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恐竜卵屋 その7

  連載小説 ぼくの夢?


    十三  負けた

ピーッ、ホイッスルの音が響き、コートでは三試合目の後半戦が始まろうとしている。

あと四十分でぼくらの試合が始まるけれど、体の疲れがまだ抜けない。椅子の背に体を預けた。
どれくらい時間が過ぎたのだろう?

「おい裕也、起きろ」

肩を揺さぶられ目がさめた。

「集合かかったぞ」

荷物を持って立ち上がる。少し眠ったおかげで体が前ほど重たくない。

よしっと気合を入れて試合前の軽い練習を始めたけれど、否が応でも城山中の動きに目がいってしまう。

「いいか、とにかくボールをとったら焦るな。一本一本大事に運べ、フォーメーションの練習はいやというほどやってきただろ?あれを実戦でやるだけだ」

「ハイッ」

試合開始だ。

城山のジャンパーがぼくを見下ろしている。ホイッスルが鳴り、ボールが宙に浮いた。
頭の上でパシッとボールが叩かれた途端、そのボールはもうリング近くまで運ばれていた。
止めるまもなくあっけなくシュート。速い。マイボールになり内藤から佐々木にパスがまわった。佐々木がドリブルして前に進もうとした瞬間、ボールが叩かれた。
転がるボールを城山の4番が取り、6番にパスがまわる。

くっそぉー、ゴールさせるか!全力で追ったが、間に合わない。きれいにシュートが決まる。

「ごめん」

「ドンマイ、ドンマイ。落ち着いていこう」

と言ったぼく自身かなり焦ってた。

城山の攻撃はめちゃ速い、パスが回った瞬間、ドリブル、ドリブルから、パス、シュート。
特にぼくと同じセンターの6番は、ボールのくらいつきがすごい。

どうしてこんなにジャンプできるんだ?どうしてそんなシュート打てるんだ?

こっちだってこの攻撃をただ指をくわえて見ているわけじゃない。走った、走った、走った。でも追いつかないんだ。
こいつ、本当に中三?ぼくと同い年?
ようやくゴールできたのは、2Q終了間際になってからだった。 
3Qは48対2で終了。4Qについては、もうメロメロ。城山はスタメンを全部外しコートにいるのは控えの選手ばかりなのに、まともな試合をさせてもらえなかった。

電光掲示板の数字が、0に近づいていく。5,4,3,2,1、ピーッとホイッスルが鳴る。

「84対12。城山中」

審判が城山中側の手を挙げた。

「ありがとうございました」

礼をしあう。相手ベンチ前に並び、礼をする。応援席前に並び礼をする。

終った。三年間の猛練習の結果がこれかぁ、あっけないよな・・・。

荷物をまとめて一旦ベンチを離れようとした時、城山のメンバーが出口に向かって歩いていくのが見えた。考えるより先に足が動き6番を追う。

「あの・・・」

声をかけると城山の6番がふり向いた。

「高校はどこに行く?」

6番はなんだよこいつ?って顔でぼくを見た。

「海南だけど」

「海南に入ってその先はどうするんだ?」

「はぁ?オレがどうするかなんて、おまえに関係ないだろ」

「わるい、でも頼む、それだけ教えてくれ」

城山の6番は、ぐっとぼくを睨みつけ言い放った。

「アメリカにバスケ留学する。そのあとNBAだ」

アメリカにバスケ留学?NBA?なんだよ、それ?
こんな答えは予想もしなかった。けどこれを聞いた瞬間、ぼくの今までの安っぽい自信がガラガラと崩れ落ちていった。こいつとは目指している先がかけ離れている。

帰りのバスを降りると、一旦中学校にもどりボールを片づけてからゴリヤンの前に整列した。

「みんな本当によくがんばった。三年はこれで引退だが、今までバスケに向けていたそのエネルギーを今度は来年の受験にむけてくれ」

「ありがとうございました」

全員一礼してから、ばらばらに散った。
義広と一緒に自転車置き場に向かって歩いていたぼくはゴリヤンに

「裕也、ちょっといいか?」

と呼び止められた。義広に「先に帰っていいぞ」と言ってからゴリヤンのところにもどる。

「裕也は、高校にいってもバスケを続けるのか?」

「そのつもりです」

「おまえ、海南でバスケやりたかったんだよな?」

「海南は受けませんから」

「ああ、福田先生から聞いた。まぁ家の事情があるから難しいかもしれんが、特待生って方法もあるんだぞ。オレの個人的思いからすると、特待生で入学させたいが、あれは優勝とかの成績をのこしてないと難しいし・・・」

なにを聞いてももう響かない。もういいって。ぼくは、はやくこの場を立ち去りたかった。

「帰っていいですか?」

「うん?ああ、そうだな。引き止めて悪かった」

誰もいなくなった校舎の白い壁を西日がオレンジ色に染めている。
ぼくはこのオレンジの西日に向かって、猛烈なスピードで自転車を走らせた。

ぶわっと吹き出した汗が額を伝って目に入ってくる。

「いてぇ」

汗がしみる。ヤバイ、涙が出てきた。くそっ、なんでこんなに痛いんだ?

