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小説『十字架とカモノハシ』NEMURENU参加作品。

 こないだ、進路が決まらないのは世情に疎いからだ、と担任に指摘されて悔しかったから、朝の電車通学ではニュースを観ることにしていた。  急ブレーキで電車が止まる。いきなりだったから、車内いっぱいの乗客達の身体は、がくんと前にのめり、悲鳴まで聞こえた。聖華は座っていたから影響はさほどなかった。もし、何らかの事故があったら、ここにいる人達とは運命共同体なんだな。どんな人がいるんだろう、と聖華は辺りを見回す。車内アナウンスが流れる。「只今、停車位置の修正をしております……」。  ほん

小説『雨が降ったってもう泣かない』

 携帯が鳴った瞬間、雷が落ちた。猛烈な雨が花壇の土をえぐる。 「誰……? ばあちゃん!」 「真澄? あんたなの?」 よく聞こえない。俺は電話に怒鳴る。 「そう! 俺!」 もう一度、雷が落ちる。大地が揺れるほどの。雷は近い。俺は窓を離れて、病室を抜け、廊下に走る。 「あんた、まだ入院してるの?」 「そう、大分いいけど」 俺はうつ病持ちで、もう二ヵ月ここにいる。入院した頃は毎日ずっと泣いていた。今でも泣いてるけど。俺、よく泣くんだ。いい年の男にしては。 「ばあちゃんね、コロナウイ

小説『アントライオンズ Antlions 第1話』

一、  その頃、僕は思い出っていつも悪いものだと思っていた。この辺の渋谷はあんまり人もいない。そんなわけないけど、誰も住んでいないみたいだ。こないだお祖父さんと一緒に観た、昔の映画に似ている。結核の人が入院している、海風の入るサナトリウムみたいだ。なんでかと言うと、消毒液の匂いがする。まだ若いのに死んでいく患者達。今なら考えられないよな。  昔は野良ネコ間の抗争くらいあって、その野蛮な唸り声がここらに響いただろうけど、今はその亡霊が漂うばかりだ。  並んでいる建物が気

小説『アントライオンズ Antlions 第2話』

四、  官公庁の言葉で、僕も本格的に高校卒業後のことを考え出した。というより、まず高校をちゃんと卒業すること。眉目秀麗じゃないや、海渡が勉強を教えてくれる。出席日数はぎりぎり大丈夫。もう入院も家出もしないこと。今まで海渡が僕を虐めっ子から守ってくれたお陰で、僕も引きこもらずにこうして学校にいる。ダブルデートの段取りをしたいけど、四人の予定が全く合わない。お父さんのバンドは今度、大きめのライブをやる。一緒に出るのは有名どころで、レコード会社の人なんかが観に来る可能性がある。

小説『アントライオンズ Antlions 第3話』

七、  僕はお父さんにも毎日、リアリティー・チェックということを教えてあげた。現実を見るんだ。これが現実的なのかどうか自分に問う。RC。お父さんはそれは面白い言葉だ。今度、RCというタイトルの曲を創ろう、とはしゃいでいる。 「お父さんって、貯金、いくらくらいあるの?」 「まあ、暫く仕事がなくても飲みには行けるくらいだな」 教えてくれた金額は、ウスバカゲロウの涙くらいだった。不景気で、夜逃げの仕事はちょくちょくあるらしく、日銭は入って来る。お父さんに渡すと、バンドのみんなで

小説『皆で浴衣で盆踊り 第1話』

一、バード・マン  天使(てんし)の脳内から、先程、さよならをして出て行った酸素が、回れ右をして、ちょっと帰って来た。視界も、ちょっと晴れてきた。見慣れた保健室の天井。天井は灰色で、白い布を被ったハロウィーンの幽霊そっくりの、でっかい染みがある。そのお化けはリアルで、今にも動き出しそうだった。恐怖で、天使はぎゅうぎゅう目をつぶった。 「まあた、ぶっ倒れたんだって?」  天使が所属する美術部の顧問の先生。先生の声はどこまでも優しい。でも、ぶっ倒れたなんて、あんまりお品のいい

小説『皆で浴衣で盆踊り 第2話』

二、死体のモデル  天使が幼稚園に通っていた時。お母さんが帰って来なくて、暗闇にいて、バード・マンみたいに、目だけでいて、頭も身体もなくて。明かりの点け方は知ってたのに点けなかった。  ……それ以前は、おばあちゃんがいたんだ。おばあちゃんが死んじゃって、それからだ。お母さんが数日いなくなって、食べる物がなくなって、夜になって、また目だけになって、でも隣の家に助けを求めたり、一人で泣いたりしないで、ずっと座ったまま、目だけでいた。ずっと、待って待って、お母さんが帰って来

