女ともだちの文通 5


毎日朝がやってきてくれるというのはすごくありがたいことです。
朝はすきです。私は新しいものが好きなのです。新しいというだけで、違うという気がします。
きっと昨日と今日なんてほとんど同じなのですが、私はいつも、起きる度に新しい私で、違う私なのです。
同じでいるというのは、私にとっては怖いことなのです。
時間が流れてくれることに助けられています。
そしてまた、過ぎていったものたちをなつかしく、取り返しのつかないものを失ってしまったのだ、という思いになることもあります。
そういうときに、いまの私ですら、そんな取り返しのつかないものに飲み込まれていくような、どうしようもない切ない気持ちにもなります。
昨晩、食事を終えて、これから寝ようというとき、彼の隣に寝そべりながら、私はふと、もう手に入れることができなくなってしまったたくさんのものたちのことを思い、突然悲しくなってしまいました。
誰かと過ごした時間、家族と交わしたただの言葉、もう失われてしまった関係性、叶わなかった小さく大きな夢、母が遠い昔に愛した恋人のことさえ(彼はすでに死んでしまったそうです)私をどうしようもなく悲しくさせました。
それらはもう、この手の中から絶対的に失われてしまっているのです。
私は私ですらいずれは太古の砂丘の果ての幻のように、砂とともに乾いた風に舞い上がりもう取り返すことができないような気がしました。私は理由もなく、彼の隣で寝そべったまま泣きました。彼は少し戸惑いましたが、きっととても眠たかったので、私を抱きしめて、好きなだけ泣きな、泣きな、と言ってなぐさめてくれました。大丈夫だよ、泣きたいときは泣くんだよ、いつでも必ずそばにいるよ。
毎日朝がやってきてくれることに、私は感謝せずにはいられません。
朝は好きです。私は生まれ変わり、すっきりとしています。
夜の闇のなかで蠢く、得体のしれないものたちの冷たい吐息から逃げ出し、そして自由になります。

今は山梨県の名前も知らないまちのドライブスルーがついたスターバックスコーヒーでこの文章を書いています。何度か、空港のラウンジで文章を書いたことがありましたが、その時のような気持ちでいます。どういうわけか外国へ旅立つときのような気持ちです。私は空港という場所がすごくすきです。
あるとき、妹をロンドンへ見送りにいったあとで沙也加に手紙を書きました。とてもなつかしいです。もう帰ってこない美しい夏の日々。
当時は彼が、茨城県にいたので、私もよく茨城へは行っていました。ある夏の深夜、二人で田んぼの中を自転車漕いで、星を見に行ったことがありました。田んぼの真ん中に立って空を見上げると、孤独な星たちは寄り添いあっていました。私たちは汗をかき、あたたかい夜風は私たちの濡れた頬をやさしくなでました。

その夏の終わりに妹はロンドンから帰ってきて、私に何種類かの紅茶をお土産でくれました。

私たちは星を眺めたあとで、アパートに戻り、蚊に刺されに薬を塗って仲良く眠りました。

沙也加、お誕生日おめでとう。私たちは日々新しくなり、日々移動しています。同じ場所にはとどまることができないのです。
それは決まっていることであり、私たちはそれでもそれを理解しなくてはいけないのです。夜は失われたものたちの時間なのかもしれません。けれども必ず朝はやってくるのです。夜が沙也加をなぐさめ、朝が沙也加を守ってくれますように。

M


M

お手紙とプレゼントありがとう。
あなたのセンスある贈り物は、いつもわたしを癒し、高めてくれます。
コーヒーの木は窓際過ぎないところに置き、眺めながら日々を過ごしています。

そちらは緊急事態宣言区域になってしまったようですね。周りの変化はありますか。そして何よりM自身は大丈夫ですか。あなたの無事を祈るばかりです。3月こそは。

わたしの彼も最近はわたしのアパートに帰ってきています。職場はこちらからの方が近いそうです。どうやらわたしの浮気が心配のようなのです。(そのつもりはなくても夜に遊んだりがそう見えるらしい)
彼とは本当によくけんかをします。別れそうになるぐらいまで空気が悪くなりますが、結局仲直りをします。
仲直りをする時、自分たちは強くハグをします。
その度にわたしは、ああよかったと、ひどく安心するのです。
愛は生き物だというのは、言い得て妙です。
そもそも愛は、生き物が生み出し、抱え、育てるものなのです。生き物が生きているとどうやっても変わっていってしまうように、愛も変わるものなのですね。今、彼とわたしの間にある愛は、感情豊かに生きているのでしょう。

大事なのは、愛が帰る場所を持っておくこと、それがあることを感じることとあなたは言います。そしてそれが「自分」をもつことなのかもしれないと、そう思います。
そうした気持ちに優しく寄り添ってくれる曲が最近のお気に入りです。FIVE NEW OLDの "Don't Be Someone Else" は少し疲れた夜に、好きなものでもつまみながら聴くのが良さそうです。
さらにあなたは、そうした大事なものたちが太古の砂丘の果ての幻のように消えてしまうことも恐れていました。米津玄師の "ナンバーナイン" は消えたものたちに続いて生きていく私たちを謳っています。
わたしもなくなることを恐れていますが、この曲を聴くとなんとなく、納得したような、そんな気持ちになります。
ひとまずはお礼と近況を。また手紙かきます。
どうか健やかに。

沙也加

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