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天野氏の出自【研究ノート:天野氏】

天野氏の出自には3つの説がある。

①藤原南家為憲流
『尊卑分脈』南家祖左大臣武智麿四男乙麿孫の系譜、入江維清(為憲の曾孫)の子「清定・・・景澄・・・景光・・・遠景」とある(点線だから養子ということだろうか)。

②藤原北家魚名流(山蔭流)
『尊卑分脈』贈太政大臣藤原朝臣房前五男左大臣魚名孫の系譜、山蔭の六代孫相継の曾孫「兼盛―遠兼―遠基―遠景―遠連」とあるが、この遠景を天野遠景とする説。

③後三条天皇の第三皇子輔仁親王後裔
尊経閣文庫所蔵『天野系図』に「輔仁親王―隆輔中将―遠輔少将―雅遠―遠景」とある。遠景は雅遠の弟で、養子としている旨の但し書きがある。

尊経閣文庫は加賀藩前田家の文庫である。天野氏には能登国の地頭となった能登天野氏がおり、その一族から加賀金沢藩の家老・長(ちょう)家の家臣となった天野氏伝来の系図を、五代藩主前田綱紀が延宝7(1679)年12月までに書写させたものが、尊経閣文庫「武家百家譜」所収の天野系図である。

また、水戸藩が『大日本史』編纂に際して集めた系図をまとめた『諸家系図纂』(元禄5(1692)年成立)の天野系図は、為憲流とする系図と輔仁親王後裔とする系図を併録しており、同書を参考にしたとみられる『続群書類従』もほぼ同様の系図を載せる。

明治24(1891)年に山口県士族の吉田嘉蔬が出した『天野氏譜録』は、安芸天野氏(生城山天野氏)から右田毛利氏(長州藩一門家老。毛利元就の七男元政が天野元定の婿養子となるが、後に毛利に復姓する)について記した書籍で、次のようにある(旧漢字を改め句読点と西暦を補った)。

藤内君名ハ遠景、姓藤原氏。永治元(1141)年相州鎌倉亀谷ニ生ル。本姓源氏。是時平族強盛、源氏ノ徒身ノ容所ナシ。君甫メテ年十五、藤原淡海公ノ遠裔足立左衛門尉遠基ノ猶子タリ。応保二(1162)年入京、内舎人ニ任ス。嘉応二(1170)年、狩野茂光ト共ニ源八郎為朝ヲ伊豆ノ大島ニ討テ功アリ。伊豆国司代ニ補ス。是ヨリ先、君本州田方郡天野荘ノ領主タリ。
後三条帝ノ第三皇子輔仁親王、始テ此地ヲ領シ、子孫之ニ居ル。遂ニ之ヲ藤内君ニ伝ト云。

輔仁親王は後三条天皇の第三皇子であり、白河天皇の異母弟である。母は源基平の娘基子で、藤原氏を外戚としない輔仁親王は、父後三条帝や朝廷内より期待されるが、自分の子孫に皇位を継がせたい白河天皇(母は藤原茂子)に冷遇されたため、皇太子になれなかった。
永久元(1113)年、白河天皇(この時法皇)の孫・鳥羽天皇の謀殺未遂事件(永久の変)で、輔仁親王の護持僧・仁寛が首謀者とされ、伊豆の大仁(現伊豆の国市大仁)に配流された。仁寛は蓮念と名を改め、真言の教えを広めたという(※)。

伊豆には仁寛だけでなく輔仁親王も配流されたという伝承があり、輔仁親王の屋敷跡とされる場所は、天野遠景が住んでいたとされる場所(薬師の段)と同じなのだという。
このような伝承と護持僧が流されたという事実が、「天野氏親王後裔説」の元となったのではないだろうか。

実際には輔仁親王は事件後2年間閉門し、元永2(1119)年11月に病気(年来の飲水病=糖尿病に加えて二禁=腫れ物を患ったという)のため出家したが、僅か4日後に亡くなっている。
輔仁親王の孫である円暁・尊暁兄弟は鶴岡八幡宮の初代・2代別当で、そういう意味では親王の子孫が伊豆にいてもおかしくはないが、尊経閣天野系図が伝える隆輔中将という名は親王の子には見えない(ちなみに母は皇后宮大夫俊清息女とある)。

このように天野氏の出自について確たるものはないが、天野氏は中世より藤原姓を称している(建長8(1256)年7月3日「将軍家政所下文」藤原景経など)。勿論、この系譜が真実である可能性も否定はしない。

藤原(工藤)為憲の子・時理(孫または曾孫とする系図もあり)の子・時信が駿河守に、その弟維景も駿河守となり伊豆国狩野(現伊豆市大平柿木付近。旧天城湯ヶ島町)にあり、その子維職は伊豆国押領使となっており、時理の子孫からは駿河・伊豆・遠江つまり現在の静岡県の地名を氏とした一族が数多く生み出されている(狩野氏、伊東氏、河津氏、久須美氏、宇佐美氏、入江氏、久野氏、蒲原氏など)。
天野氏もそのひとつということになるが、少なくとも天野遠景もしくは父景光が伊豆国田方郡天野郷を本貫地とした土豪であったのは間違いないとみられる。


※蓮念は真言立川流の祖とされるが、この立川流と荼枳尼天を本尊として「髑髏本尊」などの性的儀式を信奉した邪教の「立川流」とは全く関係がない。蓮念の真言立川流は真言宗醍醐派三宝院の流れを汲むもので、その血脈(師弟関係を記した系図)に蓮念と見念を必ず含むことから、邪教立川流とは区別できる。

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