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失いかけた喉鼓

忘れもしない、冬。
長崎県雲仙市の老舗旅館。

忘れないのは、露天風呂付き客室だけが理由ではない。



ジリリリリーッと予定にない電話が鳴った。
モーニングコールは頼んでいない。

昨晩は露天風呂に徳利を浮かべ、日本酒を飲んだ。憧れってやつだ。
ほろ酔いで豪快に眠り、目覚ましはかけなかった。

受話器を握ると、女性の声。
「おはようございます。朝食がまもなく終わってしまいますので、恐縮ながらお電話いたしました」

こんな電話、後にも先にもこの旅館だけだ。


浴衣をきちっと着直し、急ぎ足で大広間へ。

白米にお味噌汁、卵焼き、味付海苔。
旅館らしい朝食がぎゅっと待っていた。

寝ぼけ眼をよそに、喉鼓が鳴る。
頼もしいお供を掴んでは、ご飯を頬張った。

塩サバを食べた瞬間、仲居さんの電話に深く頷いた。



仲居さんがロボットだったら、電話をかけただろうか?
9年後にふと考える。

どんな旅でも、そこで働く人たちと出会う。
私はまた、あなたに会いたい。


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