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短編小説『知らない喫茶店の看板』

その喫茶店の入り口には、看板がある。昨日は『今週も息抜きを忘れずに』、確か4月1日は『嘘はつかず、自分に正直に』だった。

黒板に、白いチョーク。

通勤路の途中にあり、出勤する時に読んでしまう。読むと元気になる日もあれば、時には刺さって辛い日もある。先生のようだ。

今朝は『ひと息つきましょう』。ひと息……。

平日に毎朝通る、喫茶店。でも、私は入ったことがない。



カランコロン。
喫茶店のドアが開き、渋いおじさんが出てきた。

「お、いらっしゃい」

どうしよう。

「今日はお店閉めようと思っとるんだが、良ければコーヒーいかがかな」

どうしよう。

「無理にとは言わんがね。お嬢さん、涙は似合わんよ」


上司のパワハラに耐えきれず、泣きながら早退した。喫茶店は平日しか開いてなくて、残業ばかりの私は行けない。一生、看板だけを見るんだと思ってた。

「お願いします」
声が震える。

「どうぞどうぞ」

あたたかい。私を、受け止めてくれる気がする。



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