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灘でもらった宝物:身近な暮らしにあふれる探究学習のテーマ

1 家庭科での探究的な取り組み

「うわあ、すごい!」灘高や灘中で家庭科を担当していた時、夏休みの課題として自由なテーマで探究的な活動に取り組んでもらうと2学期の最初の授業で提出されるレポートの中には、こちらの想定をはるかに超えた素晴らしい内容に出会う事がありました。

そんな時は次の家庭科の時間に、そのレポートの内容やまとめ方、考察等、どこがすごいと感じたか、それをこれからどう展開出来るかなど、その時々に合わせたフィードバックをするようにしていましたが、もっと広く「中高生はこんな事に興味・関心を持ち、これほどの取り組みが出来る」という事を広くシェア出来ればいいのにという思いがありました。

今年から探究学習が高校で本格的に導入される事になったと聞いた時、改めて当時の事を思い出しました。

「こんなにすごい内容を自分だけが知っていいの?」
「これほど工夫に満ちた取り組みを他の人に知ってもらえれば何かにつながるのでは?」
「他の先生方や保護者の方が知ったとしたら子ども達の限りない可能性に気づいてもらえるのではない?」

きっと私だけでなく多くの先生方が生徒達から提出された作品やレポートを見て同じような思いを抱いたのではないかと思います。

男子校での家庭科は生徒達にとってはモチベーションが低く真面目に取り組もうとする姿勢が見えにくい子も多くいますが、一部の生徒達は個性的な視点で独創的なアプローチで設定したテーマに取り組み、とても素晴らしいレポートや作品を提出してくれました。(その一つ一つを紹介する事は出来ず記憶をたどりながらのまとめですので間違って覚えている事もあるかもしれません。すみません。)

その事に心から感謝をし、これからの探究学習の発展に少しでもお役に立てればと在職中特に印象に残ったテーマ取り組みの内容をまとめてみました。

2 テーマと取り組みの内容

①高校編

探究的な学習の一環として灘高では夏休みの課題として「ホームプロジェクト」と題し家庭科領域で自由にテーマを設定して取り組んでもらう課題学習を取り入れていました。その中で特に印象に残ったのは次のようなテーマと取り組みでした。

  • 「全く電気を使わない生活」
    最近の猛暑では絶対に取り組ます事が出来ない内容ですが、数日間自分で期間を決め電気を使わず暮らしてみて、その実践についてまとめた生徒がいました。食生活が食パンとバナナ、常温の飲み物、缶詰などの偏ったものになり体調にも影響したという事に加えエネルギーとしての電気の代用となるものや電気を使わなかったからこそ気づけた事などバランスのとれた内容が印象的でした。

  • 「睡眠時間がもたらす影響」
    これは0~24時間まで、睡眠時間を調節しながら自分の体調を主観的ではありますが(食欲の有無やだるいとか集中力が切れるなど)表にまとめ、自分にとっての最適な睡眠時間を探った取り組みでした。睡眠時間を日々少しずつ変えていく事への大変さが書かれていて高校生の時しか出来ない取り組みだと印象に残りました。条件をどの程度一定に出来たかなど課題はあったものの〈実際にやりきったという所がすごい!〉と感動しました。血圧とか体重のような客観的な数値を取り入れるアドバイス等を前もって出来れば良かったと反省した事を覚えています。

  • 「被服材料についての実験」
    実は被服材料は物理的化学的な実験を取り入れるととても面白く、その辺りの事は家庭科の授業ではなかなか触れられず、実験の時間も場所も灘では取りにくく課題だったのですが、この生徒は高度なレベルの実験を繰り広げていて本当に驚いた事を覚えています。薬品なども家庭で入手できるものを上手に用い写真やデータなどの記録もきっちりとっていて頭が下がる思いでした。この作品については2学期の間、他の生徒達に知ってもらうために本人に了解をとり閲覧が出来るようレポートを教室に置かせてもらった事を覚えています。

  • 遺品整理のボランティア活動
    テーマを最初に見た時に意表をつかれたのを覚えています。保護者の方と一緒に遺品整理に関わった内容だったと記憶していますが、その活動を通して様々な事を考えたようで担当であった私自身が深く考えさせられた内容でした。

