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フランスでパン職人だった時の事。


フランスでは、語学学校から職業学校に行きました。
その間、ほぼ一人のフランス人女性宅でお世話になりました。

10年以上経った今でもそのお母さんのような彼女と交流できています。


当初は、話しかけられる全てがほぼ理解できず、自分だけ時間が止まったような感覚だったのを覚えています。

そして、当然ですが、物珍しい楽しさは、緊張感とフランス語が分からないストレスに変わり、段々苦痛というか、鬱っぽい感覚になった時期がありました。

いつだったか、雨が続いた日の午後、その日も授業はほぼ理解でず、ガッツリ落ち込んでバス停まで歩いていました。


私の歩く方向の先から、身長2m位の痩せた男がフラフラゆっくり歩いてきた事がありました。
明らかにラリって。違法だか質の悪いタバコなんだか知らないけど、その系統のヤツを好む人がいるのを当時は至る所で見ていました。

その彼も多分そうだったんでしょう。歩きながら食べていたポテトを指でつまんで、「ホラ、オネエさん!」と言い放ち、ポテトを私の顔に力なく放り投げてきたことがありました。

「今食ってるヤツ投げた?もしかして…」

…と、しばし起きた現実を受け入れるのに時間が経ったものの、私は水溜りに落ちてシナシナになったポテトをとっさに指で摘んで拾い上げ、さっきの2mの男を急いで追いかけて正面にり、“メルシー! “と言いながら、同じように顔面に放り投げて、秒速で走りさった事があります。

フランス滞在中、多分、当初から私はいろいろな理不尽な扱いに対して徹底抗戦するようになっていったようです。


同じような事で、外見上アジア人は、一緒くたに中国人と見られるので、中国人嫌いのとばっちりを喰らう事がかなり多いです。
コロナ禍でも、コレはあからさまだったと思います。

パリのブーランジェリにいた際、隣にアラブ人のタバ(キオスクみたいな店)で、新聞を買った際に、わざと細かくしまくったお釣りを店主の中年アラブ男が、商品の雑誌の上に放り投げてよこしてきた事もありました。

その時は、フランス生活も数年経っており、免疫も十分あった私は、”ふざけんなよ…“と思いながら、並んだ雑誌の上にばら撒かれた小銭を黙って拾い集め、アラブ人店主を見て、“メルシー。ムッシュ”といいながら、小銭を同じようにバラバラに投げ返したこともあります。

こんな感じで、日本の田舎で普通に生活していたら、なかなか遭遇しないであろう状況も、今はいい経験になっています。

他人は自分と違うんだ、と。

違うので、予想外の事をやってくれます。違うという事に慣れると、それにいちいち感情的に反応しなくなるんですね。

これが意識できるようになると、日々がかなり楽になるんですが、特に同じような生き方をする人がほぼほぼの田舎では、難しいようです。

会って話をする相手は、帰国後、随分入れ替わりました。






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