361°映画研究会「あやつり糸の世界」


アートスペース361degの映画好きスタッフによる映画サークルです。

毎月名古屋のどこかのシアターで公開されている作品の監督をピックアップし、談義を楽しむ会を開催しています。

ここでは作品についてあれこれコラムにしていきたいと思います。

5月の映画は今月、いくつかの都市で公開され、残すところ下高井戸シネマとYCAMとなったライナー・ヴェルナー・ファスビンダー「あやつり糸の世界」です。


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あやつり糸の世界

1973年、日本では「ゴジラ対メガロ」が公開された年、ドイツのテレビでは鬼才ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーが、その後、世間に触れることのなくなってしまった幻のSFテレビ映画「あやつり糸の世界」を作っていた。


原作はダニエル・F・ガロイの模造世界。後にローランド・エメリッヒがプロデュースし、マトリックスが公開されたのと同じ年「13F」という映画にもなっているが、リメイク権を取得しようとしていたあやつり糸の世界の撮影監督ミヒャエル・バルハウスは「本当に残念なことをした」と話している。13Fの予告編を見てみたが、その気持ちが良く分かった。


『立場が逆転する』

あるいは、常に多方向からのヴィジョンを見ている。それがファスビンダー映画だ。

カメラはいつももう一つの視点に焦点が合っている。

イングリット・カーフェンの歌う劇中劇。処刑される女が歌っている。銃先が彼女に集まった…と思った瞬間処刑されるのは兵士の方だった、だまされた、今度こそ引き金が引かれる…と思った瞬間倒れたのは、女のほうだった。一人残された亡骸に真っ白な雪が降り積もる。

思い込んでしまった見方が必ずひっくり返されるのだ。

シュティラー博士は思い込んでいた。思い込んでいたも何も、この世界に生まれ、スーパーコンピューターシュミラクロン1を創造している研究者だった。シュミラクロンでプログラムした世界にはあたかも文化的人間生活がそのまま営まれているかのようにシュミレーションされた仮想の世界があった。

ある日、開発者であるフォルマー博士が謎の死を遂げることによって、シュミラクロンの秘密が解明されていくことになる…

シュティラー博士は意を決してプレイステーションVRのようなヘルメットの装置を付け、シュミラクロンの中の者と接触してみることにする。そこで出会ったアインシュタイン笑という名の男はシュミラクロンの世界から抜け出し、人間になりたいと切望しており、時々現実世界に現れては、他人の肉体を乗っ取ろうとする。姿を消していたラウゼ保安課長もシュミラクロンの中の世界で見つかった。

しかし、現実世界でそのようなことがあった証拠は残らず、周りの者には気の狂った妄想症だとされてしまう。彼自身もかかりつけの心理学者に言われた通り、疲れからくる妄想症なのだと神経衰弱になってしまう。

彼は頻繁に、めまいがして目の前の道が一瞬消えたり、身近な者が不可解な突然死を遂げたりしていた。

まさか、想像なんてするわけがなかったまさかの可能性がよぎった…自分の営んでいる生活もまた、プログラミングされた世界の中にいるのか、自分の肉体はただの電気信号に過ぎないのか。
周りで起こっていた不可解な出来事は自分がシュミラクロンの中の者にしていたことと同じシステムで別の世界から操作されていたのかと…

つまり突然道が消え、また現れるのはコンピューターバグと修正プログラミングが働いたせい。不可解な突然死は個体情報を消去すると偶然死のように亡くなった程で死ぬようプログラミングされていたせい…


ファスビンダーは「13回の新月のある夜に」の筋書きでも、主人公がSF小説あやつり糸の世界を読んで、自分が今いる世界はより高い世界への準備モデルに過ぎず、一見本物のように見える生物を使って反応を確認しているのだ、などと急に言いだすエピソードを使っている。


シュミレーションの秩序を乱すシュティラー博士は「上」の世界の者にとっては一刻も早くプログラム消去しなければならない対象であり、巨木が倒れてきたり、家が爆発したり、偶然の事故が度々襲ってくるが彼は執念で回避する。

だが最後の予告通り、彼は翌朝射殺される。

意識はエヴァの愛によって「上」の世界に転送され、現実世界で目覚める。
エヴァとの喜びのダンスのシーンと同時にかつて「現実」として振舞っていた仮想現実の中、スト当日の日に射殺され車の上に横たわるシュテイラーの屍体のショットが代わる代わる映し出される。

現実世界に意識を転送してもらえた一方で「下」の世界で死んでいるのだ。もう一つの、電気信号でできたその肉体は。血を流して死んでいる。

現実世界で目覚めて、良かったね、自由だね、本当の愛の喜びをやっと見つけたんだね。それに浸りきることを許さないかのように。


かつてシュミラクロンの中でデータ消去されてしまった、人間になりたかったアインシュタインのことを思い出した。


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