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アイデアマンになりたくて(読書記録)

書籍 vs ジャポニカ学習帳

図書館で借りた本のコラムに、こんなことが書いてあった。

鉛筆の形は「六角形」。この形は字を書くのに持ちやすい形であることと、芯にかかる圧力が均等になり、芯が折れにくいからなんだそうです。しかし、色鉛筆は「丸い」。これはデッサンしたり、着色したりするときに、上から持ったり、下から持ったりと、様々な鉛筆の持ち方に対応するためだそうです。持ち方が自由な分、色鉛筆は様々な風合いを出すことができるわけです。

『アイデアはあさっての方向からやってくる』(嶋浩一郎著、日経BP社、2019)

反射的に「それは違うでしょ…」と思ったのは、小学生の時に持っていたジャポニカ学習帳のコラムに「色鉛筆の芯は普通の鉛筆よりも軟らかいため、木の厚みが均等な丸い軸にすることで保護している」という内容が書いてあったのを覚えていたからである。
うっかり鉛筆削り器で削ると芯が中折れしてすっぽ抜ける(電動ならほぼ確実に、手回しでも5~6割の確率で…)色鉛筆の軟らかさを実地で知っていたこともあり、ジャポニカを疑ったことはなかった。

ところが記憶をたどってみると、画材店で六角形の色鉛筆を見たのを思い出した。
ポキポキ折れるようならとっくに製造中止になっているだろうし、強度の問題は解決されているようだ。
いや、六角形の色鉛筆が存在するなら「持ち方を自由にするため」というのも怪しくないだろうか。

問題の本は『アイデアはあさっての方向からやってくる』。
人が「別に重要じゃないし」「興味ないな」と言って打ち捨ててしまうような「ムダ」を積極的にかき集めてぶっ飛んだクリエイティビティを生み出そう! という趣旨の本で、私が引っ掛かったコラムについて、著者は以下のようにコメントしていた。

日常を当たり前のものとして見過ごすか、そこに驚くべき情報を読み取るか。その違いは大きい。

(同上)

六角形の色鉛筆を自分の目で確認しておきながら「色鉛筆の軸は丸軸でなければならない」と思い込んでいた私は、明らかに読み取れない方だった。
読み取れる人と読み取れない人なら、読み取れる人の方が良い。
そんなわけで、調べてみることにした。

本の疑問を本にきく

試みにGoogleで「鉛筆 断面 なぜ」と尋ねてみたところ、トップに出てきたページには記憶の中のジャポニカ学習帳とほぼ同じようなことが書いてあった。
ここで「なんだ本が間違ってるんじゃない」と言えたらよかったのだが、この情報だけでは「持ち方を自由にするため」という説を否定するには不十分である。

Googleに質問するための有効なキーワードが思いつかなかったので、アプローチを変えてみるべく地域の図書館の蔵書検索ページを開き、フリーワードで「鉛筆 なぜ」と入力。
物の仕組みや成り立ちに関する本が大量にヒットしたので、まずは歩いていける図書館の蔵書から手を付けることにした。

結果を言えば、色鉛筆の軸が丸い理由は「持ち方を自由にするため」と「芯を保護するため」の両方が正解だったらしい。

色の素(もと)となる「顔料」は焼くと変質するから、色鉛筆はロウで固めて芯を作るんです。だから焼いて作る黒い芯に比べると軟らかく、加わった力を極力、均等に分散させて芯を守りたい。しかも、絵を描くとき色鉛筆を寝かせて使う人もいるから、勝手に持ち方を限定できないんですよ。それで丸くなりました。

『ニッポン「もの物語」 なぜ回転寿司は右からやってくるのか』(夏目幸明著、講談社、2009)

この本は『週刊現代』の連載をまとめたもので、鉛筆だけではなく日常で目にする物の「なぜ?」を全国の技術者や研究者に訊きに行くインタビュー集だ。
鉛筆について答えてくれるのは三菱鉛筆株式会社・研究開発センターに所属する専門家で、確かな情報源に思える。

さらに、科学技術の成り立ちをイラストで表す『マンガ年表 歴史を変えた科学・技術100(上)』(学研プラス、2021)より「筆記用具」の項目をあわせると、以下のようなことがわかった。

六角鉛筆ができるまで

人類が最初に手にした筆記用具は、植物の茎やガチョウの羽根を利用したペンだった。
この頃は、素材の形状そのままの丸軸が主流だったと思われる。

16世紀のイギリスで不純物のない黒鉛の塊が発見され、それをこすり付けると字や絵が描けるので、筆記用具に使われるようになる。
この時、棒状にした黒鉛を紐で巻く・板で挟むなど手を汚さないようにしたのが鉛筆のはじまり。
最初の鉛筆は丸軸か、細長く切ったサンドイッチのような四角い軸だったらしい。

1795年、フランスの発明家コンテが黒鉛の粉末と粘土を混ぜて焼き固めた鉛筆の芯を開発。
1893年にドイツのファーバー者が六角軸の鉛筆を作り、現在の鉛筆とほぼ同じ形になった。
鉛筆の芯の発明とほぼ同時期に、顔料と粘土を混ぜた色鉛筆が作られている。

最初の色鉛筆ができた時には六角軸の鉛筆の存在しなかったので、どちらも丸軸だったと考えられる。
鉛筆が六角軸になった時、使い勝手の都合で色鉛筆は丸軸のまま留め置きになったのか…と納得しかけたが、ことはそう単純ではなかった。

そして色鉛筆の謎は解けない

念のために再びGoogleに戻り「色鉛筆の歴史」を検索した。
トップに出てきた滝沢印刷のホームページによると、1795年にコンテが発明した色鉛筆は赤褐色と白の2色だけ。多彩な色鉛筆の登場は19世紀中ごろにイギリスやドイツで登場する。
この色鉛筆の芯もロウではなく粘土に顔料を配合して作るというから、現在の色鉛筆よりも硬かったらしい。
さらに滝沢印刷のひとつ下(2022年9月現在)にあるWikipediaによると、色鉛筆は

欧米では19世紀始めにはマーキング用として存在し、1920年代頃から美術用を銘打つ60色程度のものが登場した。

「色鉛筆」Wikipedia

とある。
この「美術用色鉛筆」の登場で、面を塗る・線を引くなど色鉛筆の持ち方を自由にすることが必要になり、また発色の良い軟らかい芯が開発されたことで「色鉛筆といえば丸軸」が常識になったのでは? と推測することはできるのだが、結局色鉛筆がどういう歴史をたどって丸軸に落ち着いたのかはわからなかった。

美術用色鉛筆以前は持ち方を自由にする必要がなく芯も硬かったのなら、普通の鉛筆に合わせて六角形になった後で丸に戻ったというのが自然な気はするが、ただの想像である。

さらに、六角形の色鉛筆(調べてみたら、私が見たのはファーバーカステル社の製品だった)は何故六角軸なのか。
指触りのために丸軸が最適なはずの色鉛筆を、わざわざ六角形にする理由はなんだろう。
机が傾いていた・床に落としたなどの状況で転がりにくくするため、くらいしか思いつかないがはたして…

日常から疑問を読み取れる人になるのは、かなり大変なことのようである。

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