって、みたいなところですね」
 ポリティカルな意味合いを含む“偽救世主共”という言葉は、今の世界にもピッタリではないか。これまた先を読んでいたのである。

 それまで英語オンリーのバンドだっただけに、日本語のタイトルがクレジットされたことも今のSWARRRMの原点のアルバムだ。“偽救世主共”だけではあるが、開くと棺をイメージする形のジャケットのアートワークを見ても目立つ。ここでSWARRRMはまた一つ、ルビコン川を渡ったのである。

 フロントマンを務めたHATADAもOKA-Zも日本語で書いていたが、歌詞を公開してなかっただけに、ヴォーカルも含めてサウンド全体の響きそのものが“メッセージ”とも解釈できるバンドだったSWARRRM。アルバムに歌詞を載せてないことに対する質問に対し、リーダーのKapoはこう答えていた。

 「今後“いい歌詞やな”と思えるような歌詞を書いてくれたら、載せる可能性はあるんですけど、今の段階では別に載せるほどの歌詞じゃないなっていうのがあって。ほんま、他人が見ても何も思わへんような、ものすごい自分のことしか書いてないから(笑)。全部“むかつく”とか、そういうことばかりですよ。(特にライヴのヴォーカルはインプロヴィゼイションとか)そういうのに近い部分も、だいぶあるとは思うんです。今のヴォーカル・スタイルでバンドの音に合ってると、僕は思っとるんで。今後歌詞でも、“やっぱ(よく聞き取れる)言葉があった方がインパクトあるし”っていう話はしてるけど、まだ今の時点では…。まあその第一歩みたいなのが『偽救世主共』。いちおう聞き取れるじゃないですか、何言うてるか」

 部分的とはいえ曲によっては、確かにところどころから日本語がはっきりと聞こえてくる。これまた『偽救世主共』が現在の“歌路線”の萌芽でもあることを示しているし、目下の最新作『ゆめをみたの』の誕生も必然だったわけだ。少なくてもヴォーカルに関しては『偽救世主共』からは歌はほとんど聞こえてこないが、今思えばSWARRRMの『偽救世主共』の楽器の音からは“歌”が聞こえてくる点も、特筆したい。

 アルバム『偽救世主共』に込めた気持ちや感情を、Kapoはこう語っていた。
 「リバイバルだけがハードコアじゃないっていう気持ちはありますね。進化させたいっていう気持が先走るぐらいで行きたいなっていう」
 やはりハードコアという気持ちが強く、キーワードは進化であった。そのすべての意志と意思は今も変わらず、否、より加速しているのがSWARRRMなのである。


text by 行川和彦
なめブログ http://hardasarock.blog54.fc2.com/ 
twitter https://twitter.com/VISIONoDISORDER
Hard as a Rockを座右の銘とする、
音楽文士&パンクの弁護人。

『パンク・ロック/ハードコア・ディスク・ガイド 1975-2003』(2004年~監修本)、
『パンク・ロック/ハードコア史』(2007年)、
『パンク・ロック/ハードコアの名盤100』(2010年)<以上リットーミュージック刊>、
『メタルとパンクの相関関係』(2020年~BURRN!の奥野高久編集部員との“共著”)<シンコーミュージック刊>
を発表。

ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、CDジャーナル、ギター・マガジン、ヘドバンなどで執筆中。

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3LA -LongLegsLongArms Records-
web: http://longlegslongarms.jp/
bandcamp: https://longlegslongarms.bandcamp.com/



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