見出し画像

曖昧な理解が目隠しになる~病気は~

故・安保徹先生の本を今、読みあさっています。

私は、理学療法士として専門学校で学び、そして急性期・慢性期の病院やクリニック、高齢者施設などでリハビリを行ってきました。

そこで使っていた知識・情報は主に現代日本の医療界や西洋医学と言われる分野のものがほとんどでした。

そんな中で「現代の医療は薬などの対処療法がほとんどであること」「原因を究明したり、原因を治す方向には向いていないこと」は何となく気づいていました。

そこから、薬や医者に頼り過ぎず「自然治癒力」「自己治癒力」を高めることが「治療」に結びつく・・・自然療法、代替療法と言われる治療方法に興味を持つようになりました。

そして、3年程前から医療界で働くことは辞め、いちセラピストとして自宅で「自然療法」の施術を行うようになりました。部分的に理学療法士として福祉業界には関わっていますが、現場で「痛み」や「しんどさ(疲労)」などで苦しみ続ける高齢者を見るたびに、心が痛みます。

「痛み」「コリ」「筋肉や関節の硬さ」に対して、つい最近まで湿布を貼ることを勧めてしまっていたのです。浅はか過ぎました。

安保先生の『免疫革命』はじめ数冊の著書を読むことで、「曖昧な理解が目隠しになる」ことの怖さ・愚かさを知り、反省しています。

「病気は体の失敗ではない」                     これは故・安保先生の著書の一説です。病気とは本来、働きすぎや心の悩みなど日常のストレスによって引き起こされる、ごくありふれた生命現象の一つです。生命現象をありのままに捉えることができれば、それ以上の複雑なものではないことがわかります。

心身のストレス(の積み重ね)による、低酸素・低体温状態が長らく続くことが生命現象なら、この状態から抜け出すことを行えばいいと書かれています。その通りだと、多くの患者さんを見てきて納得しました。

痛み止めの湿布「消炎鎮痛剤」、痛みの一時回避として=対処療法として 「これ(湿布)くらいなら大丈夫だろう」と安易に勧めていました。     が、一時的でもそれを繰り返し、何カ月も何年も使い続けるとどうなるかまで見えていませんでした。

そもそも「消炎鎮痛剤」の痛みを止める作用をよく理解していなかったためです。単に「炎症で出てくる物質を抑えて、痛みを一時的に消す」くらいにしか知っていませんでした。

でも、安保先生の本で「炎症」は痛み・熱・腫れ・かゆみなどの肉体的苦痛を伴いますが「治癒」の過程で生じる生命現象、免疫力が働いている証拠だと知り、驚愕でした。

痛み・熱・腫れやかゆみは、治療対象で「悪いもの、止める・消すべきもの」と刷り込みされていました。ところが、この過程を止めることは、実は免疫を抑制し、血流も抑制されて血液循環が悪くなり、体が冷えることを誘発していたのです。

なるほど、膝や腰、首など関節や筋肉の痛みを訴える患者さんの多くが、改善ではなく維持または悪化していく理由がわかりました。本来、治そうとしている行為(湿布を貼る、薬を飲む)が、逆に治りを遅くする・悪くさせていたのです。

これだけでも、自分の曖昧な知識・情報、そして今まで行ってきた「治療」と呼ぶものが恥ずかしく、申し訳ない思いで意気消沈ものです。     あ、これ↑は理学療法士として医療・福祉界で働いてきた時のことです。   自宅で行う「自然療法」は、できる限り薬や医者に頼らず「自己治癒力」で健康を取り戻すことができるサポートを行っています。

玄米カイロやひまし油湿布・びわ葉エキス湿布で「体を温めること」を行っています。「自己治癒力アップ」=「免疫力が働きやすくなる状態づくり」を行っていたのでと、改めて理解し直しました。

まだまだ、アウトプットしたいことは山ほどありますが、今日はここまで。  読んでいただき、ありがとうございます!




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?