恐竜卵屋 その4
連載小説 ぼくの夢?
七 好きリストを作る
三日目。
授業が終わり、ダッシュで体育館に入り、コート内で柔軟体操。
このあとはハードな練習が続きバテバテ。
休憩になるやいなや、ぼくは体育館の入り口に敷かれたざら板に崩れるようにして寝転がった。その姿勢のままグランドを見ると、炎天下で陸上部が練習をしていた。
あいつらよくやるよ、人間じゃないね。
少しでも休もうと閉じかけた目の端に、直線コースに並べられたハードルを飛び越えていく片桐このみの姿が映った。
無駄のないフォームで走る姿は、めちゃくちゃきれいだ。
「うへぁ、ここも暑いなぁ」
義広が濡れた髪をふりながら、ぼくの横に座った。
「おい裕也、ゆ・う・や。おまえ、なにぼっーとしてるんだ?」
「えっ?あ、ああ、いや、その・・・、ほら、めちゃくさ暑いからさぁ」
義広が、ちらっとグランドを見た。
「へ・へ・へ。片桐このみだな」
「あっ、やだなぁ、ちがうって。ほんと、マジ暑いし、ゴリヤンにはしぼられるしで疲れてるんだって」
体を起こして必死に言い訳をしたぼくの肩に、義広は手をおいた。
「オレはちゃーんとわかってるからさ、無理するなって」
「な、なんだよ、それ?」
「片桐ってさ、畑山みたいに美人じゃないけど、なんか個性的でいいもんな。うん、裕也くんが惚れるのもわかる。でもなぁ、けっこう高嶺の花かも」
そんなこと言われなくってもわかってるって。
「知ってるか?片桐はさ、フリーじゃん。だからあいつとつき合いたいっていう奴、けっこういるんだぞ」
いや、それは全然知らなかった。ライバル多し、か。
「裕也はさぁ、顔はまぁ並みだけど、背が高いし、バスケ部のキャプテンだから、けっこうポイント高いと思うんだ。けどなぁ・・・」
「けどなんだよ?」
「いまいちセンスがなぁ・・・」
「センス?」
「そうセンス。おまえさぁ、高岡山の時、自分が何を着ていたか覚えてる?」
ぼくらの学校では、学年間の交流を図るための恒例行事として毎年四月に徒歩遠足が行われる。
今年の行き先は高岡山だった。この時の服装は、基本的には学校指定のジャージだけれども派手でなければ私服でもOKだったんだ。
「ジャージ」
「だろ?あの時は私服でもいいって言われたのに、なんでおまえはジャージなんか着てたんだ?」
「山登るんだから汚れるだろ?それにジャージを着てたのは、ぼくだけじゃなかったぞ」
「おまえねぇ・・・」
義広は、あきれたようにため息をついた。
「じゃあさ、あの時、片桐が何を着てたか知ってるか?」
もちろん知っている。トップスは白と紺のボーダーTシャツでそのうえにショーットジャケットをはおって、ボトムがハーフ丈のジーンズ。
これが似合ってて、かわいかったんだよな。
「自分がさ、けっこうキメてる奴がだよ、ジャージなんて着てるダサ男と並んで歩きたいと思う?」
「そ、そんな外見より中身の方が大事だろ?」
「あまいね。そういうのは、もっと年とったやつが言うセリフ。今のオレたちにはかっこいいのがベストなの。
おまえだってそれなりのカッコしてみろよ。けっこういい線いくと思うけどね。オレがいい古着屋知ってるから、今度一緒に服を買いに行こうぜ。
そこさ、ビンテージもののジーンズがけっこうそろってるんだ」
「それって高いだろ?」
「まあな」
「そんなの買う金、持ってないって」
「だ・か・ら・恐竜の卵を孵すんだって。そしたら金がガッポガッポで何でも買い放題だぞ」
義広は両手で金をかき集めるポーズをしていたが、すぐにそれをやめて聞いてきた。
「おい裕也、おまえ、好きリストをちゃんと書いてるだろうな?」
「・・・書いてるよ」
「いくつ書いた?あっ、もしかしてもう十まで絞りこんだとか?」
「んなことあるわけないだろ」
「じゃあ、いくつ書いたんだ?ほら、言ってみろよ」
