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My Favorite Things(6) クラスター分析とマンダリンオリエンタル東京・ブレンドティー

例えば大勢の人の就寝時間、起床時間のデータを集めたとする。Aさんは何時何分に起きて、何時何分に起きる。そう言うデータをたくさん集めたとする。それをどう統計としてまとめて分析しようかと考えるに、方法はいくつもある。誰もが思いつく最も一般的な方法は平均の睡眠時間を取ることだろう。「日本人の平均睡眠時間は何時間です」という統計はそれはそれで意味がある。

もうちょっと踏み込んでみると、それぞれの人の都道府県の情報を付加すると、都道府県ごとの睡眠時間ランキングというのが出来上がる。就寝時間、起床時間にフォーカスして、平均の就寝時間や起床時間を出したり、それを同じく都道府県ごとに集計して早起き都道府県や宵っ張り都道府県を出して都道府県のキャラクタを炙り出すのも面白いだろう。

他の統計方法・・・ 例えば、X軸に就寝時間、Y軸に起床時間として全員のデータをグラフに書き込むと、おびたしい数の点がグラフに並ぶことになるだろう。それだけではピンとこないけど、その点を線で囲んでグループ分けすることもできるだろう。例えば、

就寝時間が早くて起床時間が遅いグループは「ぐっすり睡眠タイプ」
就寝時間が遅くて起床時間が早いグループは「ショートスリーパータイプ」
就寝時間が遅くて起床時間が遅いグループは「宵っ張りの朝寝坊タイプ」
就寝時間が早くて起床時間が早いグループは「早寝早起きタイプ」

など分類できるのではないだろうか。こうやって整理することで全体の傾向をタイプ別にグループ分けできるし、ある人がどのタイプに該当するか分類することもできる。

このように、異なるものが混じり合った集団の中から似たものを集めてグループ分けする手法を「クラスター分析」と言う。

クラスター分析というと、昨今ではコロナ感染症の集団感染を分析するような感じに聞こえるかもしれないが、コロナとは関係のない分析手法の用語だ。データを収集して、それぞれ似たもの同士を寄せ集めてグループを作ってより分けるというクラスター分析は、その「似たもの同士を集める」という部分にさまざまな手法がある。

「似ている」という自然言語の表現を数理的に定義すると「何らかの意味において距離が近い」ということになる。例えば年齢でいうと、10代、20代、30代というふうに分類することが多いが、これは年齢が近い人たちを10区切りで区分けしたクラスター分析である。

この距離の考え方は一般的ないわゆる距離であるユークリッド距離(A(x1,Y1)とB(X2,Y2)の間の距離であればsqrt( (x1-x2)^2 + (y1-y2)^2 )になる)をはじめ、ユークリッド距離を一般化したミンコフスキー距離など様々ある。さらに機械学習を利用したk-means法(K平均法)も大変よく使われている。

クラスター分析の方法を詳しく説明することが主題ではないのでこれ以上の深入りはしないが、クラスター分析とは「異なるものが混じり合った集団の中から似たものを集めてグループ分けする手法」であり、これは日常のさまざまなものにも適用される。たとえば嗜好品の分類。同一セグメントにおびただしい種類があり、その違いは様々。ワインやコーヒーやお茶などが該当する。

お茶、それも紅茶に限定しよう。まずはざっくりとストレートティーとブレンドティーに分類されるだろうか。ストレートティーはお茶の品種や産地、ファーストフラッシュ/セカンドフラッシュなどの要素でもクラスター分析できるだろう。見方を変えて、味わいや香り、タンニン含有量を数値化できればそれらを元にクラスター分析もできるだろう。ブレンドティーにはフレーバーティーもこの分類に含まれるだろうが、掛け合わされるものも加わり、さらに複雑になる。そういう複雑なものも加味した上でクラスター分析が全領域において正しく行われ、その中で自分の好みや飲み方によってベストなものが抽出できれば、理論上は素晴らしい。

ティーメーカーは、自社の数多くの品種のお茶を分類するのに、自然言語で味わいを表現するだけでなく、このクラスター分析に近いチャートで分類していることがある。たくさんの種類の紅茶の中からそれぞれの顧客の嗜好に合わせて選ぶ際のヒントにして欲しいという思いから用意されたものなのだろう。

しかし、実際にはそううまくはいかない。学術的分類であれば正確に分類することは可能だろうけど、人が飲んで美味しいと思えるものを選ぶのは、こと紅茶に関して言うと、そう理論通りにいかない。味や香りの方向性は無数にあり、紅茶を扱うショップの数もたくさんある。個人の嗜好も異なるだろう。そもそも感性的な情報を数値化できるのか不明だし、評価軸がどこにあるのかも人それぞれでよくわからない。そういうわけで、多くの人は自分にとってベストだと思える紅茶を、理屈で選び抜いているわけではなく、偶然出会ったものの中から自分にはこれがベストと思って飲んでいるのではないだろうか。

