さぼ子さん その4
連載ファンタジー小説
四 ぼくらができること
月曜の朝、今日は一学期の終業式だというのに、咲は集合場所の神社前に来なかった。
「咲さぁ、泣きすぎで、熱だしちゃったんだってさ」
卓也が、ぼそりと言った。
どうして咲がそんなに泣いたのか、ぼくらはみんなわかっていた。
「咲きちゃんがいなくなるなんて、いやだ」
ぼくの横に立っていた聖子までべそをかきはじめ、健はじっと自分の足元を見つめていた。
「なぁ琢磨、また商店街に客がいっぱい来るようになればいいんだからさぁ、なんとかならないのか?」
「そんなことぼくに言われても、今までだって大人がいろいろやってきただろ?それでも効果がなかったじゃないか」
「ドカーンとでっかい花火を打ち上げるか?」
「こんな所で花火なんてあげられるわけないだろ?」
「金はないし、客は来ないし、しけてるよなぁ。あーあ、ここにあるのっていったら、役にたたないでかいサボテンだけか。なんかさぁ、これってお先まっくらだよな」
あきらめ口調の卓也の横で、じっとうつむいていた健がぽつりと言った。
「サボテンは・・・サボテンは・・・役にたたないことないよ。だって・・ふしぎな力を持っているんだから」
ふしぎな力?これを聞いたとき、ぼくの中に、金曜日のきみょうな音と匂いの体験がよみがえってきた。
「それ、どこかに書いてあったのか?」
「うん・・・ウェブのサイトに・・・」
健は、いつも考えながらしゃべるので、こんな細切れの話し方をする。
「そこになんて書いてあった?もっとくわしく話せる?」
いつもだったらこんな話にスルーするぼくがこう言ったので、健は少しおどろいた顔をした。
「少しだけなら話せる。あの・・サボテンによっては・・・とくべつな方法で意思伝達ができるし・・・、人間のテレパシーも感じることができるんだって」
「それって、もしかして超能力ってやつ?あのさぁ、サボテンって植物だろ?植物に超能力なんてあるわけないじゃん」
卓也は、ケケケッとサルみたいに笑っていた。
「意思伝達って、もしかして匂いを出したり変な音を出したりもするの?」
「なんだよ、琢磨まで変なこと言うなって。だいたいここに住んでる奴って、サボテンのことになると・・・」
「音は・・・いろいろあって、なかには独特な連続音のときもあるんだって」
卓也の話をさえぎるように言った健のことばに、ぼくはドキッとした。
独特の連続音だって?あの夜の音もそんな感じだった。じゃあさ、もしかしてあれはサボテンが出した音?それにあの匂いは、やっぱりさぼ子さんのもの?そんなのあり?
「さぼ子さんって・・・、やっぱりただものじゃなかったんだ」
ぼくは、みんなに金曜の夜のふしぎな体験のことを話してやった。
「それ・・・サボテンがなにか伝えたいのかも・・・」
健のことばに、ぼくが目を丸くした。
さぼ子さんがなにかを伝えたい?何を?そういえば・・・
「さぼ子さん、少し変だったよな」
「なになに?さぼ子さんがどうしたって?」
ここにきて卓也は、がぜん興味を持ちはじめたみたいだ。
「金曜の朝、さぼ子さんの茎の先っぽで何かが光ってたんだ。でもさぁ、それが何かたしかめるのをすっかりわすれていたんだよな」
「さぼ子さんのその光って、今日もあったのか?」
「だからー、そのことはわすれていたんだって」
ぼくの話を聞いて、卓也はニヤリと笑った。
「なぁ、これって使えるんじゃないか?」
「使えるって、何に?」
「この商店街のたて直しにきまってるだろ。オレ、琢磨と健の話を聞いてたらピンっときたんだ。さぼ子さんが目覚め始めてるってね」
「目覚め始めた?さぼ子さんが?」
「そう。ほら、おまえのじっちゃん、さぼ子さんをもらってからめちゃくちゃツイていただろ?今思うと、そのツキってさ、さぼ子さんが持ってる超能力のおかげじゃないの?」
「えーっ?まさかぁ」
「そのまさかなんだって。まださ、オレはどんな超能力かあるか、なんて全然わかんないけど、ここにきて、さぼ子さんがまた目覚めはじめたってことだけはたしかだと思う」
ここで卓也は、テレビのレポーターのまねをしてしゃべり始めた。
「ごらんください、このひなびた商店街に驚異のサボテンがあったのです。このサボテンが持つふしぎな力とはどんなものなんでしょう?その秘密が、今ここで明かされます!なーんてね。これってさぁ、テレビのワイドショーがよろこびそうじゃん?」
「そうかなぁ?」
「そうだって。絶対うけることまちがいなしっ!」
「うん、うけると思う」
横から聖子まで口をだしてきた。
「だろ?だろ?やっぱ聖子もそう思うよな?
