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あなたはどこかへ行ってしまうから。
「柔らかそうなスカートですね。それに、裾が不規則に跳ねていて躍動感ありますね。」
ブルーグレーのしっとりとした質感の布地には、織りが幾何学模様のように入っており、とても高価そうだった。それで私はつい見とれて、感想を言ってしまった。
すると、少しだけはにかんでその人は言った。
「自分で縫ったの。」
その人の名前は小梅ちゃん(仮名)。
私にとって特別な人だ。
♡♡♡
私は、新卒してからこっち、まあまあ長く勤めてきた。
異動を繰り返しながら、沢山の同僚と出会ってきた。
電話だけでやり取りするだけの人までいれたら、相当な数にのぼると思う。
その中でも、小梅ちゃんは私の特別な人だ。
同僚には色んな人がいた。
結婚したばかりで、ずーっと奥さんの話をしてしまう人。仕事中でも、どこかで気になっているのか、業務の話をしていたつもりが巡り巡って奥さんの話になっていた。
10時と15時きっかりにヤクルトを飲む人。
あまりにもぴったりなので、周りの人は皆、時計がわりにしていた。
「あ、もうそんな時間か!」
って。
家に帰らない人。
独身なんだよ。仕事が趣味らしい。
デスクが“巣”になっていて、食糧庫と寝室があるのだ。
美人さん。
イケメンさん。
おしゃべりな人。
無口な人。
これまでに会った人達は、それぞれユニークで興味深かった。いい人ばかりじゃなかったけど、それなりに仲間として付き合ってきた。浅く。広く。
そんなある年、異動で小梅ちゃんと私は同じ部署になった。
気がついたら、大好きになってた。
会えるのが嬉しくて、朝起きる。
服を選ぶのもウキウキする。
だって必ず褒めてくれるんだもの。さし色で選んだイヤリングに気が付いてくれる人は他にいない。
連休前になると、しばらく会えないなあって寂しく思うし、連休明けは、会えるのが楽しみでたまらない。
これって、「好き」だ。
これって、「出会い」だ。
相当な人数の組織内にあって、同じセクションの同じチームに配属されているのだから。
♡♡♡
初めて会った日。
私は別の営業所から異動してきた。小梅ちゃんはもともとその営業所にいた。
4月1日、私は新しいデスクに通されて座っていた。
そこへ小梅ちゃんがやってきた。
ゆっくり、ゆっくり歩いてくる。コピー機の角から5mくらいの距離だけど、なかなか近づいてこない。
そして、私は気が付いた。
左足が不自由なのだ。
ほんの少しだけ引きずるように、歩いていた。
プレスされたシャツとフレアが華やかに踊るスカートを着た小梅ちゃんは、姿勢正しく丁寧に歩いてきた。
そして(今も覚えている)、とびきりの笑顔で
「初めまして。いらっしゃい。」
と、私を迎えてくれた。
なんてご挨拶したのかは、覚えていない。
小梅ちゃんは私の目を慈愛に満ちた様子でふくふくと見つめて、うんうんと頷きながら私の自己紹介を聞いてくれた。
そして冒頭のシーン。
素敵なスカートに見とれた私はつい感想を言ってしまう。
そして、小梅ちゃんは初対面の私に教えてくれた。
19歳の時に脳梗塞で倒れてから左足が麻痺していること。
歩行はできるけど、かがんだり中腰の姿勢をとったりすることができないこと。
歩くときに体が揺れるから、お茶をのせたお盆を運べないこと。
ミシンで服を縫うのは趣味で、足の動きを目立たなくするために服にアクセントをつけているのだそう。
私は、小梅ちゃんに、揺るがない意志の強さを感じていた。
きっと、小梅ちゃんはこれまでの人生で出会ってきた人全てに説明してきたはず。同じことを。何度も。何度も。言いたくない相手もいたかもしれない。それでも何度も。何度も。
ちょうど私は同じことで苦しんでいた。
娘に発達障害の診断が出て、親として学校、学童、主治医、地域などありとあらゆる所に行っては娘について説明をしなければならなかった。もちろん自分の職場にも。
どうしようもないほど理解してほしい。
でも、たまらないほど知ってほしくない。
障害のことなんて知りたくもないでしょう。
私の心の中が分かるはずもない。
アウティングの苦悩。
私の心は、頑なに武装していた。
小梅ちゃんは、自分のことを先に話してくれた。
だから私は、抱えていた事情をするするするっと話すことができた。本当にありがたかった。小梅ちゃんの強さに助けられた。
♡♡♡
それからは、どんどん小梅ちゃん本人の魅力に惹きつけられていった。
特技は、マイケルの「ポー!」の聞き分け。
「Smooth Criminal」はポーから始まるので特徴的だそう。
「Earth Song」は泣きのポー。
「Bad」では盛り上がっているとこでポー!ポー!何度も言ってて力強いらしい。
利き酒ならぬ、利きポーできる人を私は他に知らない。
あるご当地ゆるキャラが大好きで、あまりにも周囲に「好き」って言いまくっていたら、何かのイベントにそのデザイナーさんが来られる時、スタッフとして呼んでもらえて、スケッチブックに絵を描いてもらっていた。
「好き」は繋がるし人を動かすんだなあ、と思った。
私のマニアックな趣味の一つに『みうらじゅんウォチ』があるのだが、その話題も小梅ちゃんはもれなく拾ってくれて味わってくれるので助かっている。みうらじゅんがNHKでやった最後の講義も見ていた。「走馬灯ビデオ」とか「不安たすてぃっく」というキーワードにも反応してくれるのだ。
小梅ちゃんは、私の特別な人だ。
♡♡♡
年が明けてはや2ヶ月経とうとしている。4月になれば人事異動のシーズンとなる。順番から行くと、小梅ちゃんはそろそろ異動すると思われる。
寂しいなあ。
小梅ちゃんの芯の強さが大好きだった。
小梅ちゃんは誰かの良い面に気づいたら、必ず言葉にして本人に伝えようとしてくれる。小さなことでも。
あと少しの間だけど、小梅ちゃんと過ごせる時間を楽しもう。
そして、吸収する。小梅ちゃんの揺るがない意志の強さを。
臆病なゆえに、説明責任から逃げようとする私。
つい労力を惜しんでしまう私。
そういう私が顔を出す時には、彼女の凛々しい表情と勇気を心に思い浮かべることにしていこうと思う。
そして、小梅ちゃんがハミングする「ポー!」も。
ハトちゃん(娘)と一緒にアイス食べます🍨 それがまた書く原動力に繋がると思います。