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その日はあまりにも急に訪れそうで、


 娘のハトちゃんはこないだ10歳になった。ついに10代が始まった。小学校4年生の女の子は、毎日、楽しそうに過ごしている。持っていくタオルハンカチのデザインや色にこだわって、朝、無駄に時間を費やしている。最近ついに、プールの日は日焼け止めを持っていかなければならないと言い始めた。私はキッズ用の肌に優しい日焼け止めを買ってあげようとしたけど、もっとお姉さんが使うようないい香りのするやつがいい、パッケージもピンクからブルーにグラデーションしている綺麗なやつがいい、と言って聞かなかった。結局それを買ってもらったハトちゃんは、自分専用の引き出しに意気揚々としてしまっていた。
 今、私はその引き出しに、入れておきたいものがある。

 それは、生理用のナプキンと専用のショーツだ。

 もうすぐ1学期が終わって夏休みに入る。そして、2学期になったら、ハトちゃんに生理について教えたいと思っている。

 春が過ぎた頃、お風呂上がりにハトちゃんの髪を拭いてあげていて、ハトちゃんの鳩胸がひっそりとささやかながら膨らんできていることに私は気が付いた。乳首とその周囲が隆起して、ほんの少しだけど下着の上からでも分かる程度になっている。
 ハトちゃんの体は大人になろうとしている。
 ハトちゃんの仲良しのお友達よりほんの少しだけ早く。

 学校の支援級の担任の先生と保健室の先生、そして私。家と学校が連携して教えることになっている。4年生の学年全体への生理の授業は3学期終わり頃とのことだったので、ハトちゃんだけ先に知らせる。


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 私が初めて生理になった日、体への違和感は半端なかった。

 小学校6年生の初日だった。新学期始まってその日の夕方だった。
それまで、なんでも思い通りに一人でやれるしコントロールできると思ってきたのに、それが崩れた気がしていた。お母さんに報告したり教えてもらったりするのが、恥ずかしくて屈辱的に感じた。もちろん、お母さんは、前もって準備してくれていた。かわいいちっちゃなタヌキがたくさんプリントされてるショーツとピンク色の薄いナプキンを渡されて、トイレでつけておいでって言われた。今思うと、田舎のおばちゃんであるお母さんが、肌色のパンツでもなく座布団みたいな分厚い白いナプキンでもなく、少し可愛いめのそれらを準備していたことは、きっときっとすごく娘に気を使っていてお祝いの気持ちがこもっていたのだと、分かる。今なら。

 でも、いつものコットンのショーツと違って、今まで履いたことがないお尻にぴったり沿うポリエステル生地のショーツは履き心地が悪かった。それを履いている自分が受け入れられなくて、ソワソワした。だから、その日以降私はずっと不機嫌で、お母さんが心配して声をかけてくれるのに、つっけんどんに「平気」「別に」と答えていた。

 私は怖かったのだ。生理が予想できない時に始まって、自分の意思では止められないのが。これまでと違って体が勝手に思いがけない方向へ進んでいくように感じてしまって、気持ち悪かった。それこそが成長なのだが、違和感でしかなかった。自分にはコントロールできないことが存在しているなんて!


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 ハトちゃんには、自閉症スペクトラムの特性があって、ひどくこだわりがある。食べ物の好き嫌いが激しい。それから、音や光にひどく敏感だ。全てを書き出すことはここではしないが、ちょっと難しい人なのである。だから、ハトちゃんはしっかり納得してからでないと、ナプキンをしてくれないような気がしている。ゆったり安定した気持ちの時に落ち着いて生理の話を聞いて欲しいなあ。


教えておきたいこと↓

血は怖くないよ。
病気や怪我ではないから。今までは、怪我をして痛い時に出るものが血だと思ってたよね。生理の血は止めたり治療するものではないよ。赤ちゃんのベッドを作って待ってたけど、赤ちゃんが来なかったから、ベッドがお掃除されて経血として出てきただけだよ。

その日は体を休めて、清潔にしておこうね。
人によっては、お腹が痛くなったり、気持ちが沈んだり、眠くなったりすることがあるから、自分がどんな体質なのかをだんだん知っていって欲しい。

