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【声劇台本】たのしい手術 3:1

◆登場人物◆

♂加藤
 初めての手術を前に若干緊張気味。

♀看護師
 優しく患者のお世話をする白衣の天使。

♂中川
 加藤の手術を担当する執刀医。

♂染谷(そめや)
 加藤の手術を担当する麻酔科医。


 病院の廊下。看護師に付き添われ、手術室へ向かう加藤。

加藤「……」

看護師「加藤さん、緊張してますか?」

加藤「そうですね……いざとなると結構緊張してきたかも」

看護師「わかります。皆さんそうですよ。でも心配いりません。今回加藤さんの手術を担当するのは、うちの病院の中でも超ベテランの中川先生なんで。大船に乗ったつもりでいてください」

加藤「は、はい」

 手術室に到着する。
 ドラマでよく見る青い手術着を着た二人の医師がこちらを向いた。

染谷「加藤さん。どうも、麻酔科医の染谷です。よろしくお願いしますね」

加藤「よろしくお願いします」

中川「執刀を担当する中川です。加藤さん、心の準備はできましたか?」

加藤「まあ……一応」

中川「本当に~?」(おどけて)

加藤「あはは……大丈夫です。看護師さんにも中川先生は超ベテランだから心配無用だと言われました」

中川「ハードル上げますねえ。これは一層丁寧にしないと」

看護師「先生はいつも丁寧ですよ。隣で見てる私が保証します」

中川「はは、参ったなぁ」

加藤「あの、えっと……染谷先生?」

染谷「はい?」

加藤「麻酔の効き目って個人差があるって聞くんですけど」

染谷「はい」

加藤「例えば、手術中に麻酔が切れたりすることとかって……」

染谷「加藤さんは、痛みには強いほうですか?」

加藤「えっ? どう、ですかね……どっちかって言うと弱いほうかと」

染谷「(気まずそうに)あー……そうなんですね。じゃあ……そっか。うーん……」

加藤「えっ? えっ? 麻酔、切れることあるんですか?」

染谷「……うっそー(笑) ありませんよ」

加藤「で、ですよね」

染谷「全身麻酔は点滴で麻酔を入れます。手術の間は麻酔科医がしっかり患者さんをモニターしているので、意図せず麻酔が切れることは100パーセントありません」

加藤「良かったぁ……焦りましたよ」

染谷「ははは」

中川「加藤さん。今の流れ、大体お決まりのパターンです(笑)」

加藤「そうなんですか」

中川「やっぱり皆さんのイメージって手術といえば麻酔ですからね~。初めての麻酔でワクワクしてる人なんかも結構いるんですよ」

加藤「なるほど」

染谷「お子さんだと特に、絶対目つぶらないから見てて!って勝負を申し込まれるんですけど、10秒耐えた子は居ませんね。逆に高血圧の人や高齢者だとゆっくり点滴を入れていくので、完落ちまで数分かかるんですが。加藤さんはお若いし血圧も正常なので、早いほうで行きますよ」

加藤「はい。あー、確かにワクワクしてきましたね。緊張のドキドキも同じくらいありますけど」

染谷「でしょう?」

中川「さあ、そろそろ時間なので始めましょう。加藤さん、よろしくお願いします」

加藤「はい」

看護師「じゃ、この台に横になってください」

加藤「……(ごくり)」

中川「大丈夫。寝て起きたら一瞬で終わったように感じますよ」

加藤「……はい」

染谷「加藤さん、勝負します?」

加藤「え? あぁ(笑) せっかくだからやってみようかな」

染谷「いいですね~! 10秒以内にノックアウトしてみせましょう」

看護師「患者さんにKO宣言しないでください(笑) はい、酸素マスクつけますよー」

加藤「もし僕が勝ったらどうします?」

看護師「ちょっとチクッとしますよー」

染谷「そうですね……もし加藤さんが勝ったら、その時は…………」

加藤(あれ、急に音が聞こえづらくなった。もう麻酔入れてるんだ)

染谷「1……2……3……」

加藤(体中の力が抜けて……瞼が重い……でも……負けないぞ……)

染谷「4……5……6……」

加藤(ああ……視界がボヤけてきた……ダメだ……)

染谷「7……8……9……」

加藤(……あれ? 10秒経った? やった! 新記録!)

