見出し画像

雨の日、自転車で転倒した老人の救助、その即日反省会

今日の夕方頃、「道端に倒れている老人を介抱する」という嘘みたいな状況に出くわした。

その中で反省すべきところがいくつもあったので、それも含めて忘れないうちに記録しておくことにする。

                                       §

日没と共に雨足が強まってきた影響で、路面が非常に滑りやすくなっていた。

そんな、天気予報の言い回しを拝借せざるを得ない降水量の中、冷たい風に凍えながら家に向かって自転車を漕いでいた。

そんな中で、緩やかな上り坂になっている細い路地のド真ん中に、
雨粒で霞んだ通り過ぎざまの視界の中でも、一瞬で目に飛び込んでくるほど大きな異物があることに気がついた。


ぼやけた視界の中、「道端に落ちているもの」にして大きすぎるものが不明瞭な状態で転がっていることに恐怖を覚え、素通りしかけてしまった。

しかし、よく考えなくても明らかに人体が関わっているサイズ感だったため、自転車を歩道に停めて異物に近づいてみることにした。

目元に溜まった雨水を除去しながら、異物との距離を詰めていくと、
その異物が「自転車の下敷きになって動けなくなっている高齢男性」であることに気付き、
そこから一気に接近するペースが早まった。


地形から見るに、上り坂に差し掛かったところで自転車が滑って横転し、そのまま車体にのしかかられて動けなくなってしまったようだった。

ここで、まず最初の反省すべき点が生じる。


こういう時の第一声なんて、緊迫した声色の「大丈夫ですか!?」以外ありえないというのに、
危機感の欠片もないトーンで「立てますー?」と声をかけてしまった。

そんな日常の延長戦上みたいな話しかけ方で良いはずがなかった。

他人の危機的状況に対して、あまりにも感情が動いていなさすぎる。



もし自分が動けなくて困っていた時にそんな声の掛けられ方をしたとしたら、相手が異常に落ち着き払っていることに対して安心感を覚えるどころか恐ろしくなると思う。


幸いにも彼には意識があって、通りすがりの若者に助けられたことに照れ笑いを浮かべながら、
「足を滑らせてしまいまして……」というようなことを呻き声混じりに呟いていた。

それに対して「これだけ雨が降ったら仕方ないですよね」という、合ってるんだかなんなんだかよく分からない言葉を返しながら、
とりあえず男性の上から自転車を持ち上げて脇に直立させた。

その次に、自転車の下敷きになっていた足が無事なのかを確認しないといけないと思い、足元を凝視しながらなんと声をかけるか迷っていると、男性の方から「スタンドを……」という声が聞こえた。


次の工程に意識が向くあまり、彼の自転車を支えたまま黙りこくってしまっていた。

それに思い至った瞬間、自分はいま凄まじいスピードでミスを重ねているなと思った。

不審者指数がグングン上昇していく音が聞こえてくるような気がした。


身動きがとれなくなっていたことでパニックに陥っていてもおかしくない相手に対して、不信感を与える行動は可能な限り避けなければならない。

そんなことは分かりきっていたにもかかわらず、全く実践できていなかった。


この辺りから、男性の照れ笑いが徐々に引き攣り始めていた。

そして、そのままスタンドを立てた自転車を道端に寄せに行ってしまったことで、その間は地面に倒れたままの男性を放ったらかしにしてしまった。

まさか助け起こしてもらえないとは思わなかったであろう男性は、もはや完全に引き攣り倒した笑顔をこちらに向けていた。



そして、愕然とする男性と、助け起こすタイミングを逃した自分に失望している私との間には、無言の気まずい空気が流れていた。

男性は、そんな空気を埋めるかのように「筋肉が衰えているものですから……」などと呟き、
思いのほか機敏な動きで自ら立ち上がった。

間を埋めるためでしかない彼の発言に対し、自分への失意で頭がいっぱいの私は、わけも分からず「そうですね!」と返答した。

無意識の発言により、彼の衰えを全力で肯定したことになってしまいつつ、彼を自転車に誘導した。


「足も動くし自転車も壊れていない、この若者は何だか怖いから早くどこかに行ってほしい」と言わんばかりに別れの言葉を最短でショートカットされた後、
男性はこちらをチラチラ見ながら上り坂とは逆方向に去っていった。

彼の自転車のカゴには、下校する子供たちを誘導する時に使うような、黄色い手旗のようなものが入っていた。

こんな冷たい雨の日でも、自ら進んで地域の営みに貢献できるような素晴らしい人格の持ち主だったんだろうと思う。

そんな男性に対して、要らぬ警戒をさせてしまったこと、安心して救助を受けさせてあげられなかったことへの後悔が、
帰宅した後も頭から離れず、文章化することでどうにか解決しようと思った。

結果的に、脳内を占める後悔の量は何も変動しなかったものの、自分の行動の改善点自体はいくつか見えてきた。

こんな状況にはなるべく遭遇したくないものの、次があるとするならば、
それに備えてもっと適切な対応をとれるような人間になっておきたいと、心から思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?