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歌舞伎座9月『東海道四谷怪談』は日本ホラーの“かたち”の原点だった

 歌舞伎座9月公演『東海道四谷怪談』行ってきました。4、6月の『桜姫東文章』に続き、仁左衛門×玉三郎コンビでおくる、鶴屋南北もの第二弾でして、今回も毎週通うべくチケットを押さえました。

 みなさんご存じお岩さんの怪談ですが、いつもこの芝居ついて大いに引っかかるところが私にはあるのです。お岩さんは毒を盛られ見るも無惨な姿になるのですが、その実行犯は何と、岩の夫の悪人、伊右衛門ではなく、隣家の主人だというところ。なんと、薬屋の主人は、伊右衛門に恋い焦がれる孫娘のために、「お岩の顔を毒薬で醜くして伊右衛門と離縁させよう」という計画でお岩に毒を、薬と偽って与えるのです。と、これがこの物語の「最大悪事」なんですよ。

 最大悪事を企んだのは孫思いのおじいちゃん。さて、伊右衛門が何らかの権力者ならば、ヨーロッパの王侯貴族ならば日常茶飯事のごとくに、孫を使って奸計を図る、などということは大いに考えられますが、伊右衛門はお家断絶になった浪人の身。イエ制度が厳格な儒教的モラルが色濃く存在した江戸の当時にしても、そんな金も権力も無い男のところに(この後に書きますが、伊右衛門はおじいちゃんのボスを殺した塩路家の家臣ですが、さすがにソレを知っているとは思えない)、いくら孫娘のワガママと行っても嫁がせるべく毒を盛る、という動機が全くわからないんですよね。つまり、今も昔もリアリティがない。

 実はこの物語、背景に赤穂浪士の討ち入りが絡んでいまして、伊右衛門は討ち入り事件でお取り潰しになった塩路家の浪人、となりのおじいちゃんはその仇敵、高家の家臣しいうバックグラウンドがあるのです。伊右衛門という悪人は、なんとお家の仇敵の家臣の家に入って、仕官の口利きを目論むというマキャベリストな人でなし感は、ちょっと、「半沢直樹」の大和田っぽい。

 しかし、人間の情の中には、「可愛い孫のためなら何でもやってやる」という狂気のごとくの愛情は否定できないわけで、こういう所、本当に南北は凄い。アルアルあるね~。というのが、ドラマにおける作者と観客の結託なんですが、南北は物語の最大骨子において、ソコを外してくるわけです。伊右衛門自らが、じゃまになったお岩を毒殺するならば、アルアルですが、その犯人はというと、なんだか意味不明の動機でソレを実行しちゃう隣家のバカおじいちゃん。つまり、お岩さんの「うらめしや~」は、怒りの矛先が収まらないだけに、それだから、結構怖い。

 当然ながら、坂東玉三郎が凄い。まずはお岩さんの「かたち」ですよね。両肩を上げて首を前に出す“異形”感。グレーの着物にやたらと帯高で胴回りを被う黒帯は、もうもう恐怖のグッドデザイン賞受賞ですよ。人間の普通の動きと異なる緩急の所作のリズムもたいへんに気色悪いんですが、何と言っても玉三郎お岩から発せられる、もの凄く重たい空気の堆積が凄い。歌舞伎のこってりとスローな時間軸で、お岩の変化はじっとり表現されていきます。ずーんとこちらの心に憑依するような。よく、霊感がある人が言う「肩が急に重くなった」というような「体感」。今回の玉三郎お岩は、まさにその境地の表現です。お祓い関係、関係者はみんなきっちりやってるだろうね?(怖)

 重いお岩さんに対して、「軽いからこそ怖い」のが、仁左衛門が演じる悪漢・伊右衛門、生まれながらのサディストっつーか、人を人と思わない壊れっぶり、そして、前述したように、隣家のおじいちゃんをして、「妻のお岩を醜くしてまでも、伊右衛門を孫娘のムコに迎えたい」と思わせるようなカリスマ性(北九州監禁殺人事件の犯人、松永を髣髴とさせます)は、仁左衛門の美しさを見るに付け、あっ、これって、もしやおじいちゃんの方が伊右衛門を手に入れたかったのかしらん、と、良からぬBL妄想まで入ってくる始末。
 
 ちなみに、お岩さんの所作や伊右衛門の手下、宅悦の「真横の正座」構図は、なんと、映画『呪怨Ⅱ』にソレとそっくりなシーンがある。そして、お岩さんがうつむいて黒髪をこちらに向けて髪をすく場面は、井戸から出て来た「貞子」の「かたち」に非常によくにているんですよ。監督たちが、歌舞伎の四谷怪談を参考にするとはあんまり考えられないので、これは、日本人の「怖さのテンプレート」構図、なのかも。

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