染谷「はい終了」

加藤「染谷先生、新記録達成ですよね? 僕の勝ちで──」

中川「それじゃ、オペ始めます」

加藤「えっ?」

 加藤の口は動いていなかった。もちろん声も出ていない。

加藤(あれ? なんだこれ?)

染谷「よろしくお願いします」

看護師「よろしくお願いします」

加藤(え、ちょっと待って。無理に起きようとしたから麻酔が効いてない? 先生に伝えないと……でも、声が出ない! どうすれば……そうだ! 目でアイコンタクト!)

看護師「加藤さん、瞼あいちゃってますね」

染谷「あぁ、無理して起きようと頑張ると、まれにその形で固まっちゃうことがあるんだよね」

看護師「本当だ。閉じてもまた開いてきちゃう。へえ……勉強になります」

染谷「仕方ないんで適当に間隔あけて目薬さしてあげて下さい」

看護師「はい」

加藤(だ、ダメだ全然動かない。焦点も合わないし、このままじゃ……!)

中川「じゃあまず開腹から……メス下さい」

看護師「はい」

加藤(ちょ、ちょっと待って! まだ麻酔が……!!)

中川「あ」

加藤「!」

中川「いつものやつ、かけてね」

看護師「はい」

 看護師が棚の上に置かれたラジカセのボタンを押すと、優雅なクラシックが流れだした。(ショパンのノクターン第2番 変ホ長調)

中川「うん、じゃあ始めよう」

加藤(やめて! やめてください! やめ──)

中川「スウッ」

 中川医師が加藤の胸に当てたメスを素早く引く。

加藤(うっ!!)

中川「すっ、すっ、すーっ」

加藤(あ! あ! あーッ!)

中川「すすすすすぅ……っと」

加藤(ぎぃああああああ……!)

中川「ふふんふーん♪(適当に鼻歌)」

加藤(痛い! あがぁ! ぎぃ!?)

中川「ふーんふーん♪ ふふーんふーん♪」

加藤(うぎいいいいいいい!)

中川「さぁ~ひらいた。やっぱり非喫煙者の肺は綺麗だねぇ」

看護師「こないだのヘビースモーカーの患者さんは真っ黒でしたもんね」

 加藤の呼吸に合わせて、左右の肺が収縮を繰り返している。

中川「うん。でもレントゲンで見た通り、がん組織が広がってきてるね」

染谷「残念ですけど左肺の上葉(じょうよう)は切除ですね」

中川「仕方ないね」

加藤(痛い……痛すぎて死ぬ……)

中川「それじゃ、レーザーで切除っと」

加藤(ぎぃやああああああ!)

 数時間後──

看護師「……さん。加藤さん」

加藤「……ん」

看護師「加藤さん、お疲れ様でした。手術、無事終わりましたよ」

加藤「……はっ!」

看護師「気分は悪くありませんか? まだ多少しびれが残ってると思いますが、そのうち戻るので大丈夫ですよ」

加藤「か、看護師さん」

看護師「加藤さん? どうしました?」

 先ほどの手術室での体験を話す加藤。

看護師「あはは、たまにいらっしゃいますよ。手術のときにそういう悪夢を見たっていう方」

加藤「あれが、夢……? そんなばかな」

看護師「眠気に抵抗して意識や感覚が残ることはありません。ぐっすりおやすみでしたよ」

加藤「でも、すごくリアルで……あれが夢だなんて」

看護師「手術への不安とかが夢に出てきちゃうんでしょうね。眠くないのに薬で強制的に眠らされるから」

加藤「そういうもんですか」

看護師「ともかく、手術は終わりました。あとはゆっくりと体を休めましょう」

加藤「はい」

 疲れたのか、再び眠りにつく加藤。
 しばらくして染谷医師が病室に訪れた。

染谷「どうですか? 加藤さんの術後の状態は」

看護師「染谷先生、実は……」

染谷「……なるほど。手術中の記憶が残っていた……」

看護師「ええ。悪夢ということで一応納得したようですが。どうしましょう」

染谷「何か言われても夢、ということで通して下さい。何も問題ありませんよ」

看護師「わかりました」

染谷「麻酔というものが実は痛みを消す薬ではなく、記憶を消す薬であるということは、決して知られてはいけません。もし世間に知れたら、倫理だのなんだので手術ができなくなってしまいますからね」

