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雪が降り、勇者じゃない私は「今の仕事を選んで良かった」と思えた

私は、正社員として働いた経験がない。アルバイトか派遣社員か契約社員。今は個人事業主。

正社員の経験がないことが、ずっとコンプレックスだった。ある面接では「正社員の経験がないんですね」の攻撃。私はその言葉を毒性の攻撃だと感じ、長年じわじわと苦しんでいた。

年を重ねるにつれ、毒は強まる。もし私がゲームの主人公なら、ずっと毒で顔色が悪い。緑か紫色の霧で、体中を覆われている。


正社員の経験がない人生は、ボーナスのない人生。

そう、私はボーナスを受け取ったことがない。ひっきりなしにお客様が来た喫茶店でドッロドロに働いた日、「今日は忙しかったから」と受け取った1万円をボーナスにしていいなら、その数回だけ。

派遣社員も契約社員もわりとお給料は良かったし、実家暮らしだったので、貯金はぼちぼち。お金の不自由はさほどなかった。


ただし、気軽に休めないことに不自由を感じた。職場を問わず、繁忙期に休みを取るなんて無理。飲食店で土日の連休はまず取れない。コールセンターで働いていたときは、有給休暇を取る日にそれはそれは気を遣った。

「連休は厳しい」「土日はどっちか出てほしい」「人手不足だから、この日も出勤してほしい」「ちょっとその日は無理かな」

旅行は長くても2泊3日。長期の旅行は自動的に年末年始。行きたいライブを我慢したこともある。


正社員の経験はなくても、ありがたいことに責任感のある仕事を任せられる職場が多かった。いわゆる、バイトリーダーのようなポジション。

職場を変えても、アルバイト・パート数名をまとめ、新しく入社された方の教育係を引き受けることが多かった。

信頼され、強い武器を持たされ、日々レベルアップ。稀に給料もアップ。リーダーになれるのは貴重だと感じ、当時は誰かの「〜してほしい」に精一杯応えたかった。


でも、まったく同じ時間、同じ仕事をしていても、正社員はボーナスがあり、かたやボーナスがない。不満は当然ながらあった。

サボっている正社員を何人も見てきたし、質問しても何も答えてくれない正社員もいた。「私が精一杯応えようとしているのは、何なんだろう」と考える日があったのは、無理もない。


しかし、そんな日を経て、私が欲しいのはボーナス=お金か?仕事を選ぶのはお金がすべてか?と考えるようになった。

私がロールプレイングゲームの主人公として、お金を稼ぐのが目的なのか?

主人公はすぐに「違う」と答えた。「目的が違う」と。


おそらく、私は自分を勇者だと勘違いしていた。違う。私は勇者じゃなくて、旅人だ。旅人がいい。やってみたいことも行きたい場所も多い旅人。

あの洞窟へ行きたい
隣町のバーで旨い酒を飲みたい
遠い街にも行ってみたい

こんな旅人のように、私にはやりたいことが多いのだ。

旅行したいときに旅行できて、行きたいライブに行って、観たい映画を好きなときに観られる旅人。今は難しいけれど。



私を勇者にしたかった人がいて、私もまんまと応えようとした。そりゃあモンスターを倒して、頼りにされて、お金をグハーッと稼ぐ勇者には憧れる。たまにはボーナスポイント欲しいもん。

でも、根っからの旅人である私に、勇者は合わなかった。

世間にならって、なんとなく仕事の目的や重要性をお金にして、休みを気軽に取れない不自由さを横に置いてしまっていた。


モンスターを倒すのは、楽しくないわけじゃない。倒した後のビールは実に旨い。でも、行きたいのに行けない街があるのは、もーーっと楽しくない。楽しくない、と私の中の旅人が叫んでいる。

勇者として休みなくモンスターの相手をすればするほど、お金は増える。武器もそれなりに強くなるし、おこぼれのアイテムやボーナスポイントをもらえる日だってある。

だけど、違う。モンスターの後ろにチラッと見えた山のほうが気になるし、宿屋の主人から「あれは旨い」と聞いた隣町のバーにも行きたい。



旅人だと気づいた私は、個人事業主のWebライターの仕事を選んだ。

Webライターの存在を知ったのは、たまたま。就職サイトで知った。ブログを長らく書いているという一本槍で、どうにか最初の仕事が決定。そのまま仕事が途切れたことはない。

