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世界中を敵に回しても、最強の味方がひとりいればいいだろ?

とりあえず、Mのおかげで生き延びた。

↑前回のあらすじ


生き延びはしたけれど、「死にたい」とまでは思わなくなっただけで、「エネルギッシュに生きるぞ‼︎」とまでは思えない。
結果、風呂無し四畳半でゴロゴロしてることに変わりは無く。

「死にたい」と思っていた時は、腹も減らなかった。
だからこのまま自然に餓死できるのではないかと、そんなことを考えながら、ただただ横たわっていた。
しかし、Mのヤツが持って来た餃子と豚まんをたらふく食ったせいで、しっかり三度三度腹の減る、健康な体を取り戻してしまった。
腹が減って来たじゃないか、ちくしょーめ。

部屋の隅に、冷蔵庫がある。
ビジネスホテルにあるような、小さな冷蔵庫だ。
金をケチって、いちばん安くて小さなヤツを買ったものだ。
冷凍庫部分には、固まった霜が巨大な岩のように貼りつき、もはや使用不可である。
冷蔵庫部分も大変狭く、2ℓのペットボトルなどは入らない。
そして、冷凍庫部分と冷蔵庫部分の境界が曖昧なため、冷蔵庫部分に入れた飲み物などは、だいたい凍った。

開けるまでもなく、冷蔵庫の中に食い物は無いはず。
でももしかしたらそれは僕の思い違いで、プロセスチーズの一かけらぐらいは入っているのではないか。
淡い淡い期待を抱いて冷蔵庫を開けた。

飲みかけで凍りかけの爽健美茶が、一本入っているだけだった。

酒だけでも呑みたいな。
またM来ないかな。

なんにせよ、金が無ければメシも食えないし酒も呑めない。
しかしながら、僕が「眠ったまま死ぬこと」を目論んでいる間に、バイトはクビになってしまった。

家賃も払えない。
格安一万七千円の家賃とはいえ、今の僕には痛い。
まあ、家賃は少々遅れても催促されたことは無いし、大丈夫だろう。
おそらく還暦は過ぎてるだろうがやたら血色が良く、「早よ彼女腹ボテにして結婚せなあかんで」が口癖の大家さんは、ひと月ふた月遅れても待ってくれるだろう。多分。
しかしなんで「できちゃった婚」前提なんだ。
僕はちゃんとスジを通す男なんだ。

ギロチンバイト

とりあえず、何かバイトを探さねばならない。
だがバイトと言っても、20日締め月末払いとかでは間に合わない。
せっかく「また生きよう」と思い直したのに、結局当初の思惑通りに餓死してしまう。
日払いでなければ。

登録制の日雇い派遣バイトに落ち着いた。
グッド◯ィルやフル◯ャストのような大手ではなく、小さな有限会社だった。
よって、指定される現場も2種類ぐらいしかなく、僕が行かされるのは大抵東大阪のカレンダーやポスターの工場だった。

基本的にベルトコンベアの流れ作業である。
初日に配属されたのは、大きな裁断機だった。
100枚ぐらいのポスターの束をセットすると、大きなギロチンが一気にカットする。
その切れ味は素晴らしく、切り口はまとめて切ったとは思えないぐらいに綺麗だった。
ただあまりの切れ味に、
「これ、間違って手ぇとか入れてしもたら終わりやな…」
と考え出すと、束をセットする手も、慎重過ぎるぐらいに慎重にならざるを得ない。

西村晃似の、それも水戸黄門時ではなく東映ヤクザ映画で気の弱い組長などを演じている時の西村晃似の工場長が、ビクビクしてる僕に業を煮やし、ズカズカ歩いて来た。

「この機械は紙以外のもんが入ったら、安全装置が働いて止まるようになっとるから。心配せんとちゃっちゃか放り込んだらええから」

そう言って僕の肩をポンポン叩いた左手には、親指と人差し指しか無かった。


恩人Mもちょうどバイトを辞めて困っていた。
当時Mはパチンコ屋さんのバイトで、持ち前の話術を生かしてジャンジャンバリバリ場内アナウンスなどもしていた。
だが所属劇団が全国公演に出ることになり、そうなると1ヶ月ぐらいバイトを休まないといけないので、泣く泣く退職したようだ。
せめてもの恩返しと思い、派遣会社の社長に紹介して、Mも一緒に働くことになった。

基本的にここの仕事は、裁断機を任された時のみ緊張感を強いられるが、それ以外の持ち場は単純な流れ作業だ。
作業自体は10分ぐらいで慣れる。
あとはひたすら時間との戦いである。
僕は単純作業はそれほど苦ではない。
無の境地でこなす。
しかしMは、想像以上に単純作業が苦手だったようだ。
明らかに苦悶の表情を浮かべ、なにやら悶え苦しみながら冊子にチラシを挟み込んでいる。
あげく、
「プロレスを見に行かねばならない」
とかわけのわからん理由で早退してしまった。

僕が後で社長に怒られた。


その後Mは、大スポ(東スポの大阪版)の求人欄で見つけた風俗店でのバイトを始めた。
その後正社員になり、今でもその店で働いている。
店のオフィシャルブログもMが書いている。
しかし風俗店のブログなのに、内容は映画・演劇・落語・プロレス・酒…など。
完全にMの個人ブログである。
集客率ゼロ。
それを黙認する店側の懐の深さにも恐れ入るし、Mはいい職場に就職したなぁと思う。
また、その文章がいちいち面白く、ちょっと嫉妬している。
推敲などは一切してないだろうから、誤字脱字はひどいが。

そして2020年

そう言えば、あの病みに病んでた時代のことは、嫁にもちゃんと話していなかった。

あのnoteを読んだ嫁は、
「辛かったねぇ〜、しんどかったねぇ〜、よくがんばったねぇ〜、よしよし」
と、僕の頭を撫でた。
ちなみに、僕の方が6歳年上だ。

「それはそうと、餃子食べたくなったね‼︎」

うん。そんな気がしてたけど、嫁は僕とMが餃子を貪り食うシーンに、よりインスパイアされたようだ。

王将に向かうべくチャリンコを漕ぎ出したら、4階のベランダから顔を出した嫁は、

「チャーハンも買って来た方がいいと思うよ‼︎」

と、大きな声で言った。


餃子にチャーハンにビール。
最強だろう。
嫁は、相変わらず美味しそうに幸せそうに食べる。


あの頃、「世界中が敵に回った」と思っていた。
でも、今目の前でニコニコしながら餃子を食べている人だけは、何があっても僕の味方でいてくれるだろう。

今なら、もう一度世界中が敵に回っても、笑って生きていける気がする。
(もちろん、もう二度とそんなことが無いよう善処しますが…)















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