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おとなの夏休み

私は『夏休み』が好きだ。

『夏休み』が、というより、『夏休みの思い出』が大好きだ。

すいか、風鈴、かき氷、花火、扇風機、

夏の心霊特番、入道雲、真っ青な空、ひまわり

もちろん夏休みに付き物の宿題に追われて、ひーひー泣いた思い出もあった。けれど、そんなもの忘れてしまうくらい甘いノスタルジックな思い出で溢れていたのが『夏休み』なのだ。

                        *

そんな『夏休み』が大人になって思いがけなくやってきたことがあった。

あれはもう8年くらい前のこと。激務で体を壊し、私は7月終わりに休養のため仕事を退職する事となった。

『あぁ、やっと休める。』

仕事がなくなってしまった不安もあった。けれど、終わりなき業務から逃れられた安堵感の方が勝ってしまう位、当時の私は疲れきっていた。

『こんなに長いお休み、久しぶりだ。』

夏の朝、布団に寝っ転がりながら窓を眺める。半分ほど開かれた窓からは、青と白が上下半分にくっきり別れた景色が見えた。夏の青空は絵の具で描いたかのようにコントラストがくっきりしている。

空なんてしばらく見ていなかったな、と私は窓を見つめていた。

窓から見える四角い空を眺めることが、私の夏休みの日課となった。

ある時は薄い墨色。またある時はオレンジ色にじわっと混じる白。こんなに空は色々な色になるんだと、この『夏休み』で初めて知った。

そして、布団に入ってぼんやりと空を眺める姿は、さしずめ海鼠のようにも見えた。

どこかで見かけた情報によると、海鼠の速度で生きるのが本来の人類の生きやすい速度なんだそうだ。海鼠ほどゆっくりになれなかったとしても、ちょっと私は生き急いでたのかもしれない。

『もう少しゆっくり生きてみよう。』

私はこの夏休み、四畳半で布団に寝っ転がりながら、変容する空をただ眺めるだけの海鼠になった。

私は私の速度で生きていかなければ死んでしまうんだ。
この夏休みに海鼠になることで、私は自分の生きるテンポを取り戻していった。

結局2ヶ月近くも海鼠になってしまったのだが、私はまた社会に戻ることができた。生きてくスピードを間違えなければきっと大丈夫だとわかったから。                                         

                       *

【おとなの夏休み】

それは、子供の頃みたいにキラキラ輝くような『夏休み』ではなかった。けれど四畳半で海鼠になった私の夏休みは、子供の時とはまた違った特別な思い出になった。

【おとなの夏休み】は【人生の夏休み】だったのかもしれない。

25時のおもちゃ箱|百瀬七海 @momosenanami #note https://note.com/momosenanami/m/m39770f3dbdf3

サークル「25時のおもちゃ箱」の8月のテーマ「人生の夏休み」で書いてみました。

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