小説『皆で浴衣で盆踊り 第3話』

五、芥川龍之介の幽霊  二、三日が過ぎると、天使から切腹願望や殺人願望が徐々に消えて行った。……母親を殺したい、と本気で思うなんて。日本刀で後を追うなんて。  病院の食事は、栄養はあるのかも知れないけど、見た目はコンビニ弁当と変わりはない。色んな食べ物が、仕切りのある入れ物に、ちょっとずつ盛られている。近所のいつも行ってたコンビニの弁当に絡まっていた、気持ち悪い長い髪の毛を思い出した。  天使は、食べなくなった。食べたくないのは、髪の毛のせいだと思っていた。実は、食べ

小説『サラブレッド』

「オニイサンってさ、なにしてる人?」 「え、オレ? 警察」 「ふーん、いい身体してると思った……。あれ、アタシって、逮捕されちゃうの?」 「なんで? なんにも悪いことしてないだろ?」 「そうよね。あ、でもコレって、御金貰ったら売春よね」 「じゃあ、御金上げないから」 「……え、ソレはヤダ」 「逮捕して欲しいの?」 「そうじゃないけど……あんまり明るいところで見たら恥ずかしい。嫌でしょ。臭うでしょ」 「いいじゃない、臭うの」 「自分でもさ、夏とか短パンで床に座ってて、立膝とかで

小説『ゴーストの凍ったシャワー』18歳以上向け。閲覧注意。

      第一章  仕事帰り、桜の咲く公園を通った。ベンチに座った。突然、強い花の香りがして、誰かに首筋を触られた。凍ったように冷たい手。飛び上がって振り返った。そこには誰もいない。  二度目は眠りに落ちた瞬間。冷たい手がTシャツの中に滑り込んだ。俺の乳首をいじっている。驚いて目を覚ます。花の香りだけが残った。あの時は公園の花の匂いだと思った。深いスパイシーな香りが絡む。男性用のオードトワレ。  三度目もベッドに来た。手は俺のペニスに触っている。もう一つの手が尻

NEW 小説『ジェフ』

『ジェフ』 Halloweenの夜に  暗いのに急な階段で、僕はもう少しで首の骨を折るところだった。 「ほんとに俺のこと全然知らないんだな」 知らないといけないんですか。僕は済まなそうな顔をしてみせた。彼は何度も自分の髪を掻き上げる。芸能人みたいに。って、芸能人か。 「ですから僕は、クラシックが専門なので」 うるさい演奏が始まった。これでは話ができない。彼はスコッチの氷を長い指で掻き回す。それを何度もやる。氷山は海面に浮いた部分は小さくて、海水に沈んだ部分がずっと大き

小説『超純水みたいに』

     一、  血の気が引くって、こういうことを言うんだろうな……。銀座通りを西に向かって歩く。ちゃんと歩いている。しかし、ほんとは歩道にへたり込んで頭を抱えたくなる気分だ。向こうから男が歩いて来る。背の高い、人生で成功した男。俺のバーの客だ。軽く会釈する。向こうは気が付かない。俺が変わってしまったからだ。この数カ月の間に、すっかり老け込んだ。  俺の名は川辺正義という。俺のバーを兼ねた小さなビストロ。潰してしまった。あとにはなにも残らなかった。さっき、自己破産弁護士と

小説『雄しべ達の絡まり』

あらすじ/美術大学の講師、徹は実は売れっ子の扇情小説家。あるカフェでウェイター、北原を見初め、そこに通い詰める。ネコが死んだといって号泣する北原。徹は彼に近付くチャンスをつかむ。 『雄しべ達の絡まり』 1 しばらく気になっている青年がいる。でもここに通っているのは、彼が目的ではない。このカフェはランチタイムを除けば静かだし、仕事をするには丁度いい。と、カッコよく言ってみたけど、やっぱりそれは嘘で、俺はその青年が目当てだ。初めてここに来た時から目を付けていた。もうひと月通っ

小説『品川から大宮まで』

 秋で、本格的で、赤い葉が上からボサボサ落ちて来る。学校の昼休み。僕はベンチに寝て龍馬の膝に頭を乗せる。彼は僕の巻き毛を弄ぶ。僕は前の学校を退学になってここに来た。龍馬のことは好きでも嫌いでもない。前の学校も男子校で、厳しくて生徒同志の恋愛は絶対だめ。相手は水泳部の部長で、僕は濡れながらプールサイドにいて、彼がプールの中にいて、カッコいいキスをしてて、それを顧問の先生に見られた。龍馬、僕、昨日大変なことになっちゃった。試験勉強で徹夜して、帰りに眠くて寝ちゃって、こっから大宮ま