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#創作大賞2024

小説『アントライオンズ Antlions 第1話』

一、  その頃、僕は思い出っていつも悪いものだと思っていた。この辺の渋谷はあんまり人もいない。そんなわけないけど、誰も住んでいないみたいだ。こないだお祖父さんと一緒に観た、昔の映画に似ている。結核の人が入院している、海風の入るサナトリウムみたいだ。なんでかと言うと、消毒液の匂いがする。まだ若いのに死んでいく患者達。今なら考えられないよな。  昔は野良ネコ間の抗争くらいあって、その野蛮な唸り声がここらに響いただろうけど、今はその亡霊が漂うばかりだ。  並んでいる建物が気

小説『アントライオンズ Antlions 第2話』

四、  官公庁の言葉で、僕も本格的に高校卒業後のことを考え出した。というより、まず高校をちゃんと卒業すること。眉目秀麗じゃないや、海渡が勉強を教えてくれる。出席日数はぎりぎり大丈夫。もう入院も家出もしないこと。今まで海渡が僕を虐めっ子から守ってくれたお陰で、僕も引きこもらずにこうして学校にいる。ダブルデートの段取りをしたいけど、四人の予定が全く合わない。お父さんのバンドは今度、大きめのライブをやる。一緒に出るのは有名どころで、レコード会社の人なんかが観に来る可能性がある。

小説『アントライオンズ Antlions 第3話』

七、  僕はお父さんにも毎日、リアリティー・チェックということを教えてあげた。現実を見るんだ。これが現実的なのかどうか自分に問う。RC。お父さんはそれは面白い言葉だ。今度、RCというタイトルの曲を創ろう、とはしゃいでいる。 「お父さんって、貯金、いくらくらいあるの?」 「まあ、暫く仕事がなくても飲みには行けるくらいだな」 教えてくれた金額は、ウスバカゲロウの涙くらいだった。不景気で、夜逃げの仕事はちょくちょくあるらしく、日銭は入って来る。お父さんに渡すと、バンドのみんなで

小説『皆で浴衣で盆踊り 第1話』

一、バード・マン  天使(てんし)の脳内から、先程、さよならをして出て行った酸素が、回れ右をして、ちょっと帰って来た。視界も、ちょっと晴れてきた。見慣れた保健室の天井。天井は灰色で、白い布を被ったハロウィーンの幽霊そっくりの、でっかい染みがある。そのお化けはリアルで、今にも動き出しそうだった。恐怖で、天使はぎゅうぎゅう目をつぶった。 「まあた、ぶっ倒れたんだって?」  天使が所属する美術部の顧問の先生。先生の声はどこまでも優しい。でも、ぶっ倒れたなんて、あんまりお品のいい

小説『皆で浴衣で盆踊り 第2話』

二、死体のモデル  天使が幼稚園に通っていた時。お母さんが帰って来なくて、暗闇にいて、バード・マンみたいに、目だけでいて、頭も身体もなくて。明かりの点け方は知ってたのに点けなかった。  ……それ以前は、おばあちゃんがいたんだ。おばあちゃんが死んじゃって、それからだ。お母さんが数日いなくなって、食べる物がなくなって、夜になって、また目だけになって、でも隣の家に助けを求めたり、一人で泣いたりしないで、ずっと座ったまま、目だけでいた。ずっと、待って待って、お母さんが帰って来

小説『皆で浴衣で盆踊り 第3話』

五、芥川龍之介の幽霊  二、三日が過ぎると、天使から切腹願望や殺人願望が徐々に消えて行った。……母親を殺したい、と本気で思うなんて。日本刀で後を追うなんて。  病院の食事は、栄養はあるのかも知れないけど、見た目はコンビニ弁当と変わりはない。色んな食べ物が、仕切りのある入れ物に、ちょっとずつ盛られている。近所のいつも行ってたコンビニの弁当に絡まっていた、気持ち悪い長い髪の毛を思い出した。  天使は、食べなくなった。食べたくないのは、髪の毛のせいだと思っていた。実は、食べ