一本槍は弱々しく、初期装備としてもどうかと思うぐらいの武器。何せ、私は学生時代に国語が嫌いで苦手。現代文は特に嫌いで、勉強しても点数は伸びなかった。記事を書く仕事を選ぶなんて、学生の私が想像できるわけがない。


でも、文章を書くのは好きだった。学生時代の手紙に始まり、友達との交換日記、携帯電話のメール、手帳にボールペンで書く日記。自分用のパソコンを手にして以来、趣味のブログを10年近く続け、細々と文章を書いていた。

最初に契約したクライアントは私が書いたテスト用の記事を読み、「初めてとは思えない」とべらぼうに褒めてくださった。もしかして、文章を書く仕事って向いてる…?と勘違いし、4年半が経った。


Webライターの仕事を選び、これまでの多くの経験が役立っている。転職が多かった私が、まさか転職したい方に向けて記事を書くなんて。教育係を引き受けることも未だにある。

「この記事も書いてほしい」「新規サイトを立ち上げるので、そちらでも執筆をお願いしたい」「校正も頼みたい」「新人ライターさんの記事を確認してほしい」

個人事業主になっても、Webライターになっても、誰かの「〜してほしい」は止まらない。やっぱりそれに応えたい気持ちは変わらなくて、今は執筆以外の仕事が大半を占めている。


これまでの仕事と大きく違うのは、気軽に休めること。

「この日はどうしても記事を書いてほしい」なんて日はないに等しい。職場は自分の部屋。出勤する必要もない。好きなときに働いて、好きなときに休める。睡眠時間が崩れがちなのは辛いけれど、悩みはそれぐらいだ。


だから、雪が降った日も明日のことなんて気にせず、外に出た。

私は生まれも育ちも南国宮崎。30数年宮崎市に住み、雪が積もったのは2回しかない。6年前に京都市へ引っ越し、先日、5年ぶりに雪が積もった。

天気予報で積もるとは聞いていたが、何度も裏切られたので半信半疑だった。のんきに夫とゲームをしていた深夜、カーテンを開けると一面の雪。


夫と外に出て、足跡のない雪の上を歩いた。雪を踏むとすぐに固まり、独特の感覚がする。ミチッミチッと2人で足跡をつけ、久々の雪に興奮しながら、公園を目指した。

誰もいない公園をひたすら歩き、雪を踏み、雪を手づかみし、猫の足跡の行き先を眺めたり、写真を撮ったりした。ひたすら白い地面に興奮は止まらず、雪が舞って顔に降り注ぐのも嬉しかった。


私の中の旅人は、それはそれはもう大満足で笑っていた。

ガッハッハッハッハと笑い、「そうだ、このために旅人になったのだ」と誇らしげだった。


そう、私は雪にはしゃぎながら、このために個人事業主になったと思った。

これまでも、新婚旅行で1週間旅行したり、行きたいライブに行ったりはしていた。だけど、道路も公園も屋根も車も雪で白に覆われた日、ようやく心の底から今の仕事を選んで良かったと思えたのだ。

雪に気づいたのは、深夜2時前。もし今正社員だったら、雪を前にして「足元悪そうだから、早めに起きないといけないかも」なんて夫に伝え、ベッドへ向かっただろう。

雪がいつ降るかなんて、1ヶ月前には分からない。雪を予想してシフトの希望は出せない。雪が降った当日、「今日は休みます」とも当然言えない。


個人事業主のWebライターで良かったと胸を張って思えるまで、4年半。ようやく勇者の憧れを捨て、長年の毒から開放された。やっと清々しく、自分は旅人なのだと言える。

そして、勇者に憧れた時間は無駄じゃないと思えた。ボーナスをもらえないことにコンプレックスを抱きつつも、たくさんの期待に応えようと少しずつレベルアップし、旅人として過ごせる力をいつの間にか蓄えていた。

私はモンスターを倒すのが目的ではなく、モンスターを倒して行きたい場所へ行くのが目的なのだ。そのためにじっくりと時間をかけて働いてきたと、雪が降った日に強く感じた。


憧れと自分の理想が違うと、苦しいときがある。ボーナスをもらえる正社員になれたとて、休みがないと私は苦しい。それよりも、ある程度お給料をもらえて、気軽に休める仕事のほうがいい。自分に素直に、仕事を選びたい。

今はコンプレックスなどなく、旅人を選んだ人生を楽しく過ごせている。

今朝もまた、京都市に雪が積もった。しかも先日より雪の量が多い。一人外に出て思いっきり雪を楽しみ、気が済んだら帰って仕事を進められる今を、とても誇りに思う。



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