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#小説の書き方

小説『サラブレッド』

「オニイサンってさ、なにしてる人?」 「え、オレ? 警察」 「ふーん、いい身体してると思った……。あれ、アタシって、逮捕されちゃうの?」 「なんで? なんにも悪いことしてないだろ?」 「そうよね。あ、でもコレって、御金貰ったら売春よね」 「じゃあ、御金上げないから」 「……え、ソレはヤダ」 「逮捕して欲しいの?」 「そうじゃないけど……あんまり明るいところで見たら恥ずかしい。嫌でしょ。臭うでしょ」 「いいじゃない、臭うの」 「自分でもさ、夏とか短パンで床に座ってて、立膝とかで

小説『超純水みたいに』

     一、    血の気が引くって、こういうことを言うんだろうな……。銀座通りを西に向かって歩く。ちゃんと歩いている。しかし、ほんとは歩道にへたり込んで頭を抱えたくなる気分だ。向こうから男が歩いて来る。背の高い、人生で成功した男。俺のバーの客だ。軽く会釈する。向こうは気が付かない。俺が変わってしまったからだ。この数カ月の間に、すっかり老け込んだ。  俺の名は川辺正義という。俺のバーを兼ねた小さなビストロ。潰してしまった。あとにはなにも残らなかった。さっき、自己破産弁護士と

小説『品川から大宮まで』

 秋で、本格的で、赤い葉が上からボサボサ落ちて来る。学校の昼休み。僕はベンチに寝て龍馬の膝に頭を乗せる。彼は僕の巻き毛を弄ぶ。僕は前の学校を退学になってここに来た。龍馬のことは好きでも嫌いでもない。前の学校も男子校で、厳しくて生徒同志の恋愛は絶対だめ。相手は水泳部の部長で、僕は濡れながらプールサイドにいて、彼がプールの中にいて、カッコいいキスをしてて、それを顧問の先生に見られた。龍馬、僕、昨日大変なことになっちゃった。試験勉強で徹夜して、帰りに眠くて寝ちゃって、こっから大宮ま

小説『こんなとこにいるから悪いんだよな』

日当たりのいいバーの前に座っていると、若い男にいきなり「電気代払ってくれない?」と頼まれる。 『こんなとこにいるから悪いんだよな』      まだオープンしていない日曜のバーには、まだ始まらない映画の字幕だけ観ているような、じれったさがある。  バー「パラダイス」は、表参道から横道に一歩入ったところにある。店の前に、パラソルの下に、椅子が幾つも置かれている。黒く塗られた鉄の椅子は重くて、椅子を引くと、コンクリートの上をじゃらじゃら擦る音がする。  壮太は鉄の椅子に座り、タブ

小説『こんなもの頼んでないけど?』

この小説を題材に、「プロット無しで小説を書く方法」を説明しています。 YouTube『百年経っても読まれる小説の書き方』 『こんなもの頼んでないけど?』   エプロン付きのユニフォームを着た背の低い女が、お盆から落ちそうにしながら食べ物を運んで来る。ほんとに落ちそうだが、そこはプロだから落ちそうで落ちない。女はそれらをテーブルに置く。 「こんなもの頼んでないけど?」 義樹(よしき)がそう言うと、女はこう答えた。 「でも、三番テーブルはこれ、ってコンピューターに」 「だけ

小説『どこに行ってしまうのか』

前編  起きた時から頭の中を、アフォリズムや、昔読んだ小説の断片が浮かんで消える。そういう日もあるんだろう、と、気にしないようにしながら、やはり浮かんでくる。拓海の頭をその一つのことが離れない。エスカレーター。あれはどこへ行ってしまうの? あれはね、ぐるぐる回っているのよ。村上龍の完璧な文章。どうにもならない絶望。重い夜と予想の付かない朝が始まるその中間の時間。東京にもこういう暗闇がある。拓海は機材と一緒にタクシーの中にいた。  客の朝食が始まるのは六時からだと言われた。二階

掌編小説『そんなことしたら寂しくて死んでしまう』NEMURENUバックナンバー Vol.1

    女って馬鹿ね。まだ諦めない。祈ってる。神様なんて信じてないのに。和光の前で心臓がガクって跳ねて、うずくまりたくなって、でもそれはできなくて、レオナには行く所がある。死ぬ前に。  レオナが崇拝するデザイナー。最期に覗きたかった。銀座の本店。閉店してるのは知ってて、でも閉店してなくても、レオナは中に入らなかった。シャネルスーツの金色のボタン。そこにスポットライト。  発光する金色。その上をなにかが回っている。そんなわけないのに、そんなことがレオナには時々ある。死んだデザイ