「二十・・・くらいかな」
「二十ー?マジ?あのさぁ、普通は自分が好きな物なんていくらでもでてくるはずだろ?」
「そんなこと言われても・・・」
「さっさと片づけようぜって言ったのに、ほんとおまえってやつは・・・しょうがない、今日は塾がないから帰りにオレんちに寄れよ。いっしょに考えてやるって」
「ほんとか?サンキュー」
全身汗だくになるハードな練習が終わると、ぼくらはぼろ雑巾のような体を引きずりながら義広の家まで歩いた。
義広んちのスーパーHARAが入っている春岡商店街は、買い物客で一番賑わう時間帯のはずなのに閑散としていた。
シャッターが閉まった店が歯抜けのように立ち並ぶ暗い雰囲気のアーケードの中で、一か所だけ場違いのように「らっしゃい。らっしゃい」と威勢のいい声が響いている。
「チェッ、親父の奴、またやってやがる。八百屋じゃなくって一応スーパーなんだからさ、もう呼び込みはよせって言ったのに全然聞かないんだよなぁ」
親父さんの一番の自慢は、露店の八百屋から始めた店を三十年かけて中堅規模のスーパーHARAまで大きくしたことだ。義広は、こんな親父さんのことを口ではボロクソに言っているけれど、内心は誇りに思っていることをぼくは知っている。
「おう、おかえり」
親父さんが声をかけてくれた。
「おじゃまします」
「裕也君、またでかくなったんじゃない?うちの義広も裕也くんみたいにもっと背が高くなるといいんだけど、オレに似てちびだからなぁ。顔もほらでこが広くてそっくりだし、それに・・」
「もういいって。ほら裕也、上に行こうぜ」
ぼくらは店の横の通用口を入り、倉庫脇の階段を上がった。スーパーの二階が義広んちだ。
「今日も客の入りが悪いよなぁ・・」
義広の言葉どおり、通用口からちらっと見えた店の中には二、三人の客しかいなかった。
「今日もって・・。ずっとああなのか?」
「もう最悪。オレんちの夕飯、毎晩店の残り物の総菜ばっか。
裕也くーん、オレ、卵を孵して、金を手に入れて、超ハッピーになるんだもんねー」
義広はベットにカバンを放り投げ、ふざけるように言ったけれど目は真剣だった。
「ぼくだって・・・」
「じゃあさ、さっそく始めるとするか。ほら、好きリストを見せてみろよ」
義広にせかされ、ぼくは二十しか書いてないリストを渡した。
「なんだよー、本当に書いてないな」
「だから言っただろ、これ以上思いつかないんだって」
義広は、フンフンと確認しながらリストを読んだ。
「バスケ、うん、これはわかる。餃子?なんだよ、この餃子って」
「好きなものだったらなんでもありだろ?それにおまえだって餃子が好きじゃないか」
「まぁ好きだけどさぁ、なんかなぁ・・・。ほかに思いつかないのか?」
「それができたら、ここにないって」
「じゃあさ、オレがジャンル別に誘導尋問してやるから、ちゃんと答えろよ」
「ああ」
「はじめはスポーツからだな。バスケが好きなのはわかってるから、ほかに好きなものはないのか?」
「ほかにか?うーん・・・」
「野球はどうだ?」
「野球よりサッカーかな」
「よし、サッカーと」
義広が紙に書く。
「ほかには?」
「そうだなぁ・・、陸上なんか見るのも好きだな」
「ヘヘヘ、陸上ねぇ、特にハードルがだろ?」
「あっ、やだなぁ、なんだよその笑い。ぼくは純粋にマラソンとかを見るのが好きなんだって」
「はいはい、わかったわかった。じゃあ次に行くぞ。食べ物は何が好きだ?」
この調子で次々と義広の質問に答えていった。
こんな安直な方法でいいのか?という疑問が沸き起こってきたけれど、ほかに方法がないので、これを無視する。
「よーし、これで百はある。ほら、見てみろよ」
三十分くらいかけて、ようやく百の好きリストが完成した。
「これだけやれば、残りはひとりでできるよな?」
