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“森の妖精”が惚れ惚れする大人になるまでに手放したもの 『自転しながら公転する』 #510

「自転しながら公転してるんだな」

このセリフを読んだ時、思わず膝を打ちました。言い得て妙! すごいたとえ! でもその通り!

結婚、仕事、親の介護などなど、生きる上で背負わされてしまう荷物。これにアップアップする姿をたとえた言葉です。でもそれって全部やらなきゃいけないの?

世代の異なる三人の女性を描いた山本文緒さんの小説『自転しながら公転する』を読みました。

<あらすじ>
東京のアパレルで働いていた都は、母親の看病のため茨城の実家に戻り、地元のアウトレットショップで働き始める。しかし職場ではセクハラや不倫騒動など問題が続出。都は元ヤンキーで寿司職人の貫一と出会うが……。

お洋服が大好きで、かつて「森ガール」だった都(みやこ)と、その母・桃枝の視点が交互に綴られます。

煮え切らず、はっきりしない貫一との恋模様。更年期鬱に苦しむ母との関係。住宅ローンのために無理をして働き続ける父。一人娘の都は、その間で翻弄されています。おまけに職場がやばい感満載で、いろいろと気の利く都は社員でもないのに頼りにされ、どこにも行き場がなくなってしまうんですよね。

逃げたいけど、逃げられない。

そんな時、都はアウトレットの中に入っていた寿司屋のアルバイトでベトナム人のニャンくんと親しくなります。

このニャンくんがポイントで、小説ならではの仕掛けに気持ちよく裏切られました。

都も貫一もニャンくんも都の両親も職場の人も、みんなみんな自分が大事。自分の傷を抱えて生きるので精一杯。でもそれって当然ですよね。まずは自分の心を守りたいんだから。それでいて、手放せないものを抱え込んでしまうのです。

いやいや、荷物を手放しても自分を守れるよ。

そんな励ましをもらえた気がしました。

都が好きな「森ガール」とは、「童話の森にいそうな女の子」のようなファッションのことです。2009年頃が流行の最盛期だったそう。ゆったりしたシルエットに、フリルやレースなどの装飾が付いていて、妖精のようなかわいらしさがあります。

「私、森ガールのとき幸せだったな」

そんな都の言葉は、大人になることへの不安と責任とセットだったのかもしれない。森の妖精が大人になっていく姿に、傷つき、涙し、そして惚れ惚れとしたのでした。



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