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「ライオンのおやつ」

読書感想文

著:小川糸

(ちょっとネタバレあり)

彼女は船に乗って、ある島へやって来る。もう戻る場所はない。背筋がすっとのびるよな覚悟を持って、この島に降り立った。冒頭の文言を読んで、主人公である彼女が死を受け入れるためにここに来たのがわかる。これは良さそうな本に出会えたかもしれないと期待値があがる。なにしろ、そのくせ文体は伸びやかで、島の景色はキラキラしていて、やわらかな風も心地よい。文章は五感に響く系の、好みのにおいがしたから。重い題材を扱っていながらも、この文体で流れるこの空気感にやられた。読む人の気持ちまで緩めてしまう。そして美味しいたべものをたんと出してきて、読者をも楽しませる。読者をももてなしてくれる。サービス精神も満点。食いしん坊なわたしは、あ〜それ食べたい〜と、作中しょっちゅう思う。迫り来る主人公の限りある生を思うと、泣かせるぞ、って文章ではないのに、むしろ生の喜びに満ちているからこそ、もう中盤から涙ぐむ。ラスト近くにいたっては怒濤の瀧涙である。主人公のことかわいそうなんて、思ってはいない。最後の方はモルヒネの痛み止めで、夢と現実の間で生きている様子になってもである。人が人を最後まで生きる、幸せに満ちた作品である。

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