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My Favorite Things(5) 日本レコード大賞の落日から。Davidoff No.2

年末に好きなアーティストが出演するからと、子供たちがテレビで日本レコード大賞と紅白歌合戦を全部通して観たいと言ってきた。この年末はどこにも出かけられないので、まあそれはそれで正しい年末の過ごし方かもしれないと思い一緒に観ることにした。どちらも通して観るのは30年ぶりぐらいかもしれない。

印象的だったのは日本レコード大賞で、私が子供の頃観ていたとき、つまり30年ぐらい前だけど、NHKの紅白歌合戦が始まる前に日本レコード大賞がTBSで放送され、そのまま大賞を受賞した人が喜びのうちにNHKの紅白のステージに駆けつけるという流れがあったように思うが、今は日本レコード大賞は大晦日ではなく前日の12月30日に放映されるので、この流れは途絶えているようだった。

昨今の特殊事情もあるのかもしれないが、日本レコード大賞はどうも昔の勢いが感じられず、また、賞の威厳のようなものが薄らいでいるように感じた。音楽メディアの売り上げが低迷し、音楽業界も変化を強いられる時代に、皆の多様な価値観を認めるのでなく、その中の一本を選ぶというのもちょっとおかしな気もする。そういう意味ではアメリカのグラミー賞の方が、最優秀アルバム賞(Album of the Year)などの主要な賞はあるにしても、他のカテゴリは78カテゴリと日本以上に細分化されており、あまねく音楽や音楽に携わる人を讃えようという姿勢を感じる。番組を通して日本のレコード大賞もそろそろ見直しの時期に来ていると言わざるを得ないなと感じたりした。

そもそも、「レコード」という名前! 前世紀的で、今の若い人には理解されないだろう。黒い円盤をターンテーブルに載せ、一分間に33と1/3回転、もしくは45回転させて、針を落とすと溝に刻まれた音を針が拾って奏でる。

昭和生まれの私が初めて買ったアルバムはレコードだったし、当時の音源の王道はレコードだった。私が中学の頃CDが普及し始め、我が家にもCDプレイヤーが導入された。これにより私はせっせとCDを買うようになり、そして社会人になった後、iPodとiTunesの出現により、そのCDすら過去のものになりつつあるし、今やサブスクの時代に突入している。

レコードは当時は音楽メディアの王道の一つだったが、今はDJプレイやレコードの見直しがされて盛り返しているとはいえ、圧倒的にマイナーなメディアだろう。若い人が知らなくても無理はない。

日本レコード大賞、そんな時代に「レコード」なのだ。伝統の重みみたいなものかもしれないが、少なくとも名前はともかく、賞のあり方、運用の仕方は考え直してもいい。


若い世代でレコードが分からないといえば、クルマの「シガーライター」も二重の意味で理解していない若い人は多いかもしれない。クルマに搭載された親指が入るぐらいの太い穴であるシガーライターソケットのことを、12Vの電源を取ってスマートフォンを充電するためのコンセントのようなものだと思っている人は案外多いのではないだろうか。昨今のクルマにはシガーライターソケットにカバーやキャップで覆われていて、シガーライター本体が刺さっていないものも多い。昨今の禁煙の流れもあり、このソケットが給電のためのものと思われても無理はない。

シガーライターはタバコに火をつけるもので、電熱線がコイル状に巻かれており、これをシガーライターソケットに差し込んで黒い樹脂でできた頭を奥に押し込んでやると電源が入り電熱線が通電され加熱される。やがて10秒ほど経つと、ポコっとシガーライターの頭が戻り、そこでシガーライターの黒い頭を引っ張り出し、真っ赤に加熱された電熱線を咥えたタバコの先に押しやるとタバコの火がつくのだ。

その昔、禁煙の風習がなかった時代、男たちがクルマを運転しながらタバコを吸うのは日常的な行為だった。そういうわけでこのシガーライターは一時期ほとんどのクルマに装着されていたし、クルマには当然のように灰皿も搭載されていた。そういう時代だったのだ。