自転車のスピードをさらにあげる。

あーヤバイ、ヤバイ、涙が止まらない。なんでだよー?負けて口惜しいから?ちがうよな。わかったんだ、自分の実力がさ。それに自分の思いがさ。センスがよくって本当にすごい選手っていうのは、城山の6番みたいな奴なんだ。
義広が「あいつは全中のベスト5に選ばれたんだぞ」って教えてくれたけど、試合をしてマジ納得したよ。ぼくはどうがんばってもあんなプレーはできないし、あいつはボールに、いやバスケに対してすごい気迫で向き合っていた。
目の前であんなの見せつけられたらさ、ちょっとうまいぐらいで自信満々になってた自分が笑えちゃうよな。

くそ、なんだよ、涙とまれよー。

汗と涙でぐしゃぐしゃになった顔で自転車を走らせ、家に着くと、スポーツバックからタオルを出して顔を拭く。こんな涙顔なんて見せられない。

「ただいま」

「おかえり。汗かいたでしょ?先にお風呂はいる?」

「ああ」

湯船に体を沈めると体の芯がどーんと疲れているのがわかる。たった二試合しかしてないのに、なんかなさけねー。

風呂から出ると、ダイニングテーブルには夕飯の用意がしてあった。

[父さんは?」

「仕事よ」

「休みじゃないのか?」

「休みにしたらって言ったけど、休めないって。本当だったら昼間寝ないと仕事がきついのよ。でも、裕也の試合どうしても観たかったんですって」

 今はそんな父さんの気持ちが重い。

「試合、残念だったわね」

「ああ」

「でもこれでバスケ終わりじゃないし、海南にいってまたがんばればいいしね」

海南?マジかよ。

「あのさぁ、三者懇談の時、ちゃんと言っただろ?海南には行かないって」

母さんが困ったように眉をきゅつと寄せた。

「裕也は、うちの経済状態を心配してそんなこと言ったのかもしれないけど、学資保険だってちゃんとあるし、ほんと大丈夫だから」

うそつけ、そんなのとっくの昔に解約したことを知ってるんだぞ。

「海南には行きたくないんだって。もうっ、何度も同じことを言わせるなよ!」

ぐちゃぐちゃのハンバーグを皿に残したまま、ぼくは階段を上がった。
閉めきった部屋の中は、ものすごく蒸し暑く、窓を全開にしてベットに倒れこむ。

卵か・・・。

義広のバスケに対する思いをけなしたけれど、ぼくだってあの6番に比べたらその想いはめちゃめちゃ軽いよな。
あいつのボールに対するあのギラギラした目。ぼくはあんな目をしたことがあったか?
海南、マジ行く必要がないかも。そうなったら金だって必死に調達する必要もないし修行も終わりだよな・・・。ヤバイ、また涙がでそうだ。

クローゼットから目をそらし、窓から外を見ると、空はぼくの気持ちを代弁するかのように陽がかげり、暗闇が迫っていた。

  


     十四 これが修行?
 
