見出し画像

その夜のシナリオに私はいない

こんばんは。今日もお疲れさまでした。

彼は自らを「S」と言いました。無茶なお願いをするのが好きな人だったのです。私は何も言いませんでした。自らを「S」と名乗る人と話たことがなかったので興味を持ったのです。

マッチングアプリのやりとりでは好青年でした。こんな仕事をしているとか、週末にこんなことをするのが好きとか普通の世間話をしていました。

彼が電話で話したいと言うので、LINEにしました。何となく普通に一度会って話そうと言うことになり、約束をしたのです。

次に電話した時、彼はなぜか少し強気でした。お風呂で電話していたからかもしれません。夜のお風呂場は声がよく反響しました。

「この言葉を言って」「この声を聞かせて」「できないなら罰ゲームだよ」

一言何かを発する度に、繰り返しその言葉を口にします。私が渋っていると、罰ゲームが増えて行きました。彼が電話口で息を荒くしているのが聞こえます。私が困っているのを心から楽しんでいるようでした。

電話を切ってもLINEのメッセージが続けてきます。何度も何度もボットのように同じ言葉の念押しでした。

私は彼がどんなに興奮しても、それに冷めている自分を見つけました。彼に、あなたには会えない旨をメッセージして、LINEを非表示にしました。

彼は次の日、何度も何度も電話をしてきました。電話に出ないとメッセージがきました。

「約束を破るの?」「俺の言うことを何でも聞くって言ったじゃない」「ご主人様を誰だと思っているの?」

どれにも全く反応しないでいると、彼は諦めたのか、ボットのような攻撃が止まりました。

私にはご主人様はいません。自分の意思に沿って動くのみです。彼にそれを伝えることはできませんでした。彼の物語に入れないことは「会えない」というメッセージで十分だったのです。

私が「M」だったなら、彼の物語を夜のお風呂場で楽しんでいたのかもしれません。彼のシナリオは綺麗なものでした。私が彼のシナリオにいない人間だっただけなのです。私は今日も彼らを傍観することにします。決して足を入れないように注意しながら。おやすみなさい。

サポートありがとうございます。いただいたサポートは、他の応援したい方へのサポートや、女性やお子さんを応援する機関への寄付に当てさせていただきます。