「ああサンキュー、助かったよ」
「オレは一応十まで絞ったからさ、あとはこの共通点を見つけるだけなんだ」
「で、義広は、その共通点とやらは見つかったのか?」
ここで義広の顔が曇った。
「それなんだよなー。オレ、あれからずっと考えてるのに、ちっともわからないんだ」
「見せてみろよ、その十のリストをさ」
リストが完成したので、ちょっと強気になって義広が差し出した紙を見た。
「バスケ、卵。貯金通帳?なんで好きリストのベストテンに貯金通帳が入るわけ?」
「なんでって、オレ、貯金通帳好きだぞ。どれくらい貯まったかなって通帳を開くときなんて、もうワクワクものなんだよな」
好きなものって、人によって千差万別なんだって改めて思い知ったよ。
「なあ、裕也はどう思う?」
「このリストの共通点か?」
「ああ。これがオレの夢へのヒントになるんだけどさぁ・・・」
「うーん、ちょっとなぁ・・・」
「わからないだろ?」
ぼくはうなずいた。
「ヤバイよなぁ、天使のおっさんの約束って一か月だろ?オレ的には、さっさと夢を見つけて、さっさと恐竜を孵したいんだよな」
これは、ぼくも同じだ。すぐにでも夢の目安を立てて、進路希望用紙に何の心配もなく海南って書きたい。
それにしても・・・。
「完全にイカレテルよな」
ぼくは、ぼそっとつぶやいた。
「へっ?なにが?」
「だって考えてみろよ。目の前に卵狂いの天使が現れるなんて、常識からして考えられないだろ?そのうえ、その天使のおっさんから恐竜の卵をもらうなんて、普通だったら夢か、それとも頭がおかしくなったのかって思うんじゃないのか?」
フンと義広が鼻をならした。
「オレの手の中にはちゃんと恐竜の卵があるんだから、周りがどうだっていいんだって。最終的に金が手に入れば、その過程がどうであれ万事OKだろ?」
そうだ、今、ぼくらは、周りがどうのこうのなんて気にしている暇はない。
「よしっ、オレ、金曜までに絶対見つけるからな。裕也もだよな?」
「あたりまえだろ」
八 振り出しにもどる
四日目。
朝までになんとか好きリストを十までに絞り込んだけれど、その先が進まない。
時間は刻一刻と迫っている。だから学校に向かう時間も惜しんでリストの共通点を考えた。
「バスケ、卵、・・・」
ぼくは夢中になりすぎて、自分が声をだしていることに気がつかなかった。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
うしろから声をかけられ、無意識に返事をした。
えっ?あれ?ちょっと待てよ、この声は・・・顔を上げる。
「か、片桐?あ、あの、おまえの家ってこっちじゃなかったよな?」
「昨日おばさんちに泊まったの。それより裕也くん、今、何ブツブツ言いながら歩いていたの?それ新しい暗記法?歴史じゃないよね?」
並んで歩く片桐が、ちょっと顔を上げてぼくを見た。
うぉー最高じゃん。ぼーっとして返事ができない。
「ねえ、聞いてる?」
「えっ?あ、はい、聞いてる聞いてる」
「じゃあ教えてくれる?」
「はいっ!」
この目に見つめられたら逆らえないって。いいよな?好きリストのことを話しても。
「えーっとさ、ぼくが言っていたのは、自分の好きなものを百個リストアップして、その中から残したいもの、さらに残したいものって順々に絞り込んで、最後に残った十のリストなんだ」
「たくさんの好きから?」
「そう。で、この十のリストが何を意味しているのかっていうか、示す先っていうのは何か?って考えていたんだけど、これが全然わからないんだよなぁ」
「それって塾かなんかの宿題?」
「まさか、ちょっと事情があってさ」
「ふーん」
と言ったきり片桐は言葉を探すかのように黙ってしまった。
ぼくはというと、これ以上突っ込まれたヤバイなと思ったので助かった。
