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 さぼ子さん  その6


  連載ファンタジー小説

      六 ふしぎな匂い
 
一応解散して。それぞれが家に帰った。

家に帰ってから聖子はテレビのアニメを見はじめ、じっちゃんは夕刊を読んでいた。そして、母さんは夕ごはんの準備。父さんはいないけれど、いつもとかわらない夕方。

「いただきます」

ぼくらが夕ご飯を食べようとしたその時、とつぜんドンドンッと、事務所のガラス戸をはげしくたたく音が聞こえてきた。

「勘ちゃん!勘ちゃん!」

だれかがじっちゃんを呼んでいる。

階段をかけおりたじっちゃんが、事務所の戸を開けると、そこにはまっ青な顔をした卓也のじいちゃんが立っていた。

「玄ちゃん、どうした?」

「ああ勘ちゃん、大変だ。重ちゃんが・・重ちゃんが・・」

「おちつけ、玄ちゃん!重ちゃんがどうしたんだ?」

「しょ、笑天さんで・・・」

「笑天さん?重ちゃん、笑天神社にいるんだな?よしっ、すぐ行く。玄ちゃん、しっかりしろ」

じっちゃんは玄じいちゃんとすぐに笑天神社にむかって走り出した。
もちろん、ぼくもそのあとを追うと、いつのまに来たのか、卓也もならんで走っていた。

「なにがあったんだ?」

「わかんないよ」

クスノキの大きくのびた枝が空をおおう境内は、日ぐれ時のこの時間になると、ますます怪しい雰囲気になっていた。
そのうえ今日は、この奥から「ヒッヒツヒッ」というぶきみな笑い声が聞こえてくるからなおさらだ。

ぼくと卓也は、じっちゃんの背中にくっつくようにして鳥居をくぐった。

「こっち、こっちだ」

玄じいちゃんが、社の横を通りぬけた。

「ヒッーヒヒヒ、ヒッヒヒッ」

ぶきみな笑い声が、すぐ近くで聞こえる。
卓也がぼくのTシャツを、ぎゅっとつかんだ。

「重ちゃん、どうしたっ?」

じっちゃんが、社のうしろ側に立つクスノキにむかって走っていった。
見ると、クスノキの根元に重じいちゃんがすわっていて、その背中を花ばあちゃんがさすっていた。

「ヒッヒッヒッ」

重じいちゃんは、止めたくても止めれないってかんじで、体をふるわせながらとても苦しそう笑いつづけている。

この様子を見てじっちゃんは、すぐに、ズボンのポケットから百円玉を二枚出して、卓也にわたした。

「おい卓也、そこの自販機でお茶を買ってこいっ!」

「重ちゃんは、どうしちゃったんだ?」

じっちゃんが、花ばあちゃんに聞いた。

「おじいさん、タバコを買ってくるって言ったきり、なかなか帰ってこないから・・・、心配になってさがしに出ると・・・」

このあとをつづけたのが、よっちゃんだ。

「花ちゃんがブルブルふるえながらわたしんちに来てね、笑天さんから変な笑い声が聞こえてくるけど、この声がおじいさんの声ににてるって言ったんだよ。だからさ、いっしょに来てやったら、重ちゃんがここで体をへしおって笑いこげてるからびっくりしたのなんのって」

「重ちゃん、どうして笑っているんだ?」

「ずっと笑いっぱなしだから、聞くに聞けなくってね」

「勘ちゃん、おじいさん、おかしくなっちゃったよぉ・・」

花ばあちゃんのしわくちゃの顔になみだがこぼれだした時、卓也がもどってきた。

「ほれ、重ちゃん、これをのめ」

じっちゃんはペットボトルのキャップをはずし、だきかかえるようにして重じいちゃんの口にお茶をそそぎこんだ。

「ヒヒッ、ゴホッゴホッ」

重じいちゃんはお茶をふきこぼしたけれど、じっちゃんは根気よく飲ませ、お茶が全部なくなるころ、ようやくぶきみな笑いがおさまった。でも重じいちゃんは、まだ苦しそうだ。