そして、このシガーライターという名前からお気づきだろうが、元は紙巻きタバコ(シガレット)ではなく葉巻(シガー)に火をつけることを想定して命名されたのだと思う。

シガーライターは、電源のコンセントではなく、タバコを火をつける装置、タバコではなく葉巻。

葉巻ことシガー、この禁煙の流れの以前から、日本ではシガーはそれほどポピュラーな存在ではなかった。マンガの中で政治家や殺し屋や成金が吸うもの。多くの方は実際に吸ったことがないのではないだろうか。

シガーとひとことで言っても様々な種類がある。機械で大量生産されるのをマシンメイド、手作りで作られるのをハンドメイドというが、ざっくり分類すると、前者はドライシガー、後者はプレミアムシガーになることがほとんどだ。ドライシガーは安価で保存のための注意を払う必要がなく、プレミアムシガーは値段が高く湿度管理を行う必要がある。プレミアムシガーは構造上、中の詰め物フィラーと巻きつけ形を整えるバインダーとそれを覆うラッパーで構成される。ドライシガーはシュレッダにかけたような煙草をラッパーで包んでいる。一般に趣味性の高いシガーはプレミアムシガーになる。

プレミアムシガーは湿度管理がきっちり行われる必要がある。ヒュミドールと呼ばれる機密性の高い丈夫な木の箱に蒸留水や専用の液を染み込ませた加湿用の器具を入れてシガーの湿度を保つ。これを適切にやられてこなかったシガーはとても吸えたものではない。

シガーには様々なサイズがあり、太さ、長さ、形状は様々だが、サイズには名称がある。最もポピュラーなものは、このご時世になんだけど、コロナと呼ばれるサイズで、やや小ぶりだ。買いやすく、吸いやすい。有名なのはチャーチルというサイズで、これはやや大振り。かのイギリスの宰相ウィンストン・チャーチルが好んだことからこの名前がつけられている。他にはロブストという太めで短いサイズのものも人気で、短時間でもちゃんとシガーを吸った気分が味わえることから忙しい現代人には人気だ。太いシガーだと吸い終わるのに1時間以上かかるので小休止というわけにはないので、そういう時には30分程度で吸い終わるロブストはちょうどいい。

ちなみにシガーは見た目とは裏腹に、太くて大きいシガーの方がまろやかマイルドで細い方がガツンとくる。同じサイズのものでも利用している葉の特性などによりマイルドかヘヴィーかは違うが、まあ大体大きいサイズの方が吸いやすいと思った方がいい。初心者が初めて吸うのに値段や見た目の迫力から大きいのを遠慮して小さいのを吸うと、逆にヘヴィーな選択になるので、初めだからこそ太く大きなシガーを吸うことをお勧めする。

一般的にシガーは吸口はタバコの葉で出来たキャップで封されていてそのままでは吸えない。そこでカットして吸口を作るのだか、カットするための道具が必要になる。メジャーなカットの方法には大きく2種類あり、最もポピュラーな方法はキャップを切り落とすフラットカットと呼ばれる方法で、シガーシザーという葉巻専用のハサミでカットしたり、ギロチンのように円形の穴にシガーのキャップ部分を入れて刃が落ちてきてカットするギロチンカッターがある。もっとも一般的な方法で、吸口の断面は大きくなり、味わいはマイルドになる。

もう一つは吸口の部分に丸い穴を開けるタイプで、パンチカッターと呼ばれる道具を使う。中が空洞の円筒の先がシャープに磨がれておりこれをキャップに押し当てると円形の穴が開く。紙に穴を開けるパンチと似た構造だ。どのサイズのシガーであっても同じ大きさの穴が開く。フラットカットより断面は小さく、味わいはやや濃くシャープになる。手軽に開けられるので私は案外重宝している。