天使のおっさんから出された宿題でさ、何て言ったら絶対頭がおかしいと思われそうだもんな。
「いよっ、朝から仲いいじゃん。遅刻も平気ってか?」
ゆっくり歩いていたぼくらの横をクラスメートの忠司が走りぬけた。
「やだ、朝練に遅れちゃう」
忠司の声で我に返ったって感じの片桐は、すぐに駆け出したけれど、少し先で立ち止りふりむいて聞いてきた。
「ねえ、それって真剣にやった?」
「それって?」
「好きなものを考えること」
あたりまえだろって答えようとしたけれど、なぜか躊躇する。
「なんだかちがうみたいだね」
否定できない。
「だったら・・・答えを見つけるのは難しい・・かもね」
えっ?どうして?と聞く前に、片桐はぼくを残してさっと走り去ってしまった。
なにがなんだかわからないまま、その場に立ち尽くしていたら
「恋より卵。恋よりお金」
すぐ後ろで聞き覚えのある声がして、ふり向くと天使のおっさんが立っていた。
「うおっ!な、なんでこんな朝っぱらから、それもこんな場所に天使が現れたりするんだよ?これって絶対ヤバイだろ?」
「大丈夫、大丈夫。わたしの姿は坊ちゃん達しか見えないから安心してくださいな。それより坊ちゃん、今の女の子、なかなか聡明じゃあないですか。わたしが恋のキューピットでしたら、あんな子と坊ちゃんを赤い糸で結びつけるんですけどねぇ」
片桐と赤い糸かぁ・・・。ひとりでに顔がにやける。
「でもっ、今は恋より夢!」
「わかってるって」
「だったらいいですけど、わたし、今日は坊ちゃんを激励しようと思いましてね。なんといっても、もう三日もたちましたし・・・」
「まだ三日」
「まだ三日。そうでしたね。うん、まだ三日、まだ大丈夫」
「そうそう、まだ大丈夫だって」
「でも・・・あと二十七日で天使の資格が・・・、ああっ、どうしよう」
「大丈夫だって」
おいおい、さっきぼくを激励しにきたって言ったよな?でもこれって全く逆じゃん。
「天使の資格がなくなる・・・なくなる・・・ああもうだめっ!わたし、心配でおかしくなりそうだから、気持ちを落ち着かせるために卵を磨いてきますっ」
「えっ?ちょっ、ちょっと待て。アドバイスは・・・?」
ぼくが呼び止める声なんて聞こえなかったかのように、天使のおっさんはすぅっと消えてしまった。
なんだよー。これじゃあ全然サポートになってないじゃないか。
チェッと舌打ちをしたぼくの横を同じバスケ部の佐々木が猛スピードで駆け抜けていった。
「おい裕也、なにそんなところで突っ立ってるんだ?朝練遅れるぞ」
「やべぇ」
ぼくは佐々木のあとを追って体育館までダッシュした。
キュッキュッキュッ、バッシューが床を鳴らす。ヴァンヴァンヴァン、ドリブルの音が体育館に響く。
「走れ、走れ。走れ!義広、なにやってるんだ、もっと突っ込め!」
ゴリヤンの罵声に追い立てられ、コートを駆け回る。
息はあがるし、全身から汗が噴き出てくるけれども、ぼくは一瞬一瞬の動きに集中するこの時間が好きだ。
朝練、授業、午後からの練習をこなしたあとの帰り道で、ようやく義広とゆっくり話をすることができた。
「義広、おまえさぁ、ほら、あれわかった?」
「あれって好きリストのことか?」
「ああ」
はぁーと義広が大げさなため息をついた。
「わかんねぇ」
「やっぱり」
「おまえの方は、どうなんだ?」
ぼくは首を横にふった。
「オレたちヤバイかも」
またまた義広がため息をついた。
「片桐がさぁ・・・」
ん?という顔で義広がぼくを見た。
「朝さぁ、片桐と偶然会ったんだけど、その時あいつが、それって真剣にやった?って聞いてきたんだ」
「それ?」
「好きリストを作ること」
「どうしてあいつが好きリストのことを知って・・・、あっ、おまえ、しゃべったな」
「天使のおっさんは、だれにも話すなとは言ってないだろ?それより話をもどすけど、片桐に難しいかもって言われたんだ」
