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小説『俺の赤いネックレスとあの人の命日』

 この店には入ったことがある。店員さんの顔も覚えている。 「メンズってどの辺ですか?」  指差された硝子ケースを覗く。……やっぱりメンズは詰まらない。ネックレスならチェーンにチャームが一つぶら下がっているだけとか。ブレスレットなら丸い石が数珠みたいに連なっているのとか。  店員さんは男性たった一人だった。ドアが開いてショップに新鮮な空気が流れた。若いカップルの客が入って来て、店員さんはそちらに行ってしまう。  携帯の時間を見る。まだ大丈夫。……送られて来た住所は確かにこのショ

小説『十字架とカモノハシ』NEMURENU参加作品。

 こないだ、進路が決まらないのは世情に疎いからだ、と担任に指摘されて悔しかったから、朝の電車通学ではニュースを観ることにしていた。  急ブレーキで電車が止まる。いきなりだったから、車内いっぱいの乗客達の身体は、がくんと前にのめり、悲鳴まで聞こえた。聖華は座っていたから影響はさほどなかった。もし、何らかの事故があったら、ここにいる人達とは運命共同体なんだな。どんな人がいるんだろう、と聖華は辺りを見回す。車内アナウンスが流れる。「只今、停車位置の修正をしております……」。  ほん

小説『雨が降ったってもう泣かない』

 携帯が鳴った瞬間、雷が落ちた。猛烈な雨が花壇の土をえぐる。 「誰……? ばあちゃん!」 「真澄? あんたなの?」 よく聞こえない。俺は電話に怒鳴る。 「そう! 俺!」 もう一度、雷が落ちる。大地が揺れるほどの。雷は近い。俺は窓を離れて、病室を抜け、廊下に走る。 「あんた、まだ入院してるの?」 「そう、大分いいけど」 俺はうつ病持ちで、もう二ヵ月ここにいる。入院した頃は毎日ずっと泣いていた。今でも泣いてるけど。俺、よく泣くんだ。いい年の男にしては。 「ばあちゃんね、コロナウイ

小説『サラブレッド』

「オニイサンってさ、なにしてる人?」 「え、オレ? 警察」 「ふーん、いい身体してると思った……。あれ、アタシって、逮捕されちゃうの?」 「なんで? なんにも悪いことしてないだろ?」 「そうよね。あ、でもコレって、御金貰ったら売春よね」 「じゃあ、御金上げないから」 「……え、ソレはヤダ」 「逮捕して欲しいの?」 「そうじゃないけど……あんまり明るいところで見たら恥ずかしい。嫌でしょ。臭うでしょ」 「いいじゃない、臭うの」 「自分でもさ、夏とか短パンで床に座ってて、立膝とかで

小説『超純水みたいに』

     一、    血の気が引くって、こういうことを言うんだろうな……。銀座通りを西に向かって歩く。ちゃんと歩いている。しかし、ほんとは歩道にへたり込んで頭を抱えたくなる気分だ。向こうから男が歩いて来る。背の高い、人生で成功した男。俺のバーの客だ。軽く会釈する。向こうは気が付かない。俺が変わってしまったからだ。この数カ月の間に、すっかり老け込んだ。  俺の名は川辺正義という。俺のバーを兼ねた小さなビストロ。潰してしまった。あとにはなにも残らなかった。さっき、自己破産弁護士と

小説『雄しべ達の絡まり』

あらすじ/美術大学の講師、徹は実は売れっ子の扇情小説家。あるカフェでウェイター、北原を見初め、そこに通い詰める。ネコが死んだといって号泣する北原。徹は彼に近付くチャンスをつかむ。   『雄しべ達の絡まり』 1 しばらく気になっている青年がいる。でもここに通っているのは、彼が目的ではない。このカフェはランチタイムを除けば静かだし、仕事をするには丁度いい。と、カッコよく言ってみたけど、やっぱりそれは嘘で、俺はその青年が目当てだ。初めてここに来た時から目を付けていた。もうひと月通っ

小説『品川から大宮まで』

 秋で、本格的で、赤い葉が上からボサボサ落ちて来る。学校の昼休み。僕はベンチに寝て龍馬の膝に頭を乗せる。彼は僕の巻き毛を弄ぶ。僕は前の学校を退学になってここに来た。龍馬のことは好きでも嫌いでもない。前の学校も男子校で、厳しくて生徒同志の恋愛は絶対だめ。相手は水泳部の部長で、僕は濡れながらプールサイドにいて、彼がプールの中にいて、カッコいいキスをしてて、それを顧問の先生に見られた。龍馬、僕、昨日大変なことになっちゃった。試験勉強で徹夜して、帰りに眠くて寝ちゃって、こっから大宮ま

