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この世界は一瞬のパラパラ漫画 儚い時間

レジでお金を支払おうとしたら、お財布から100円玉がひょっこり顔を出しており、一瞬の何かの拍子に勢いよく地面に落ちて転がった。

最も勢いよく転がる絶妙な角度だったのか、落ちた勢いも加わり、かなりのスピードだ。

そのお店はレジがずらりと横に5つほど並んでいる。お隣のレジのお支払いの方をあっさり勢いよく通り越した。追いつかない・・・一瞬諦めかけた。運よく、そのまたお隣のレジでお支払いを済ませている方の、綺麗な白のスニーカーに100円玉はぶつかって止まった。

あーよかった!!

と思ったのも束の間、100円玉はその白のスニーカーの方にスッと拾い上げられ、スッとその方のお財布に入っていった。

えーーーーー。

まず、白のスニーカーにぶつかって100円玉が止まった瞬間、そしてその方が気づいた瞬間、一旦は100円玉を手にして周囲を見渡すだろうという、私の勝手な思い込みがあった。そこで、私のコメントは「ありがとうございます」となるところだった。

まぁいい。

次の一瞬、地面からお財布に100円玉が通過する際、レジ台がある。レジ係の方に「落ちてました」と伝えるのだろうという、これまた勝手な思い込みがあった。そこで、私の「ありがとうございます」が登場する予定だった。

が、感謝の言葉を伝える出番なし。

まさかの「盗まれた感」に一気に変わった。面倒も苦手だし、言いたいことも言えない自分。おばちゃんの年齢だけれど、時に泣きべそ状態の「おかーさーん」と言いたくなる自分が登場する。もう諦めようとも思って顔を上げたら、私のレジ係の方が、落ちた100円玉に気づいており「大丈夫ですか?」とわざわざレジ向こうを並行してついてきて下さっている。

諦めるという自分一人の出来事じゃない。既にお財布に仕舞い込まれた100円玉。見た目の私は泣きべそ状態の小学生でもないわけで、気持ちを整え「あのぉ、100円玉・・」とその方に声をかけた。これまたあっさり、スッとお財布から100円玉を取り出し手渡して下さった。

勝手に、一瞬は驚かれるだろうと思い込みがあったが、そんな間はなかった。同時に周囲には全く聞こえないであろう、私にしか聞こえないであろう優しい声のトーンで「自分が落としたと思いました」とコメントがあった。

100円玉がひょっこり転がってからこの出来事に1分はかかってない。「盗まれた感」に包まれている私にとっては、このコメントに対処する能力はなく、小さな声になるかならない声で「すみません」と伝えるしかできなかった。

よーく思い返せば、その方、お札を支払っていたかお札を受け取っていたのかまで定かじゃないけれど、その瞬間も私は目にしていた。お財布を見てたら目線の先の地面に100円玉があったのだろう。

となると、私も瞬きをする人間だ。瞬きの一瞬で、もしかすると私の転がった100円玉じゃないものをこの白のスニーカーの方から受け取ってしまった可能性だってある。

「この世界はパラパラ漫画」と喩えられることがある。時間が無限に続くように感じられる現実世界も、実際には一瞬一瞬の瞬間が連続していると言われる。

しかも、今回の出来事で気づいたのが、一瞬一瞬に思い込みがくっついている。それが、勝手に相手を悪人に仕上げてしまった。まあ迷惑な話だ。やっぱりあの時「すみません」ではなく「ありがとうございます」だったんだ。

一瞬一瞬の連続。再び戻ることのない儚い一瞬一瞬。何気ない日常にも、偶然、奇跡が一瞬一瞬に散りばめられているのだろう。時間を潰すことがどんなに勿体無いことなんだろうか。

取り戻すことができるものと、取り戻せないものがある。

取り戻せた100円玉が、取り戻せない時間を運んできてくれた。

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