「あいつ、何が言いたいわけ?」
「今日一日考えたんだけど・・・、これって本気で好きリストを作らないと答えを導き出せないってことなんじゃないかなぁ」
今度はぼくが、はぁーとため息をつく番だった。
「オレたちがマジじゃなかったってこと?おまえはともかくとして、オレはマジで考えたぞ」
「ぼくはともかくとしてだって?なんだよ、それじゃあ聞くけどさ、マジで考えたのならどうして答えがでないんだ?」
義広が、うーっとうなった。
「なぁ裕也、好きリストを考え始めて今日でもう四日目だろ?もし、もしもだぞ、これをもう一度リセットしたら、二、三日中にまた十まで絞り込めるか?」
ぼくの場合、どう考えても無理。力なく首を横にふった。
「おまえは、できるのか?」
ぼくが聞くと、義広はちょっと肩をすくめた。
「さっきも言ったけど、オレ的にはこれ、マジでやったつもりなんだ。でも答えがでないってことは・・・、やっぱりどこかが間違ってたんだよな?」
ぼくがうなずくと、義広はチェッと小さく舌打ちをした。
「あーもうっ、明日の土曜日には見つかるはずだったのに、またふりだしに逆戻りじゃないか」
「いや、ちがうね」
「ちがう?何が?」
「ぼくたちが戻るのは、ふりだしよりもっと前。マイナスからのスタートなんだって」
「マイナスから?」
「ああ、だってさ、この十個のリストを絞り込むために、おまえもぼくも全精力を注ぎこんじゃっただろ?もしまた好きリストを考えるとしたら、すっからかんになった頭のもっと奥から掘り出すことになるんだからな」
「くっそー、だったらオレたち、これから先どうすればいいんだ?」
義広が髪をかきむしった。
「いいか?今朝ぼくは、天使のおっさんのサポートは全然当てにならないことがわかった。だったら残された選択肢は二つ。一つはもう一度好きリストを作り直すこと。そして、もう一つは・・・」
「もう一つは?」
「この場所に行くこと」
ぼくは天使のおっさんから渡された紙を開いた。
「うげぇ。修行なんて最悪」
「義広は、好きリストと修行、どっちを選ぶ?」
がっくりと肩を落とした義広が、上目づかいでぼくを見た。
「おまえはどうするんだ?」
「気が重いけど修行を選ぶ。義広に手伝ってもらってなんとか好きリストを作り上げたけどさ、もう一度作るとしたらこの時より何倍も苦労することは目に見えているし、それこそいつ出来上がるかもわからないだろ?」
「これ以上遅れたくないってわけか・・・」
そう、遅れたくない。来週の月曜日は三者面談だ。家の家計がどんなに切迫した状態であっても、母さんはこの場で志望校は海南と絶対に言う。
でも父さんたちには黙っていたけれど、ぼくは先週配られた進路希望調査票に海南の名を書いていない。
一度は家の事情なんて何も気がつかないふりをして、海南高校と書こうかと思った。でも、できなかった。海南には、自分の手で入りたかったんだ。
まぁこんなカッコイイことを言えるのも恐竜の卵があるからだ。
まともに考えたらこんなことあるはずないけれど、ぼくの手の中にはまぎれもなく卵がある。この卵は、ぼくと海南をつなぐ鎖だ。
なんとしても夏の間に金が入る手筈を整え、秋には堂々と海南受験に向かわなければいけない。
「早くしないと・・・」
ぼくのつぶやきに同意した義広は
「そうだ、オレたちは、できるだけ早く夢を見つけて恐竜を孵すんだ。
よーし、手裏剣投げだろうが、壁抜けだろうが、やったろうじゃないか」
この時、夕方六時を知らせる夕焼け小焼けのメロディーが流れ始めた。
「あっ、やべぅ。裕也、塾!」
ぼくらはすぐに家を目指して全力疾走した。
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