超能力サボテンがある商店街、なんてテレビに出てみろ、それこそさぼ子さんを見に、人が毎日わんさか来るって。そうなったらさぁ、咲んちの銭湯だってお客がはいってひっこしなんてしなくてすむだろ?
だ・か・ら、まずオレたちで、さぼ子さんの力をしらべて・・・」
「ぼく、ネットでサボテンのこと、もっとしらべてみる」
卓也が話し終わらないうちから、健が言った。
こいつがこんなふうに一生懸命しゃべるのは、年に一度あるかないかくらいまれなことなんだ。
「よし、じゃあ、さっそく作戦開始だ。学校から帰ったら、まず琢磨んちに行って、さぼ子さんがどうなっているか見たあと、健のパソコンでサボテンの超能力のことをしらべようぜ。でさ、その力がはっきりしたらテレビ局に売り込むっていうのはどうだ?」
卓也のことばに、文字通り顔がぱぁとかがいた聖子は、尊敬のまなざしで、じっと健を見つめていた。
この時ぼくらのうしろから、卓也の母ちゃんのどなり声がきこえてきた。
「こらっ、卓也、なにやってるんだい?もう完全にちこくだよ」
「うわっ、やばい。おい、学校までダッシュッだ」
その日ぼくらの班は一番おそく登校したというのに、下校はどこよりも早かった。
「今から琢磨んちに行ってさぼ子さんをしらべるんだけど、問題が一つある」
「問題って?」
「じっちゃん」
あーそうか。ぼくらがサボテンのまわりをうろうろしていたら、さぼ子さんに関しては神経過敏になっているじっちゃんが、なにかあったのかって、すぐにとんでくるにきまっている。
「だからさ、十分間だけでいいから、じいさんをさぼ子さんの近くに来れないようにして欲しいんだよなぁ」
こう言って卓也が見つめる先には、聖子がいた。
「やだやだ、ぜったいやだ。聖子だって健くんといっしょにさぼ子さんのことしらべたいもん」
聖子は、頭を強くふって、卓也の提案を拒否した。くちびるがへの字に曲がり始めている。
「リボンがほどけちゃったよ」
健が聖子のリボンを、きれいに結びになおした。これで聖子は完全にノックダウン。
「ねえ聖子ちゃん、さぼ子さんのことは・・・、あとで、あの・・・ぼくが話してあげるから、少しの間だけ・・おじいちゃんといっしょにいてくれない?」
健が言うと、聖子は卓也の時とはダンチの態度ですなおにうなづき、スキップしながら家に入っていった。そして、ものの5分もしないうちにじっちゃんのつれ出しに成功した。
「よし、じゃま者は消えたな」
急ぎの工事がはいった父さんは、金曜日からずっと出張中。だから、さぼ子さんは外に出してもらえず、この三日間はおどり場に置いたままだ。
「琢磨ー、どこで光ってたんだー?」
さぼ子さんの前で卓也がピョンピョンと飛びはねている。
「幹のうしろ側だったから、そんなことしたって見えないよ。今、脚立を持ってくるから、ちょっとまってろよ」
ぼくは納戸に入って小型の脚立をさぼ子さんの前に立てた。
「たしか幹の後ろ側にあったんだよな・・・」
一段、 二段とのぼり、三段めに足をかけ、さぼ子さんをよく見ようとつま先立ちになったとき、体のバランスがくずれ、とっさに幹に手をかけると・・・。
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