お母さんも、お腹が痛くなったり気持ちが沈んだりしたよ。そういう時は、湯たんぽでゆっくり温めたり、無理して予定をこなさず、延期したりしてもいいよ。そして、痛みは我慢しなくて良いんだよ。これから、ハトちゃんの体にあう優しい痛み止めのお薬を探していこう。

まだ生理を知らない子もいるから、出来れば、さり気なく秘密にしておいた方が良いかもしれない。それが一番難問だよね。保健室にハトちゃん専用のポーチを預けておくから、ナプキンを貰ったら、ショーツの隙間に入れてトイレへ持って行くのはどうかしら。スマートなやり方を考えてみようね。


安心してその日が迎えられるように。
驚かないように。
そして、自分を嫌悪しないように。
母親としてハトちゃんにしてあげたいことは、沢山ある。でも、決して先輩づらだけはしないで、私の古い感性を押し付けないようにしたいと思う。
最近の生理事情について私も勉強中だ。

素晴らしい給水性に富んだショーツがあることを知った。ナプキンがいらないほどの給水力。

ナプキンにも進化型がある。装着する場所がショーツではなくデリケートゾーンそのものなので、ズレない。そして、トイレに流すことが出来る。

組み合わせ次第で、初めての生理用品を本人が望むようにカスタマイズできると思う。私はハトちゃん自身にも興味を持って選んで欲しいと思っている。

デリケートゾーンのお手入れとか、大人でも自分の体のことをケアする方法は知っておくべきだし、これからも学びたい感じている。


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 今日、車を運転しながら、ぎゅっと握りしめた小さすぎる手を初めて触ったあの日のことを思い出していた。外は雨がどうどうと降っていたそうだ。手術台の上から照らす明るすぎるライトが眩しくて、私は目を細めていた。でも、しっかりと生まれたての娘を見た。娘は足も手も折り曲げて目をつぶって力の限り泣いていた。元気な子だった。そして私も泣いた。
「はじめまして」
と震える声でやっと言って、手をそおっと触った。

 私は分娩で死ぬ可能性があると言われていた。「前置胎盤」という診断で、胎児の着床した場所が産道を塞いでいる状態だった。妊娠後期になれば、少しずつ産道からはずれていくと言われていたが、全くずれることなく妊娠後期を迎えた。そして胎盤は完全に産道を塞いでいた。私は、出産予定日の1ヶ月前から入院して絶対安静にしていた。普通に産気づくことは大出血を意味する。計画された帝王切開の日まで毎晩、看護師さんが手を当てて祈ってくださった。まだだよ、まだだよ、って。医者の説明では、前置胎盤の帝王切開の手術は執刀中に大出血する可能性があるそうで、自分の血液を輸血のために採血して準備させられた。

 部分麻酔で帝王切開術を受けて、娘と対面した時、「あぁ。このまま出血が止まらなかったら、これが最後になるのかな」と思いながら、そうっと娘の手を触ったのだった。その後、麻酔が追加されて意識が遠のくなか、「私は死にません!」と心で強く言った。
そうして、私は死ななかった。
出血は普通分娩に比べると多量ではあったけど、自己血で足りる程度だったそうだ。良かった。

車を運転しながら、視界がぼやけてきたことに気が付いた。
「あれ。私、泣いてる?」
でも、その涙は、あたたかくて少し甘酸っぱい涙だったと思う。私の胸の中は娘のハトちゃんの可愛らしい仕草でいっぱいだった。私の出血(生理)は必要だったんだと思えた。それまでの出血も、出産時の出血も、それからの出血も。

 あの小さく握っていた手は、大きく育って、もうすでにたくさんのものを掴んできたけれど、また新しく、自分の体をケアする術(すべ)を掴んで欲しいと願っている。その日は、いつくるのか分からない。でも、私は雨がどうどうと降ったあの日からずっとハトちゃんのお母さんだから、分かる。大人になる日が近づいているのが。そして遠いいつか、ハトちゃんも産み、育てる立場になるのかもしれないなあって思っている。


 今、ティーンの入り口に立っている娘の前方には広大な世界が広がっていて、性のことに関しては、強い風が吹き荒れているように見える。私はどうやったらこのささやかな体の変化を娘におだやかにでもしっかりと教えていくことができるのか頭を悩ませている。
日々悩ませている。




ハトちゃん(娘)と一緒にアイス食べます🍨 それがまた書く原動力に繋がると思います。