さぼ子さん その17
連載ファンタジー小説
十七 笑天祭
「ふーっ」
聖子が大きなため息をつくと、そのまわりのじいちゃんやばあちゃんたちも、同じようにため息をついた。
「健ちゃん、すごかったねぇ」
和子ばあちゃんは、まだ放心状態でぼーっとしている健の背中をさすりながら言った。
「なぁ、わし、夢をみているんじゃないよな?」
こうつぶやいた重じいちゃんの手を、花ばあちゃんが力いっぱいつねった。
「イテテテテッ。おいっ、なにしやがるんだ?」
「おや、いたかったかい?だったら夢じゃないね」
重じいちゃんが自分の手をさすっていると、玄じいちゃんが
「ワハッハハハッ、重ちゃん、一本取られたな」
と大きな声で笑った。
すると、その笑い声はみんなにうつっていった。卓也、聖子、咲、健、じっちゃん、玄じいちゃん、よっちゃん、和子ばあちゃん、重じいちゃん、花ばあちゃん、鈴ばあちゃん、松じいちゃん、うめばあちゃん、庄司じいちゃん、安ばあちゃん、みんな笑っている。
神社いっぱいに笑い声がひびいている。笑いの渦が大きく広がったとき、ぼくの中にひとつの思いがうまれた。
「ねぇ、じっちゃん。また笑天祭をやろうよ」
「笑天祭を?」
「うん、ぼく、8月2日の日、笑天祭で銀色の人を見送ってあげたいんだ」
じっちゃんが、じっとぼくを見ていたけれど、やがてぼくの髪の毛をくしゃくしゃとなでてから、大きくうなづいた。
「そうだ、笑って、笑って見送ろうな。なぁみんな、どうだ?笑天祭をやってくれるか?」
「勘ちゃん、やるにきまってるだろ。なぁ?」
庄司じいちゃんのことばに、みんながうなづいた。
「わーい、笑天祭、笑天祭」
聖子と咲が、はしゃいでいる。
「そうだ、笑天祭だ。まためいっぱい笑えば、この商店街にも福がまいおりてくるぞ」
玄じいちゃんがこう言ったとき、今の今まで笑い袋でいっぱいだったぼくの心がちょっぴりしぼんだ。
だってさ、さいしょはさぼ子さんの超能力をテレビ局に売りこんで商店街を復活させるつもりだったのに、それがおジャンになったからね。
でも、玄じいちゃんじゃないけれど、笑天祭でいっぱい笑えば福がまいおりてくるような気がする。
それから8月2日まで、みんなは目が回るくらいいそがしくなった。
まずじっちゃんたちは、またサボテン組以外の商店街の人たちに笑天祭を復活させようと説得にまわった。
ぼくは、これには何日もかかるんじゃないかって心配したけれど、意外なことに社の扉を開ける時と大ちがいで、すぐに賛成をえられた。
やっぱりみんなも笑天祭で大笑いしたかったんだ。
よっちゃんや鈴ばあちゃんは、母さんたち商店街婦人部を総動員して、集会所の倉庫にかたづけられていた笑天祭の衣装箱やお面の入った箱、そして鈴が十個ついた棒が入っている箱を出した。
集会所の4本のコナラの木に張られたロープには、ずっと長い間桐の箱に入れられていて、少しかびくさくなったあわい灰色の着物と銀糸で織った帯が何十枚も干されていた。
父さんたちは、何年ものあいだ街路灯につけたままになっていた色あせたプラスチックのサクラのかざりをはずしたり、よごれたシャッターをモップでごしごしあらったりしている。
なんだか商店街中がウキウキしている。
そして8月2日。ついに笑天祭の日がきた。
あわい灰色の着物に銀の帯をしめ、笑いのお面をつけて、笑天神社から灯篭の並ぶ商店街へ、そしてまた笑天神社へと大きな笑い声をあげながらねり歩くぼくらにとって始めての笑天祭だ。
祭事は、陽が落ちる時が始まりとされていたけれど、ぼくらは朝から灰色の着物を着ていた。
咲と聖子は笑いのお面をつけたり、とったりして遊んでいる。
お面は全部笑い顔だったけれど、くりぬいた目や口の形がひとつひとつ違っていた。
たくさんのお面の中から、それぞれ好きなものをえらんでみると、ぼくのお面は笑っているのになんだかなさけない顔だし、卓也のはちょっとなまいきな笑い顔、聖子はすまし顔で、咲はにっこり顔、そして健のはちょっと理知的な笑い顔。なんだかお面が、性格をあらわしているみたいだ。
夏の陽が西にかたむき、少しうす暗くなりはじめると、じっちゃんたちは、灯篭にろうそくを入れ始めた。
笑い面をつけ、手に鈴の棒をもった人たちが、ぞくぞくと笑天神社に集まりはじめている。
やがて陽が西の空にしずんでしまうと、まずじっちゃんが鈴をふりながら
「ワッハッハッ」
と大きな声で笑いはじめた。
そして、これにつづいて神社に集まった人たちがみんな、鈴をならし
「ワッハッハッ」
と大きな声で笑い始めた。
「ワッハッハ、ワッハッハ」
笑いの行列が鳥居をくぐり、灯篭の道を歩く。
「ワッハッハ、ワッハッハ」
笑い声と鈴の音がひびき、商店街に笑い声があふれていった。
「ワッハッハ、ワッハッハ」
と大きな声で笑うじっちゃんを先頭に、ぼくらは灯篭の道を歩いていった。
ゆっくりゆっくり歩いて、灯篭の一番端についたころは、笑いすぎてみんなの声がかすれはじめていた。
それから商店街をぐるっとまわって笑天神社にもどったとき、行列のしんがりをつとめていた玄じいちゃんは、祭りの終わりを告げる鈴をシャンシャンシャンと鳴らした。
すると、それが合図かのように、風もないのに灯篭に灯されたろうそくの火が、次々と消えはじめていったんだ。
ろうそくの火が、一本、また一本と消えていく。
やがて、最後の一本が消えてしまうと、闇がぼくらを包みこんだ。
これから、なにがおこるんだろう?
まっくらな中で、じっと立っていると、空の上から一筋の銀色の光がおりてきた。
ゆっくりとゆっくりとおりてくる銀色の筋を、じっちゃんもぼくも、そして神社にいただれもが無言で見ていた。
スゥーとのびた光の筋が社にとどいたそのしゅんかん、光ははじけて細かな粒子になり、次々とあかりの消えた灯篭の中に入っていった。
銀色の光の道が神社に向かってどんどんのび、社をぐるっとかこんでいく。この光の輪の中で、社はますますかがやいて、やがてその中心から淡い銀色の雲があらわれたんだ。
ぼくは、じっちゃんの手をそっとにぎった。
「じっちゃん、もうすぐお別れなんだよね」
「ああ、琢磨、しっかり見とどけるんだぞ」
銀色の光の雲が、ゆっくりと上へ上へと昇っていく。
上へと昇るにつれ、光はどんどん小さくなっていき、とうとう彼方へと消えていってしまった。
これと同時に銀色の道も消え、灯篭の中にろうそくの火がもどってきた。
咲の持っていた鈴が、リンと小さく鳴った。
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