アシュラ

悪人しかいない修羅の悲しみ 映画「アシュラ」 #189

いま話題の韓国映画といえば「パラサイト 半地下の家族」でしょう。第72回カンヌ国際映画祭で最高賞であるパルムドールを受賞。1月13日に発表された第92回アカデミー賞のノミネーションでは、作品・監督・脚本・編集・美術・国際長編映画賞の6部門でノミネートされました。

もし作品賞を受賞すれば韓国映画としては初の快挙。めちゃくちゃ期待して結果を待ちたい。

「パラサイト」の主演は、言わずと知れたソン・ガンホ。演技力だけでなく、顔のでかさでも、誰にも負けない韓国映画界を代表する俳優です。(一番奥に座っているはずなのに、一番でかい)

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「パラサイト」の大ヒットでソン・ガンホは知名度も急上昇中でしょう。でも、忘れないで。韓国にはカメレオン俳優がまだまだいます! 中でもわたしは、ファン・ジョンミンを推したい。「工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男」の演技もすばらしかった!

「工作」ではひょうひょうとした商売人に扮した工作員として、緊迫した場面を笑顔で切り抜ける演技を披露していましたが、架空の都市・アンナム市を舞台にしたクライムサスペンス「アシュラ」では一転、“阿修羅”な顔を見せています。

<あらすじ>
刑事のハン・ドギョンは、市長のパク・ソンベの利権に関わる悪事を請け負っています。末期がんの妻の治療費にお金が必要だから。一方、ドギョンの弱みにつけこんだ検察は、犯罪示唆の証拠を持ってくるようドギョンを脅迫。市長の犯罪行為を立件しようとしますが……。

金のために悪事に手を染めるドギョンを演じるのはチョン・ウソン。悪徳市長がファン・ジョンミンです。

ドギョンだけでなく義理の兄、秘書、SPを動員して、政治家としての能力を猛烈アピール。私欲のためにあらゆる犯罪に手を染めているにも関わらず、外面は最高に「スマイル0円」対応。実際、ファン・ジョンミンの笑顔って、すごくチャーミングなので、うっかり引き込まれちゃうんですよね。

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映画のタイトルが「アシュラ」となったのもファン・ジョンミンのひと言がきっかけだそう。もともとキム・ソンス監督は「反省」というタイトルをつけていたのですが、製作会社から待ったが入ります。代案として「地獄」などが挙がりますが、どれもピンとこない。そんな時にファン・ジョンミンが「阿修羅版だよねー」と言ったことから、「アシュラ」に決まったそうです。

阿修羅は仏教の守護神のひとりで、帝釈天に歯向かった悪鬼神といわれています。本来は正義を司る神であったにもかかわらず、帝釈天と戦ううちに赦す心を失ってしまった神なんです。たとえ正義であっても、固執し続けて善い心を見失えば妄執の悪となります。

アンナム市に暮らす人々は、誰もが人間の心を持ちたいと願いつつ、生きるために戦わざるを得ません。これぞまさに修羅の世界。

壮絶で激しく凶暴ですさまじく強烈にどう猛なバイオレンス。

持てる者の驕りは、どこまでも持たざる者を追い詰めていきます。持たざる者が生きるために“計画”を利用する映画が「パラサイト 半地下の家族」だとすると、“力”で立ち向かう映画が「アシュラ」といえるかも。また、「パラサイト」で描かれる家族には悪人がいませんが、「アシュラ」には悪人しかいません。チョン・ウソンの悲しいまなざしと対立する、ファン・ジョンミンの狂気が光る映画だといえます。

ソン・ガンホとファン・ジョンミンは3歳違いの同世代。ビッグボックス系だけでなく、アート系映画にもコンスタントに出演し続けていることなど、経歴に重なるところも多い俳優です。も少し比較して記事を書いてみたい。

格差が生む悲劇を、痛烈な皮肉でもってエンタメとして描く韓国映画の力。これからも追っかけます。

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