「なぁ重ちゃん、おまえさん、いったどうしちゃったんだ?」

「ガキのときみたいに、変なものを食べたんじゃないのか?まさかここには笑いキノコなんてないと思うけどな」

じっちゃんと玄じいちゃんが聞いた。

重じいちゃんは、しばらく返事ができなかったけれど、肩を大きくゆらして息をしていたのがおさまると、ようやくしゃべりはじめた。

「・・わからん。なんでこうなったのか・・・わしにもわからん」

「わからんって、なんにもわからんうちに、こんなひどい目にあうはずないだろ?」

じっちゃんと玄じいちゃんが変な顔をしている。

「角の自販機でタバコを買おうと歩いていたら、笑天さんからいい匂いいがしてきて・・・」

「いい匂いって、どんな?」

「なんか、甘くていい匂いだったんだよなぁ・・」

甘くていい匂い?ぼくの心臓が、ドクンとなった。

「匂いにつられて、ふらふらって笑天さんに入ったら、もうたまらんくらい笑えてきてな、いったん笑い出したら、これがとまらなくって・・もう死ぬかと思った」

甘い匂いに、笑えてくる?ぼくの時と同じだ。心臓の音が、ドラムをたたくみたいにドンドンドンとなりはじめた。

そんなぼくの横で、花ばあちゃが、フンって大きく鼻をならした。

「わかった、おじいさん、あんた、わたしにかくれてまたお酒をのんでいたんだね?どうせ一杯ひっかけて、いい気分になったから大笑いしたんだよ。なにが甘い匂いだか!ほんとにもうっ、勘ちゃんたちみんなにめいわくかけて・・。ほら、もう帰りますよっ」

花ばあちゃんが、重じいちゃんのうでをひっぱった。

「わしは、よっぱらってなんかいないっ。ほんとに甘い匂いがしたんだっ!」

花ばあちゃんは、重じいちゃんのことばに耳をかさず、じっちゃんたちに礼を言ってから、まだ体がふらつく重じいちゃんをひきずるようにして境内を出て行った。

「やれやれあの調子じゃあ、重ちゃんのやつ、しこたま酒をのんだな」

じっちゃんたちも、花ばあちゃんと同じように、重じいちゃんはよっぱらっていると思ったみたいだけれど・・・。

「卓也」

ぼくは卓也のうでをそっとひっぱって、先を歩いているじっちゃんたちからはなれた。

「なんだよ?」

「重じいちゃん、ウソなんて言ってないよ。さっき、重じいちゃんが甘い匂いって言っただろ?ぼくも、その匂いを知ってるんだ」

「なんで?あっ、もしかしておまえもないしょで酒をのんだのか?」

「そんなわけないだろ。ほら、あの音が聞こえた金曜の夜にさ、甘い匂いがしたんだ」

「あの日に?それマジ?」

「それに・・、さぼ子さんからも甘い匂いがした」

「さぼ子さんからも?」

卓也が大声をあげたので、じっちゃんたちがふりむいてしまった。

「ばかっ、大声出すなって」

あわてて卓也の口をおさえたけれども、もうておくれで、あっという間にじっちゃんと玄じいちゃんがぼくらのところに来てしまった。

「さぼ子さんがどうしたって?」

「あ、いやっ・・あ、あのさ、さぼ子さんは、たった一日でますます元気になったみたいだから。やっぱり玄じいちゃんの薬ってすごいなぁってはなしてたんだ。なっ、卓也?」

ひじでそっと卓也をつつく。

「えっ?ああ、あっ、そうそう。ほんとじいちゃんってすごいよ」

「なんだなんだ、たく坊たちもそう思ったのか?ふっふっふっ、このぶんだと、さぼ子さんパワーは、またすぐに復活するな」

「よしっ、じゃあもう一丁特性薬をつくるとするか、なっ勘ちゃん」

じっちゃんと玄じいちゃんは、がぜん張り切り、すぐに笑天神社を出て行ってしまった。

「ゲェーッ、またあの薬を作るのか?かんべんしてくれって。おい琢磨、なんであんなことを言ったんだ?オレ、もうくさいのはごめんだって」

「なに言ってるんだよ、だいたいおまえが大声をあげたから、じっちゃんだちがきたんだろ?それより、さっきの話のつづきだけど・・・」

「そうそう、その甘い匂いって、ほんとにさぼ子さんから出ていたのか?」

「たぶんさぼ子さんだと思うんだけど・・、でもさ、甘い匂いがしたことだけはたしかなんだ」

「重じいちゃんは、笑天さんから甘い匂いがしたって言ったよな?」

「うん」

「そういえばあの時、おまえも重じいちゃんみたいに一人で笑ってたっけ。でもさぁ健が説明してくれたサボテンの超能力の中には、甘い匂いのことなんてぜんぜんなかっただろ?」

「そうなんだよなぁ・・。どうしてさぼ子さんにあんなでっぱりとトゲがでて、どうして笑天さんから甘い匂いがしたのかわかんないことだらけ。なぁ卓也、おまえ、これ、どう思う?」

「オレがわかるわけないだろ。でもさ、こういうのを考えるのって、健が得意じゃん?だから、明日、あいつに答えを考えてもらえばいいって。まぁ、オレ的には、さぼ子さんだけがもってる超能力に関係ありと思いたいんだけどね」
 

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