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季節の博物誌 8 蜘蛛

 昔から蜘蛛が苦手だった。凶悪そうな外見のオニグモ。毒々しい縞模様のあるジョロウグモ。あの八本足の姿には絶対に触れない。田舎の実家では、夜、柱や壁に、闇の気配をまとって出てくる大きなアシダカグモが、妖怪のようで怖かった。

 そんな蜘蛛への見方が変わったのは、井の頭文化園で飼育されているミズグモを見た時だ。ミズグモは水中で生活する唯一の蜘蛛だという。ミズグモは水草の枝などに糸を吐いて作ったドーム状の膜を張り、ここに水上から空気のかたまりを抱えて何度も運び、丸い空気の部屋を作って、家にする。まるでガラス玉の中に住んでいるようだ。外見が蜘蛛でなければ、妖精のように見えることだろう。

 その時以来、蜘蛛の生態が気になり始め、あれこれ調べてみた。調べるほどに興味深い事だらけだ。蜘蛛が吐く糸は、獲物をつかまえる巣の横糸、自分が移動するための巣の縦糸、獲物をぐるぐる巻きにする糸、ぶら下がるための糸など何種類もあり、いらない糸は食べてしまえば体内で何度でも再生産できるらしい。それだけでなく、蜘蛛は糸を使って空を飛べる。卵から孵って間もない子蜘蛛たちは、独り立ちするために糸を空に向け、風に乗って飛び立ってゆく。この行動は「バルーニング」と呼ばれている。人間のハンググライダーの原型のようでもあり、その能力には驚いてしまう。

 そういえば遠い昔、晩秋の山の峠に行った時、空で何かがキラキラと銀色に光った。見上げると、一匹の蜘蛛が長い糸にぶら下がって、頭上を飛んでいた。あれは何の蜘蛛だったのか。悠々とした姿が忘れられない。

 秋になると、あちこちでジョロウグモが大きな巣を張っている光景が見られる。蜘蛛は今でも苦手だが、夕暮れの空に高く銀色の糸を掲げて、じっと動かずにいるそのシルエットは、どこか孤高の存在に見えてくる。また、朝の庭で、朝露の輝いている蜘蛛の巣は印象深い。蜘蛛たちは、この美しさに気づいているのだろうか。


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