素敵な偶然の巡り合わせ、セイロン島の3人の王子たちの旅の途中での出会いや発見のように。人は偶然の出会いによる僥倖をセイロン島になぞらえてセレンディピティと呼ぶ。

我が家の定番の紅茶を時系列で見ると、最初に我が家の定番の座に着いたのはフランスのマリアージュフレールのマルコポーロだった。銀座にショップがオープンしたのを機に勧められてこの店の代表的なお茶であるマルコポーロを買ったのだった。店内のインテリア、大きな茶筒が並ぶカウンター奥の木の棚、白い麻風のジャケットを着こなした店員さん、会計の仕組みなどがコロニアルで雰囲気がある。

このマルコポーロはさまざまなブレンドがされており、茶葉を掬うと色とりどりの花のブーケのようだ。香り高いお茶で、甘い花のような香りが漂い、口に含むとそれほど濃い味わいでも甘くもなく香りのいいところだけが抜けていくような感じだ。初めて出会った時は衝撃的で、しょっちゅう銀座に行ってはマルコポーロを買っていた。あまりに頻繁に買うものだから店員さんが私の顔を見ると駆け寄ってくるほどだった。

紅茶の世界は幅広いので、もっと深掘りしようと、さまざまなティー専門店のさまざまな茶葉を試した。どれも唸らされるが、主役の座を譲るほどではなかった。

その中でもシンガポールのTWGはお気に入りの一つではあり、しばらくTWGの代表銘柄であるブラックティーを飲んでいた。これもまた香り豊かなお茶で、マルコポーロより香り・味ともに強くはあるがベクトルは違う。より紅茶要素は強いが飲みやすい。ティーポットに茶葉を入れて淹れるよりティーバッグをマグカップに入れて飲むことが多かったように思う。

そう言うわけで、この時点ではマリアージュフレールのマルコポーロとTWGのブラックティーが定番だった。自分の好みを分析すると、ストレートティーじゃなくてブレンドのフレーバーティーが好みのようだ。

ある春の日、家族で日本橋にあるマンダリン・オリエンタル東京というホテルでお茶でもしようと38Fまでエレベータで上り、ラウンジの席に座った。マンダリンオリエンタルはその景色やサービスが気に入っており何度か来ていた。ちなみに男性の方はマンダリンのトイレに行くと、なかなか面白いと思うのでぜひお立ち寄りの際にはトイレに。女性の方はどうなっているのかは存じませんが。

さて、ラウンジでいつもはコーヒーを頼むところを、春先でちょっと気温が高かったこともあり、アイスティーを注文した。マンダリンオリエンタル東京・オリジナルブレンドティー。その後、しずしずとサーブされる様子を見て驚いた。ワイングラスとシャトー・ディケムのハーフボトルのような小さいガラスの瓶が運ばれてきて、ワイングラスにガラス瓶に注いでくれたのだった。

紅茶が入ったワイングラスを口元に持っていくと、ベルガモットの甘く清潔感のある香りが広がり、お茶の香りと混ざり花束を抱いているような気分になった。そして口に運ぶと濃密で華やかな味と香りが口の中いっぱいに広がり、飲み干した後でも香りが長く口の中に残る。かといって決して濃すぎたり嫌な香りではなく、あくまで上品に、そっと添えられた花束のように自然でふくよかなのだ。

あまりの美味しさ、香り高さに驚いて店員さんにこのお茶のことを聞いた。そして、このブレンドティーのボトルが1Fのマンダリンオリエンタル東京・グルメショップで買えることを知り、それから何本もこの瓶を買った。割高ではあったが、ラウンジで飲む3分の1ほどの価格で自宅でも味わえるので大変重宝していたし、贈り物として送ったこともある。

そして1Fのマンダリンオリエンタル・グルメショップのカフェで提供されているブレンドティーもこれと同じものであることに気づき、それ以来、現在に至るまで、近くを通りかかると店頭で氷に満たされたプラスチックのコップに注がれたアイスのブレンドティーを買って飲むのが習慣になっている。お値段は、例えばスターバックスで同様のものを飲むのとたいして変わらない。

この紅茶はマンダリンオリエンタルホテル東京と日本のお茶のブランドであるルピシアとの共同開発で生まれた紅茶で、グルメショップ店頭で茶葉を買うこともできる。ティーバッグのものもあれば缶に入った茶葉、袋に入った茶葉まで用意されている。

店頭にてプラスチック容器に入れてもらったベストバランスで抽出したお茶をその場でいただくのも良し、自宅でお茶を淹れるも良し、それぞれの良さがある。ホットでもアイスでも、どちらでもいいと思うが、個人的にはアイスティーにより適しているとは思う。

世の中にはまだまだ飲んだことのない紅茶はたくさんあるし、その中にはまだ出会えていない私が好む種類の紅茶もきっとあるに違いない。

しかしながら、いずれにせよ、現時点では、このマンダリンオリエンタル東京・ブレンドティーが紅茶のマイベストだし、そう簡単にこの座は明け渡されないように思っている。

そう、世界は素晴らしいモノで満ち溢れている。

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