満員電車

しばらく時間を隔ててから昔の体験を追体験すると、昔の出来事が芋づる式に次々と思い浮かぶということは誰しも経験することだと思います。

   実は先週、久しぶりに東京で満員電車に乗ったのですが、人ごみの中に身を置いた瞬間に数十年前に代々木にある某大手予備校に通った日々の事を思い出しました。通学ラッシュとは無縁な地方都市で育った私が、上京して直面した最初の試練が通学電車でした。毎朝駅に行くと、ホームにできた電車の到着を待つ人の長い行列の最後尾に並び、電車が到着してドアが開いた途端に、既にに多くの人が乗っている電車の中になだれ込みました。そして、あっという間に一ミリの隙間もない人間の固まりが出来上がります。

 暫くして電車が乗換駅に到着すると、ドアが開いた瞬間にそれまで電車の中で寿司詰めになっていた人たちが電車の外にはきだされます。降車する人の波が行き去ると、今度はホームで列車の到着を待っていた人たちがなだれ込んできて、あっという間にまた寿司詰めの状態に戻る事の繰り返し。

 しかもまだ一部の車両にしか冷房がついていなかった時代ですので、自分の汗と隣の人の汗のにおいが入り混じった電車の中で、一刻も早く目的の駅に到着しないかと祈る日々でした。この様な満員電車は、当時の私にとって恐怖以外の何物でもありませんでした。

 それでもしばらくすると、何両目の車両の何番目のドアに乗ると、目的駅に着いた際に乗り換え替え口が近いとかいう事を少しずつ覚え、都会に住むためには要領が良くないといけないことを実感しました。

 予備校に着いたら着いたで、今度はベンチ机が整然と並んだ大きな教室に詰め込まれ、次々と繰り広げられる入試問題の解法に特化した授業を受け、毎週のように行われる模擬テストを受けることの繰り返し。一日中、多くの人波の中で競争して生きることの息苦しを感じたこともまた新しい体験でした。

 当時の私が住んでいたのは、浪人生ばかり6人が入居している賄付きの下宿でした。お世辞にも立派とは言えない木造住宅の二階にある6畳間に住んでいましたが、真夏の夜、余りの暑さに窓を明け放して寝たところ、ゴキブリが部屋の中を飛び回ったあと、私の腕の上に舞い降りて歩き周り、びっくりして飛び上がったことや、夕食の後に自分の部屋に戻ったところ、大きな青大将が雨戸の戸袋にニョロニョロトと入っているところを見て驚いたことを思い出しました。

そんな私が一年間の予備校通いで得た結論はただ一つ、私は都会には住めないという事でした。幸運(?)な事に、翌年も都会の大学にはご縁が無く、それ以降地方生活が続いています。

久しぶりに満員電車に乗った事をきっかけに、そんな昔の事が次々とよみがえってきた一瞬でした。

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