小説『あそこから出てくる』

 親戚をたらい回しにされて育って、もうとっくに自分の家が分からない。知らない男に買ってもらったエルメスの靴を売った。渋谷の街を裸足でうろつく。  また知らない男。大きなカメラを持っている。ちょっと撮らせて、と言ってる。知らん顔して通り過ぎる。男は走って私を追い越すと、私の顔を撮る。私は黙って歩き続ける。男はまたシャッターを切る。私は腕で自分の顔を隠す。男は諦めない。  私は走り出す。足に鋭い痛みを感じる。立ち止って足の裏を見た。 「なにしてる! こんなに血が出て」 お前のせい

小説『こんなとこにいるから悪いんだよな』

日当たりのいいバーの前に座っていると、若い男にいきなり「電気代払ってくれない?」と頼まれる。 『こんなとこにいるから悪いんだよな』      まだオープンしていない日曜のバーには、まだ始まらない映画の字幕だけ観ているような、じれったさがある。  バー「パラダイス」は、表参道から横道に一歩入ったところにある。店の前に、パラソルの下に、椅子が幾つも置かれている。黒く塗られた鉄の椅子は重くて、椅子を引くと、コンクリートの上をじゃらじゃら擦る音がする。  壮太は鉄の椅子に座り、タブ

小説『こんなもの頼んでないけど?』

この小説を題材に、「プロット無しで小説を書く方法」を説明しています。 YouTube『百年経っても読まれる小説の書き方』 『こんなもの頼んでないけど?』   エプロン付きのユニフォームを着た背の低い女が、お盆から落ちそうにしながら食べ物を運んで来る。ほんとに落ちそうだが、そこはプロだから落ちそうで落ちない。女はそれらをテーブルに置く。 「こんなもの頼んでないけど?」 義樹(よしき)がそう言うと、女はこう答えた。 「でも、三番テーブルはこれ、ってコンピューターに」 「だけ

小説『どこに行ってしまうのか』

前編  起きた時から頭の中を、アフォリズムや、昔読んだ小説の断片が浮かんで消える。そういう日もあるんだろう、と、気にしないようにしながら、やはり浮かんでくる。拓海の頭をその一つのことが離れない。エスカレーター。あれはどこへ行ってしまうの? あれはね、ぐるぐる回っているのよ。村上龍の完璧な文章。どうにもならない絶望。重い夜と予想の付かない朝が始まるその中間の時間。東京にもこういう暗闇がある。拓海は機材と一緒にタクシーの中にいた。  客の朝食が始まるのは六時からだと言われた。二階

掌編小説『そんなことしたら寂しくて死んでしまう』NEMURENUバックナンバー Vol.1

    女って馬鹿ね。まだ諦めない。祈ってる。神様なんて信じてないのに。和光の前で心臓がガクって跳ねて、うずくまりたくなって、でもそれはできなくて、レオナには行く所がある。死ぬ前に。  レオナが崇拝するデザイナー。最期に覗きたかった。銀座の本店。閉店してるのは知ってて、でも閉店してなくても、レオナは中に入らなかった。シャネルスーツの金色のボタン。そこにスポットライト。  発光する金色。その上をなにかが回っている。そんなわけないのに、そんなことがレオナには時々ある。死んだデザイ

R18 小説『ラビリンスとメス』

#ネムキリスペクト参加作品。テーマは「迷宮」。  まともな女より性欲が強いんだ。だからいつまでも止められない。  相手が来ない。こんなことなかった。風が出て、私の長い髪をくすぐる。開いたドアから、焼き鳥の煙が逃げる。髪に煙の匂いがつくのが嫌だなって思ったけど、そんなのもう遅いし。男達は決まって言う。写真より実物がいいって。こんな可愛い子、会ったことないって。……出会い系で。  なんで来ない? ずっと隅で、カウンターの隅で、一人で飲んでる男がいて、私より先にいて、でも写真とは

小説『お前とセックスしてると神社の裏で浴衣の女をおかしてるような気になる』

一、スポットライト   天井から下げられたスポットライトが、美愛(みあ)の目に刺さる。 「どうせ日本の男はみんなロリコンだから」 美愛は、男の目を睨みつけて、そして目を逸らした。 「君な、そういうのはな、レッテル貼りって言うんだぞ」 「貴方なに? 心理学の先生?」 馬鹿にされてると思った美愛は、不貞腐れてアイスコーヒーをグルグルかき回した。暗いコーヒの渦に氷がぶつかる音。電話が掛かってきて男は、ゴメンな、と謝って暫く話をしていた。携帯を持ったままブリーフケースをかき回して書類