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クスリ、ダメ、ゼッタイ。

ある朝、22歳の僕は、ものすごくバイトに行きたくなかった。
寝不足で二日酔いだったからだ。
当時の僕は、登録制の派遣バイトをやっていた。
グッ○ウィルとか、フ○キャストとか、そういうやつ。
仕事は日によって違う。工場の流れ作業だったり、引っ越し屋さんだったり、たまにヌイグルミに入ったり。
流れ作業は好きだった。
単調な作業はつまらないけれど、前後のやつらとしりとりや古今東西をして気を紛らわせた。
前後のどちらかが女子だった場合、ダメ元で「終わったら呑みに行きませんか?」と誘ってみた。
勝率は低かった。
ヌイグルミの仕事は楽しかった。
じゃれついてくる子供が可愛かったし、売り子やコンパニオンのお姉さんが一緒にいるケースも多かった。
ダメ元で、「終わったら呑みに行きませんか?」と誘ってみた。
勝率は低かった。

引っ越しは、嫌いだ。
野郎しかいないし、しんどいし、なんか雰囲気悪い業者が多かったし。

そして今日の仕事は引っ越しだ。
ああああ、行きたくない。
このまま迎え酒呑んで二度寝したい。
でももしサボったら、多分もう仕事を回してくれなくなる。
そうなると、こないだ踏みとどまったホモビデオの男優しか仕事がなくなってしまう。
ああああ、行かねば……。

そう言えば、なにかの本に「エスタロ○モカ錠を一気に4錠飲むと、覚醒剤と同程度の効力がある」と書いてあった。
ものは試しだし、やってみるか。

現場に向かう阪急電車の中で。
突然。
無気力で眠たげな目が、パキッと開いた。
座席に浅く腰掛けていた猫背の背筋が、シャキッと伸びた。
うおおおおおおおおおおおお!
と雄叫びを挙げたい気分になったのだが、必死で耐えた。
座っていられない。
立ち上がりたい。
歩きたい。いや、走り回りたい!

駅に着いた。
現場まで走った。
全力疾走だが、疲れない。
脚が止まらない。いや、「止まれない」

現場に着いた。
1㎞ぐらい全力疾走してきたのに、息も切れていない。
フルマラソンでもダッシュで完走出来そうな気がした。

親方らしき人を見つけた。
ダッシュで走り寄り、
「おはようございます!! フル○ャストから来ました羽島俊洋です!! 本日はよろしくお願いいたします!!」
舞台仕込みの腹式発声で、深々と頭を下げた。

他のバイトがちんたら運ぶ中、もちろん僕はダッシュで荷物を運んだ。
その日の現場はエレベーター無しの4階だったが、もちろん階段もダッシュだった。

その働きぶりに親方に気に入られ、
「もうフルキ○スト通さずに、直接ウチで働かへんか?」
とスカウトされる。

その日のバイト代をもらうために事務所に寄ると、
「今日のお客さん、めっちゃ羽島くんのこと褒めてたよ! これから、優先的に仕事まわすからね!」
事務のお姉さんに褒められた。

俺は全知全能だ。
俺に出来ないことは無い。
もしかしたら、俺は神なんじゃないのか?
この唯物神たる俺ならば、いや、なにしろ神だから、一人称は「朕」にしよう。
今の「朕」なれば、女の子もよりどりみどりに違いない。
なにしろ「朕」は「神」だから。

バイトが終わっても全能感の醒めない「朕」は、当時密かに好きだったトモエ(仮名)を呑みに誘った。
本来ならヘタレなため、おいそれと好きな子を呑みに誘ったりは出来なかったのだが、なにしろその時は「神」だったから。
すんなり誘えた。
「この全知全能の神たる朕が奢ってやるのだ。有り難く思え」ぐらいのテンションで。

本来の僕は口下手だ。
特に好きな異性とふたりきりだったりすると、全然話題が続かない。
で、焦って血尿の話などしたりする。

しかし、この日の「朕」は絶好調。
まったく会話が途切れない。
考えるより先に言葉が出てくる。
「朕」はきっと、トークを司る神だ。

確かな手応えを感じ、店を出た。
さー、この後どこへ行くか……。
と、トモエが
「はっしー、どうしたん? 人が変わったみたい……。なんか、こわい……」
と、当惑した表情で言った。

逃げるように帰って行くトモエを見ながら。
「あれ、おかしいな……。朕は神なのに……」

帰りの電車で。
突然恐ろしい虚脱感に襲われた。
つり革を持って立っていたのだが、しんどい。しんど過ぎる。
立っていられなくなったのだが、座席は全て埋まっている。
恥も外聞もなく、通路に座り込んだ。

クスリが切れたのだ。

駅からアパートまでは200mぐらいなのだが、ちょっと歩いては休み、またちょっと歩いては座り込み、たどり着くまでに40分ぐらいかかった。

万年床に倒れ込み、気絶するように眠った。

翌朝、目覚めても体はまったく動かない。
石像にでもなってしまったようだ。
その日のバイトは、サボった。

サボったせいで、フルキャ○トから仕事は回してもらえなくなった。
でも大丈夫。
僕はクライアントからヘッドハンティングされたほどの男だ。
(さすがに、もう「朕」ではなくなっている)
そこで直接仕事しよう。

「そこ」での最初の仕事は、「身寄りの無いご老人が孤独死された部屋の後始末」だった。
「そこ」は便利屋だったんだけど、他にも「ゴミ屋敷の掃除」とか、フルキャス○では回って来ないであろう仕事も多くて、楽しかった。

結果オーライ。なのか。








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