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シンウルトラマン

ネタバレあります。

※細かい考察や、文系なので量子力学や理系のことと、アニメや漫画を見ないのでエヴァやまどマギとかについては、他の人にお任せします。

私は、特撮オタでウルトラのオタです。

さて、 #シンウルトラマン の最後の方で、 #ウルトラマン 最終回の最後の場面を再現した所、
#ゾーフィー じゃなく #ゾフィー (当時はゾフィ)と言った説を聞いたが、そうなのかな?
庵野氏、いや樋口監督は印象的でよく物真似される

[ゾフィゾフィゾフィゾフィ…]

というエコーの台詞をやりたかっただけと思う。
エコーでそう聞こえさせただけではないのかな?

ゾフィーのゾにアクセントがくるので、ゾーフィーでもゾフィーでもエコーなら同じに聞こえると理解してるのだが…。

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シンウルトラマン は5回観た。たまらんね。オタクには。
これは #ウルトラマン 映画。

スパイダーマンやらバットマンと同じに考えて良い。シン・ゴジラのようにゴジラだけがSFで、基本は人間ドラマなんて作品じゃない。

これは、空想特撮映画。
#シンゴジラ 的ではなく、The庵野氏でも無い。

そもそも、総合監修や脚本は庵野氏でも、監督は樋口氏で撮ったのも樋口組なんだから。

盟友2人のウルトラシリーズへの愛に満ちた作品。

2人が円谷特撮のコメンタリーをしてるDVDを見てるので、2人の円谷及びウルトラ愛はよく知ってる。

ゆえに、 #ウルトラシリーズ #特撮 オタクと、庵野氏が #円谷プロ マニアと把握してる人、僕みたいなオタクは満足出来る作品。

シンゴジラ的なモノや庵野氏を求めたら、不足するだろうね。
裏話や初期設定やバラゴンの着ぐるみ流用やゾーフィーの元ネタやデザインの元ネタや巨大化長澤まさみさん等々、オタクネタ満載で知ってれば知ってるほど楽しめる。

オープニング #ウルトラQ の文字を破ってウルトラマンとなるオリジナルが、シンゴジラと出てそれを破ってシンウルトラマンになった時点で心を掴まれ、何と洞穴(炭鉱の掘削穴)から巨大な目が開くカットで、まさかゴメスか?!と思ったら、その通りにゴメスは出て、曲はウルトラQで、次々とQの怪獣が出てきて、パゴスのやられ方の粉々とか、とにかくたまらんたまらんと心で叫んでた。

そして、現在となり、ネロンガが出て、ウルトラマン現れ、直ぐにガボラ現れ、 #渦威獣 二連発。

それからは ザラブでニセウルトラマンでメフィラスと #外星人 たち。シンゴジラの赤坂さんらしき政府の男にも驚き。

とにかくテンポが早くて、クライマックスが止まらないまま進み、それでいて無理がまったく無い。

たいていは、怒涛の後は一度止まるのだが、この止まった静かめな展開こそが作品の色を決める重要な部分。シンゴジラは2回のこの部分も秀逸だった。そして、シンウルトラマンもこの僅かしかない止まった静かめな部分が秀逸。そのまま、あっという間にホントのラストへ向かう。

圧倒的なスピードと満足感に6回目に行く。

Blu-rayになれば見まくるだろう。

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オタクだからと書いたが、もちろん、映画なので、知らなくても楽しめると思う。

カテゴリーとしては、ヒーローが活躍するSF映画と思って見に行けば面白いのでは?
作品の賛否両論は当然あるだろう。
オタクはマウントの取合いなので、ここでも賛否があるのも当然。
それぞれがそれぞれの意見や考えで良いのではないかな?
人間はこの世で誰一人同じではなく、考え方や意見は人の数だけ存在するのは当然。
僕は、あらゆる人の意見や考え方は全て受け入れる。
ただ、それに賛成するか、肯定するかは別な話。

ただ、そういう考えや意見があるのだなと理解してるだけ。

人の意見を否定したり、こちらの意見を押し付けたりすること自体がおかしな話。
それが当たり前でしょ?

シン仮面ライダーは監督が庵野氏なので、これまた楽しみ。

幼稚園の卒園アルバムに、大きくなったら何になりたいか?を書く欄があった。周りは具体的な職業を書いていたが、僕は #大きくなったらウルトラマンになりたい と書いていた。当時の自分にどういう意味でどういうつもりだったのか聞いてみたいものだが、複雑な理由であるはずがなく、単にヒーローに憧れていたのだろう。

ヒーローにはなれなかったが、楽しい人生を過ごしている。