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梅雨の先。

ホテルの一室、音も味も香りもない世界で過ごし始めて早10日少し。 

 ふと、窓の外を眺めていると、すっかり梅雨に入ったみたい。

  夜になると、住まいの灯りが窓をつたう水滴をひとつひとつ、照らしあげている。 

 高層マンションの灯りは、刻々と進む時間と共に一室、一室、消えてゆく。

 梅雨のこの時期は、想像以上に日の出が早い。 

 全ての灯りが消える前に日が昇り始める。


 そんな中、人間の営みなどさも関係なく、雨は降り続ける。 

 ぽつり、ぽつり、絶え間なく、点と点が時に線となりながら。


 

少し前ににコロナウィルスの陽性反応が出た。 

 飲食店も旅行もずっと我慢していたけれど、 本当にどこでかかるかわからないもんなんだなあ。

 今は咳が止まらないけれど、幸い味覚と嗅覚が少しずつ戻ってきて、コーヒーの香りが分かる。 


もう十分幸せだ。 

 やっぱり私、コーヒーのことちゃんと好きだったんだなあって思った。忘れていなくて安心した。 


 ホテルの隔離生活。 

 県の職員さんがこんなウィルス、誰もかかりたくないのに、毎日ご飯を用意してくれる。 ゴミの片付けをしてくれる。安否連絡をしてくれる。 

 本当に本当に、頭が上がらない。ありがとうございます。心から。心の底から。


 頭は痛くてぼっとするし、周囲の人に感染させてないか恐怖で押し潰されそうになるし、会社の人たち、休めてないんだろうな。大丈夫かな?うちの家族は元気かな?

 色々な思考がぶつかりあって、落ち着かない日々が続くけれど、 雨があってよかったなとふと、そんなことを考えながら、外を眺めている。




雨がすき。


特に理由はないんだけれど、雨の不安定で不確かなゆらぎの音に安心する。 

 雨の日の少しくすんだ世界が美しくて、こんな日は皆ゆっくりのんびり本でも読んで、 家で日本酒をくいっと一杯やって、雨の音と共にうたた寝する。 そんな生活をしたらいいのになあ。なんて。


 何をそんなに焦っているのだろう。

 何に向かって急いでるんだろう。 

 急いだ先に一体何があるんだろう。 


 そんな問いをやさしく包み込んでくれるからだろうか。 


 生きていたらいいんだよ。 

 そう教えてくれるからだろうか。 


 雨の後の虹を想うのも素敵だけれど、 雨を眺めながら人を想うのもまた素敵で。 

 ここにある。ここにいる。 

 それだけで、美しいんだ。 泥まみれでいいんだ。私はそういたい。そんな自分を笑ってやりたい。


冷たい雨が降り続く、梅雨の先に見えるもの。

それはちょぴっと温かくてじんわりするもの。




帰ったら、コーヒーを淹れるぞ。



それまでもう少し、このまま雨を眺めていたいと思った。

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