十日目。

「おい、裕也、おきろ」

体を左右に大きくゆさぶられ、目が覚めた。

「ん?義広?」

「さっさと起きろ。遅刻するぞ」

「遅刻?」

「今日からじいさんちで修業だろ。また草取りをさせられるから、日焼け予防に長袖を用意しろよ。それと・・・」

「行かない」

義広の言葉をさえぎる。

「えっ?おまえ、今、なんて言った?」

「じいさんちに行かない」

「まだ疲れてるのか?」

ぼくは首を横にふった。

「じゃあなんでだよ?」

「卵も夢も金も、もういらないんだって」

義広が、信じられないって顔でぼくを見た。

「いらないって、なんだよ、それ?ちゃんと話せよ」

ベットから起き上がり、義広から目をそらして早口で言った。

「金も何もかも、もう必要なくなった」

「海南はどうするんだ?」

また海南か・・・。まあ、これはしかたがないか、今までさんざん海南、海南って騒いでたのはこのぼく自身だからな。

「なあ、どうするんだ?」

返事を返さないぼくにしびれを切らしたかのように、義広がまた聞いてきた。

「海南は行かない。っていうか、その前に入れてもらえないけど」

「裕也、なにやけになってるんだ?」

「やけになんかなってないね」

「なってるって。おまえ、昨日城山の6番とあたってショックうけたんだろ?あいつ、めちゃうまかったからな」

付き合いが長いだけあって、鋭いところを突いてくる。

「その気持ちわかるけどさ、今日のところはじいさんのところに行ってみようぜ。家でぼーっとしてると、もっと落ち込むだけだって」

ぼくは返事をしなかった。そんなぼくの腕を、義広がぐいっと持ち上げた。

「おまえさぁ、ここまで一緒にやってきたオレを見捨てるわけ?」

「義広には悪いと思ってる。でも・・・」

「でもはいいから、今日だけは一緒に行ってみようぜ。で、じいさんちに行ってみてどうしてもイヤだったら、明日からはオレ一人でいくからさ」

「う・・・ん」

ぼくがまだしぶっていると、義広はさらに言った。

「ほらっ、ウジウジ考えずに行こうぜ」

塾に行く気はしないし、といって家にいるのもな・・・。しようがない、一日だけつき合うか。

ぼくはのろのろと着替えして、ディバックにチェックの長袖シャツを入れた。

外に出ると今日も朝から太陽が照りつけている。じいさんちに着き、門戸を開け玄関に行くと、そこには前回と同じく麦藁帽子、軍手、蚊取り線香の入った缶が置いてあった。
奥の座敷から、じいさんが顔を出した。

「客がきてるから、おまえたち二人で裏庭の草取りをしていてくれ」

義広の予想通りの展開。
ぼくと義広は長袖に着替え 帽子をかぶって草取りを始める。

二日前にとった草の山は、もうミイラのように干からびていた。
なにも話さずもくもくと草をとっていると渇いた土の上に汗が落ち、いくつもの黒い染みがた。

「なあ」

最初に口を開いたのは義広だった。

「裕也おまえさぁ、オレが二回戦止まりだって言った時、すげえ怒ったよな?ずっと勝ちつづけたいって言ったよな?なんか今のおまえって、あの時とは別人みたいだぞ」

こいつに言われるまでもなく、今は不思議なくらいバスケに、いや海南に対する気持ちが萎えていた。

「わからないことだらけだよな」

 えっ?

「なあ、わからないことだらけだろ?オレ達の夢は何なのか?夢を見つけても恐竜が孵るのか?あんなにバスケ命だったおまえが、たかが城山に負けたぐらいでなんでそんなに別人みたいになれるのか?」

ああそうだよな、わからないことだらけだ。こんなたくさんの疑問の答えをみつけることができるのか?
はっ、また?がでた。そういえば天使のおっさんに言われたよな、ウダウダ考えるのがダメで、夢がみつかると信じろって。

もう夢をみつけないって言ったら、天使のおっさん、どうするんだろう? 

「おー、だいぶきれいになったなぁ」

昼のサイレンが鳴り始めた頃、じいさんが裏庭にやってきた。

「おまえ達、昼飯持ってきたか?」

ぼくらはうなずいた。

「そうか、だったら手を洗ってこい」

ぼくと義広は抜いた草を一か所に集めてから、家の中に入った。

Tシャツに着替え、じいさんと一緒に昼ご飯を食べる。

この間の会話は、「試合どうだった?」「二回戦負け」だけ。
なにを話していいのかわからないし、仮になにか話し始めると今の不安な気持ちを口に出しそうで怖い。
義広も、めずらしく無言だった。辛気臭い雰囲気のまま昼ご飯が終わる。