  • インスタントラーメンのアレンジ
    ものすごくたくさんのアレンジに挑戦し写真とアレンジした食材、工夫した点、食べた感想などをまとめてくれていました。どれも美味しそうでオリジナルの視点がいっぱい!ラーメン愛にあふれていたというか、本人が本当に楽しんでやったのだろうなというのが伝わってくる内容で印象的でした。

  • 「糖尿病の家族のための食生活の工夫」
    家庭科ではありがちがテーマですが、この作品がすごかったのは独自の指標を作り糖質だけでなく総合的な栄養のバランスを分かりやすいデータにまとめていた所でした。高1では家庭基礎で1学期に食生活を扱っていましたが、この生徒の学年までは栄養バランスを数字で見ていく食品群についてはさらっとしか説明しておらずものすごく反省しました。この学年の後からは自分達で取り組める食品群こワークを取り入れホームプロジェクトで食関係の事を扱っても大丈夫なように食品群を1学期に終わらせるようにしたきっかけとなった取り組みでした。
    この取り組みでとても印象的だったのは「自分の働きかけで家族が健康になっていくプロセスを生徒自身が実感でき夏休みの間にバランスのいい食生活が生活習慣として根付きつつあることがとてもうれしい」というような内容が最後に書いてあった事でした。

ここまで高校についての記憶をたどってみましたが、これらのテーマや取り組み以外でも本当に面白い個性的な取り組みと多々出会えたことを思い出しました。

いつも夏休み明けは大量のレポートの添削とコメントつけに追われ大変でしたが今となってはとてもありがたい経験でした。

②中学編

在職中、灘中では中1学年で家庭科を担当していました。実は夏休みの課題としてテーマを自由にし探究的な活動に取り組んでもらった時期は短く数年間だったと思います。

当時は環境問題を扱う事が多くその領域での課題としていましたが、他の科目でも似たような内容の課題が出ていたので家庭科では〈エコ・クッキング〉に特化する事とし
自由テーマでの環境関連の課題をやめたためです。

その中で印象に残っているのは次の取り組みです。中学生らしい真摯な取り組みでレポートもとても丁寧に仕上がっていたと記憶しています。

  • 「黒のゴミ袋に入れてあたためた水で入浴できるか?」
    黒のゴミ袋の材質や中の水の量、太陽光であたためる時間、それを浴室まで移動する方法などについて、いろいろな考察と試行をまとめたレポートは読みごたえがあり素晴らしい内容でした。

  • 「新聞でつくるオリジナルの防災用履物」
    この生徒はどこかのサイトを参考に新聞で防災用の履物を作った後、その履物について自分なりの考察を加え改良しオリジナルの作り方を考案していました。そこに至る過程もまとめられ、作り方も分かりやすくまとめられ写真で見た履物も実用的でとても印象に残りました。

  • 「可能なかぎり環境に負荷をかけない野菜料理」
    この生徒は夏休みに入る前から課題に取り組みはじめ祖父母の家庭菜園で野菜を育てていました。その育て方にも出来る限り環境に負荷をかけない工夫を考え実践していました。収穫した野菜の料理についても台所からの汚水や調理時の節水、省エネルギーなど考えうる全ての事を取り入れた内容に舌を巻きました。当時、高校でしか家庭科を教えて事がなく中学を受け持ち始めた頃だったので「中1でこれだけの事が出来るのか!」と感銘を受けた事を覚えています。

3 まとめ

ここまで自分自身の備忘録としても記録を残したいという思いから生徒達の取り組をまとめて来ました。

教育の場でデジタル化が進んだ今では、もっと違うアプローチのすごい実践例もたくさんあるのだろうと思います。

ただ私にとっては灘という学校で家庭科講師としていろいろな葛藤はあったものの、生徒達から提出された夏休みの課題を含めた探究的な取り組みやそのレポート・作品はどれも大切なものばかりで今となっては大切な宝物です。

そしてそこから見えて来たのは家庭科という身近な暮らしを扱う学問だからこそ「自分事にしやすい」「自分が面白いと思える」「もっと知りたい・やってみたいと思える」探究学習のテーマにあふれているのではないかということです。

ここでまとめた内容が何かのお役に立てればとてもうれしく思います。
〈終わり〉