火をつけるのもちょっとした儀式が必要で、ガスライターやマッチで直接、凝った人はシダー(杉)に火をつけたもので着火する。シガレットのように吸口を吸いながら着火するのはご法度で、手に持って炙るように焦がしてシガーをクルクル回して全体に火を回す。火のつき方が中途半端だと綺麗に燃焼せず片側だけ燃え残ったりする。

さて、こうして火をつけたら吸口に口を当て吸うのだが、シガレットのように肺に入れるのではなく、あくまで口の中で香りを楽しむようにくゆらせる。せかせかすうのではなく、時折ため息をつくように吸う。香りが口腔、鼻腔にヒタヒタと行き渡る。シガーのサイズにもよるが、おおよそ一時間ほどの浮遊。

シガレットとシガーの違いを言い表した表現がある。

「シガレットはビジネス、シガーはアート。」

なるほど。

シガーショップを訪れると湿度を保たれた部屋にたくさんの種類が整然と並んでいる姿に尻込みするかもしれない。様々な産地、様々なブランド、先ほど紹介したサイズ、それらの組み合わせで膨大な種類になる。初心者なら、モンテクリスト(Montecristo)やロミオ・Y・フリエタ(Romeo Y Julieta)あたりが入手しやすさ、価格、吸いやすさからお勧めだと思う。

私のベストなシガーはダビドフのNo.2というシガーだ。他の群を抜いてこのシガーが好きだ。ダビドフはロシアのキエフ出身のジノ・ダビドフ(Zino Davidoff)さんがスイスのジュネーブに創業したシガー店だ。独自のシガーを作り始めたのは1968年だからそう遠い昔ではないが、現代では最高のシガーブランドの一つに数えられている。ダビドフには様々な種類のシガーがあり、限定品も含めると何種類あるか分からないし、今や産地もいくつかあるが、No.2はオーソドックスなダビドフの生産地であるドミニカ産だ。シガーというとキューバというイメージがあるし、事実かつてはダビドフもキューバで生産していたが、現在の拠点はドミニカにある。

キューバのシガー、例えば有名なところで言うとコイーバ(COHIBA)があるが、大地をそのまま吸っているような豪快さやプリミティブなシガーの力強さがある。キューバで昔ながらの方法で栽培され手作りされて巻かれてシガーになったんだろうという様子がありありと伝わってくる。

一方、ダビドフは文明を纏い、細かく調整され、人の手を尽くして作り上げた工芸品の粋だ。見た目から美しく、形もラッパーも美しく整っている。ダビドフのシガーはどれも吸った後の灰まで美しく、吸った後は濃密で均質な白い灰になる。他のシガーはボコボコだったり黒っぽくなったりするのに、ダビドフだけは灰まで綺麗で、その灰だけでダビドフと判別できるほどだ。

ダビドフNo.2は、その中でもバランスがちょうどよく整っていて、そのシェイプの美しさ、吸った味わい、どれもベストバランスだ。火をつけて吸い込むと、繊細な香りと味わいがする。強すぎたり癖があるシガーは吸うのが嫌になるのもあるが、このダビドフNo.2は、その味わいや香りは最後まで破綻することなく続く。かといって味わいにかけるのではなく、シャープかつクリアな味がまとまっていてあちこちに広がっていない。わかりやすく言うと雑味がなく、一方向に向けて味が収斂し、正規分布している感じだ。だから長時間吸っても嫌にならないし、安定の味わいだ。

この禁煙の時代、私は20年近く前、シガレットは一切吸うのを辞めたが、時々シガーとパイプは吸っている。様々なシガーを吸うが、ダビドフNo.2に火をつけるときは背筋が伸びる思いがする。

21世紀、令和の今、シガーを吸うのは、割と反社会的な行為かもしれない。しかし、シガーが提供する時間、空間、そういうものを完全に排斥するのも良い傾向ではないように思う。我々はビジネスライクに物事を進めすぎている。レコードに針を落とすように、時にはアートの心も持つゆとりが必要なのだから。

そう、世界は素晴らしいモノで満ち溢れている。

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