【小説】OverdOeS
サワダカオ、です。
今週の更新はお久しぶりの短編小説です。
というのも先日私の(オタ的意味での)神様にお会いしてから創作意欲が爆上がりしておりまして!
そんなわけで書きました。ショートショートですが、オタク女子のお話です。
最後まで読んでいってくださると嬉しいですっ!
OverdOeS
バイトから大慌てで帰宅して、大慌てでパソコンを起動する。起動にかかる時間は約一分。その間にキッチンに走って、手を洗って飲み物を用意する。今日のお供は最近気にいってストックしているキャラメルラテ。チルドカップだから準備の手間がかからないのもありがたい。冷蔵庫を閉めるのと同時にパソコンの起動完了を知らせる音が聞こえてきた。賞味期限も確認せず、一番手近なものを手にしてリビングに走る。
急いでパスワードを打ち込んで、ブラウザを開く。ブックマークしてある配信サイトをクリックしながら時計を見ると二十二時五十七分だった。
「間に合ったぁ……!」
今日はカズサの“推し”の定期配信の日。毎週火曜日の二十三時から二時間ほどの雑談配信だ。だからバイトも二十時で上がれるようにシフトを出しているのだが、今日は欠員が出たせいで残るハメになってしまったのだ。
コメント欄を覗くといつも見かける面子が既に揃っている。カズサも急いで書き込んだ。配信ももちろん楽しみなのだが、こうやって同じものが好きな人たちと交流ができる時間も楽しみだ。同じものが好きだからこそ話せることもあるし、何より共感しやすい。顔も本名も知らない相手だが、現実の人間関係よりも良好なものを築けているような感覚があるくらいだ。
コメントでの会話を楽しんでいると、画面が変わりはじめた。いよいよ、推しに会える。
『こんばんは~!今日も来てくれてありがとね』
聞こえてきた大好きな声に安堵する。あぁ、今日もいつもどおりだ。変化なんて無くて良い。ただ、大好きな推しが普段通り楽しく幸せに生活を送れていることを感じることができれば、それで十分なのだ。
推しは話が上手い。日常のなんてことの無い話でも聞いていられる。そして、推しは話すことが好きなのだろう。乗ってくるとコメントもほとんど読まなくなる。そうなればときどきリアクションを書き込むだけで良い。
今日は話したいことがたくさんあるのか、いつもよりコメントを読まなくなるのが早い。周りもそれを察したのかコメントの数も減ってきている。カズサもコメント欄を一旦閉じてスマホに手を伸ばした。
「やば……」
通知欄を確認すると、ソーシャルゲームのアプリからのものが大量に溜まっていた。今日からイベントが始まるゲームが多いらしい。推しの声を聞きながらゲームのログインボーナスを回収していく。今ダウンロードしているアプリは5つ。流れ作業のように回収が終わると、イベントが始まったゲームをプレイする。どうやらイベント報酬のカードに推しキャラのものがあるらしい。それだけは何が何でも手に入れなければ。リズムゲームだが、音声は一切聞かずにプレイする。今カズサが聞かなければならないのはゲームじゃ無い推しの声だ。
数回プレイして、配信のコメント欄を覗く。閉じたときからほとんど増えていない。カズサも一言だけ書き込んでまたスマホに戻る。今度はゲームでは無く、SNS上にいる推しにコメントをするためだ。
カズサには推しがいる。それも一人ではない。今きちんと追っているだけでも7人近くの推しがいるのだ。数が多いとは自分でも思う。でも、しょうがないのだ。
もともと、カズサの推しは一人だけだった。今でも愛している、推しているアイドルだ。そのアイドルにはたくさん支えてもらった。どんなに辛いことがあってもその推しの姿を見れば、声を聞けば元気になった。辛いことを忘れられた。まさしく万能薬と言っていい存在だったのだ。
しかし、大人になるにつれ、かつての万能薬は少しずつ効果が弱まっていった。きっと辛いことが増えすぎたのだ。
耐えきれなくなる直前、カズサは新たな推しに――万能薬に出会った。そして、カズサは自らを支えるために二つの万能薬を使うようになったのだ。
一度薬を増やしてしまったせいか、そのうち薬は二つあっても足りなくなった。増やすことに対する抵抗もなくなったのか、薬の数はどんどん増えていった。
薬の増加は今でも止まらない。いろんな推しの、いろんな姿を見なければ落ち着かない。その代わり、推しの些細な言動で救われることもある。薬の効き目はまだゼロにはなっていない。
SNSから通知が届く。先日あげた本人不在の誕生日会の写真に引用コメントがついたらしい。通知の元に飛んでみると、それは本人不在で誕生日を祝った推し本人からのものだった。
『かわいい~!!!!!いつもありがとうだよっ』
ついていたコメントはこれだけ。でも、それで良いのだ。この一言だけで、救われるから。
今日もカズサは推しを求める。昨日よりもたくさん。昨日と同じ量じゃ足りないから。推しという非現実に縋り続ける。
――まるでオーバードーズのように。
end.
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