看護師「はい。刃物で体に穴を空ける……そんな恐ろしいことを許容できるのは、麻酔で痛みを感じないからです」

染谷「その通り。でもそれが実は、死ぬほどの激痛に苦しんだ記憶を、あとから消しているだけだとわかったら……」

看護師 「誰も手術を受けなくなってしまうでしょうね」

染谷「しかし珍しいケースですね。この方には貴重な実験サンプルとして医学の発展に役立って頂きましょう」

看護師「中川先生が喜びますね」

染谷「まったく。あの人、切り刻むの大好きですからねぇ」

 看護師と染谷が退室する。加藤、かっと目を開ける。

加藤「……冗談じゃない。この病院はおかしいんだ。は、早く逃げないと」

 フラつく体で病室を飛び出す加藤。大病院のため玄関口まではかなり移動しなければならない。

中川「おっと!」

加藤「っ!」

 曲がり角で前から歩いてきた中川にぶつかりそうになる。

中川「加藤さん、どうしたんですか? そんなに動いたら傷口が開いてしまいますよ」

加藤「と、トイレです! も、漏れそうで!」

中川「病室に簡易トイレがありますよ」

加藤「いや、あの、大きい方なんで、音とか恥ずかしいのでお構いなく!」

 逃げるようにその場を離れる加藤。

中川「ちっ……。(スマホを取り出し)もしもし、私だ。サンプルが逃走した。出口を固めろ。そうだ。他の患者には絶対に気付かれるな」

加藤「はあ、はあ……胸が痛い……! くそっ……もうすぐ玄関なのにっ……」

看護師「加藤さん」

加藤「!?」

看護師「どうされたんですか。まだ寝てなきゃダメですよ。さ、病室に戻りましょう」

加藤「い、嫌だ! はあ、はあ……ウチに帰らせてください」

看護師「ダメに決まってるでしょう。加藤さんは手術したばかりなんですよ? さ、一緒に行きましょう」

加藤「やめろっ! 皆さん! この病院はおかしいんだ! この病院で使ってる麻酔は普通の麻酔じゃない!」

看護師「加藤さん、突然何を言うんですか。皆さん驚いてますよ。そんなに興奮したら体によくありません。落ち着いてください」

加藤「あの手術の痛み、あれは夢なんかじゃない! 現実の痛みだったんだ!」

染谷「どうされました? 院内ではお静かに願います」

看護師「染谷先生、実は加藤さんが錯乱を起こして……」

加藤「僕は正常だ! 病室での話を僕は聞いていたんだ。麻酔が記憶を消すだけの薬だってこともね!」

染谷「ストレッチャー持ってきて」

看護師「はい」

加藤「そこをどけ! この事実を世間に公表してやる! あんたらは終わりだぞ!」

染谷「わかりました。加藤さんは何か誤解されてるようです。お話を聞きますから一旦冷静になりましょう」

加藤「嘘だ、僕を実験に使うつもりなんだろう? そうはいくか! うっ痛っ……!」

染谷「ほら、傷口が開いてるんですよ」

加藤「さ、触るな……うっ!?」

 腕に鋭い痛みが走る。注射だ。

中川「いけませんねえ。病人は病人らしく、ベッドで大人しくしといてもらわないと」

加藤「あ……がぁ……くっそぉ……」

 意識が途切れる加藤。

看護師「……さん。加藤さん」

加藤「……ん」

看護師「加藤さん、お疲れ様でした。手術、無事終わりましたよ」

加藤「……はっ!」

看護師「気分は悪くありませんか? まだ多少しびれが残ってると思いますが、そのうち戻るので大丈夫ですよ」

加藤「ゆ、夢……?」

看護師「少しうなされてましたね。もう大丈夫ですよ」

加藤「良かった……すごくリアルな夢でした……」

看護師「それは嫌ですね(笑) ちなみに、どんな夢だったんですか?」