「こっちへこい」

ぼくらが連れていかれたのは、屋敷の一番奥にある座敷だった。
床の間を囲んだ三方の襖は開け放れ、風が通り抜けるこの部屋は外の熱さが嘘のように涼しい。

「おまえたちの修業だが、わしがもどってくるまでの間、ここで何もしないでいることだ」

「どういう意味っすか?」

義広が聞いた。

「意味も何もない。ただここにいるだけでいい」

「それが修業?」

じいさんがうなずく。

「あっそう。じゃあ遠慮なく寝かしてもらおうぜ、疲れていたからちょうどいい休憩だよな」

義広は何の疑問も持たずあっさりと順応している。

「寝たらダメだ」

「寝たらダメ?じゃあ、なにすればいいんだ?」

「だから言っただろ?ただここにいるだけでいいとな。おまえたち、携帯をもってるか?」

ぼくらはうなずく。

「だったら携帯は預かる。それと、これから四時までの三時間私語は禁止だ」

「えーっ、携帯もなし。しゃべることもなし?それって拷問じゃん」

あっさり順応したはずの義広が嘆いたが、ぼくはというと、どう反応すればいいのかわからずその場に立ちつくしていた。

「だから言っただろ?修業は厳しいってな」

にやりと笑ったじいさんに携帯を奪われ、やることがなくなったぼくらは、しかたなく畳の上に座った。

聞こえてくるのは風が抜けるたびにチリリンと鳴る風鈴の音と、家を囲む木々の枝から降り注いでくるうるさいぐらいのセミの合唱だけ。
あまりの暇さかげんに声を出さずにいーち、にーい、さーんと数を数えてみた。でも、これってなんだかむなしい。
義広はというと、ゴロンと寝転がりスースーと気持ちよそそうに寝ていた。鼻をつまんでもおきない。チェッ、幸せな奴。

ぼくも寝転がってぼんやりと天井板の節目を見てたら、昨日の試合がリアルによみがえってきた。
スポッときれいに決まる3ポイント、フェイクをかけてドリブル、絶妙なパス回し。
あいつ、NBAって言ったよな。同じ海南希望でも、目指す次元が全然ちがっていた。

バスケが好きだから、高校でも強いチームに入って・・・その先は?
ぼくにとってバスケってなんだ?海南に行きたいから卵を孵して金を手に入れようと思ったんだよな。でもどうしてこんなに海南にこだわっていたんだ?バスケが強い高校なんて他にもあるだろ?

あーやだやだ、やることないといろんなこと考えちゃうよ。
なんか口惜しいから、もう一度義広の鼻をつまんでやった。すると義広が、うーんと寝返りをうった後、たるそうに目を開けた。

「ふぁーぁ、よく寝た。今何時だ?」

ぼくは肩をすくめる。

「あっ、そうか。しゃべるの禁止だったよな。ふぁーあ」

大あくびをした義広は、まだ半分寝ぼけ眼で、ぼーっと外を見ている。
その横でぼくも庭をながめながら、今度は自分の呼吸に意識を集中してみた。こうするとけっこう嫌な考えがシャットアウトできることに気がつく。なんか坊さんみたいだ。なにやってるんだか?

陽が西に傾きかけたころ、ぱたぱたと廊下を歩く音が聞え、じいさんが声をかけてきた。

「時間だ」

そして反論を許さない口調で一言。

「明日また来い」

じいさんの家を出て、ゆっくり自転車を走らせていると、後ろから義広が聞いてきた。

「裕也、おまえ、明日どうするんだ」

明日かぁ?じいさんのところに行かないのだったら塾にいくしかないよなぁ・・・。塾かぁ・・・、なんか気がすすまない。

「とりあえず・・・」

「とりあえず、なんだ?」

「明日も行くことにする」

義広が笑っているのがわかる。

「おまえさぁ、全然寝なかっただろ?」

「ああ」

「なにしてた?」

「悶々としてた」

「で、何も出なかったから明日もくるんだよな」

 へへへと義広がまた笑った。
またまた、こっちの気持ちを悟られてしまった。あー、やだねぇ、つき合いが長いとさ。

「こんな中途半端なままで塾に行って勉強する気もおきないし・・・、じゃあ、どうしたいのかってこともわからないし・・・」

「また、わからないことだらけだな」

「ああ、だから、こうなったらとことん考えて答えを見つけようかなって思ったりして・・・」

「おまえ、何の答えを出したいわけ?」

「それもわからない・・・かな」

「なんだよー、それ」

「ほんとにわからないんだって。だけどさぁ、うまく言えないけど、ここでもうやーめたってリタイアしたら、なんていうか・・・あと味悪いし、夢を見つけるとかそういうのじゃなくってもいいから、ストンとどこかに落ち着きたいんだよな」

「まあさ、裕也が言いたいことはなんとなくわかるって。あーあオレは今日一日で修行を終わるつもりだったけどなぁ」

「だれかさんは寝ちゃったしな」

今度はぼくがへへへと笑ってやった。

「けどさぁ・・・」

ここで一旦言葉を止めた義広は、ふっと息を吐いた。

「修業なんていわれたから身構えてたのに、なーんにもしないでいろだもんなぁ」

「おまえは寝ていたからわからないけど、三時間もぼっーとしてるのっていろいろやなことばかり浮かんできてさ、けっこう苦痛なんだぞ」

「そうかもな。よーし明日は、オレもその苦痛とやらに挑戦するか」
 後ろで義広が叫んだ。
 


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