加藤「ええっと……手術するときの麻酔が、実は記憶を消す薬で……痛みを感じるんですけど、あとで記憶を消してるだけっていう……そういう夢でした」

看護師「うふふ、なんですかそれ」

加藤「おかしいですよね(笑) そんなわけないのに」

看護師「うふふ……そんなことありませんよ。やっぱり加藤さん、記憶力がすごく良いんですね」

加藤「え……?」

 ふと見ると、四肢がベッドに固定されていた。

加藤「なっ……?」

看護師「これでもう安心です。ダメですよ、勝手に病室を抜け出しちゃあ」

加藤「じゃ、じゃあさっきのはやっぱり夢じゃ……!」

看護師「はーい、これつけてくださいね」

 看護師、加藤の口に猿轡(さるぐつわ)をかませる。

加藤「んむーっ! んんんーーっ!」

染谷「あ、加藤さん。お目覚めですね。気分はどうですか?」

加藤「んんんーーっ! んんーーっ!」

中川「良かった。元気いっぱいですね。体力が落ちると手術に耐えられませんからねえ、くっくっく……」

染谷「そうだ加藤さん。手術の前に賭けをしましたよね。覚えてますか?」

加藤「……?」

染谷「ほら、麻酔をかける時に……」

染谷『そうですね……もし加藤さんが勝ったら、その時は…………その時は、今度は麻酔なしで手術してあげますね』

加藤「んーっ!! んーっ!!」

染谷「麻酔は記憶を消す効果もありますが、筋肉を弛緩させる効果もあるんです。だから目の焦点が合わなくなったり、力が入らなくなるんですけど、今度はそうならないようにしましょう」

加藤「!?」

染谷「自分で自分の中身が見れるかもしれませんよ?」

中川「楽しみですね~人間の活け造り!」

看護師「活け造り……なんだかお腹減ってきちゃいますね」

中川「じゅる……加藤さん。私、海鮮は白子が一番好きなんですよ」

加藤「……?」

中川「あれって脳みそに似てるでしょう? あなたの麻酔への耐性の秘密を調べるのに、頭もこじ開けてみようと思うんです」

加藤「んん!?」

中川「楽しみだなぁ、加藤さんの白……いや、脳みそ。我慢できるかなぁ」

加藤「!?」

看護師「中川先生、つまみ食いはお行儀が悪いですよ」

中川「そ、そうだよねぇ……」

染谷「ちゃんと切り分けてからにしてくださいね。海馬のあたりなら取っちゃってもいいでしょう」

中川「やった!」

加藤「んふーっ! んふーっ!!」

中川「ひひっ……意識がありながら脳を切られたら、どんな景色が見えるんでしょうねェ……いやあ、こんなにワクワクする手術久々だぁ。早くッ! 一刻も早く手術ッ! しましょうよォ!! 私さっきから我慢の限界でッ!」

染谷「中川先生も好きですねえ。じゃあもうこのまま……」

中川「行きましょ行きましょ!」

看護師「そう言うと思って、オペ室押さえてあります」

中川「さすが! できる女は違うね~」

加藤「んんーっ! んんんーっ!」

染谷「加藤さん、安心してください。手術が終わったら麻酔してあげますからね。今度は強めのヤツ入れとくんで、ちゃんと忘れられると思いますよ」

看護師「先生、もう海馬とっちゃうんですから関係ないでしょう」

染谷「あ、そうでした」

 爆笑する中川、染谷、看護師。(長めにお願いします)

加藤「ふんんん! ふんんんーーーっ!! んんんんーーーーッ!!!」(三人の笑い声にかぶせてもがく)

 ・・・数時間後。

看護師「お疲れ様でした。手術、無事終わりましたよ」

 おわり。


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