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「探究学習を進化させる9つのアプローチ」を家庭科での実践を例として思考法で分析

1 はじめに

「もっと面白い授業をしてください。」家庭科教師として在職中、一番頭を抱えたのは生徒達からの面白い授業のリクエストでした。

在職していた学校は灘中学という超進学校で、そこの男子中学生が面白いと感じる授業というのはハードルがとても高く、ましてや家庭科という生徒達にとって特に関心が低い科目では何をすれば興味を持ってくれるのかさえ分からず試行錯誤を重ねる日々でした。

その状況の中で生徒達が主体的に関わる事が出来、興味を持って取り組める内容はと考え探究学習を取り入れる事を決めました。

彼らの関心が特に低かった衣生活分野で取り組ませる事にし、最初は世界的な課題である「児童労働」をテーマに設定。

しかし遠い国の出来事は自分達とはつながらず、今で言う「やらされ探究」になってしまい失敗。

これは今から十年以上前の事です。

その後、毎年やり方を改善し、その時々に思い付いたアイデアを取り入れ、いろいろな方にアドバイスをいただき工夫して来ました。それはまさに進化の過程でした。

ここでは、それらの工夫について「進化思考」という思考法の中の変異というプロセスに出てくる9つの項目でまとめてみました

  • 探究学習を取り入れてみたけれだど何かうまくいかない

  • 今取り組ませているけれど他にもっといいやり方がある気がする

  • 生徒達の様子を見ていて今やっている方法に不安を感じる

そんな思いを持たれている探究にたずさわる先生方やスクールのスタッフの方、ホームスクーリングに取り組まれている保護者の方々にとって参考にしていただければうれしく思います。

2 思考法でまとめる理由

実践の振り返りを通して工夫して来た事をまとめる時、ただ内容をまとめるだけでは、自分の関わっている学びの場で「本当にそれが使えるか?」が分からず、何も変わらないままになる可能性があります。

ここでは思考法を通して項目別にまとめる事で実践してみた事を実際に探究や課題学習に取り入れやすいようにと考え分析してみました。

その思考法のベースになるのは「進化思考」という本です。

項目別に分類する元とした変異というプロセスについては下記の図を参考にしていただければと思います。

「進化思考」の変異の9つの項目

3 9つのアイデア

では実際にどのような考え方をどう取り入れたかをまとめます。

①  失くしてみよう〈欠失〉

灘中での探究学習の取り組みで「失くしたもの」は提出された資料や作品自体の出来に点数をつける事でした。これは生徒達が評価を気にして体裁を整えたり、ネットのどこかから引っぱって来た情報や誰かのアイデアをコピペしたような内容にして欲しくなかったというのが理由です。

ですから探究学習の評価は参加点のみとしました。具体的には探究のまとめとしてグループプレゼンテーションを取り入れていたので、プレゼンテーションに使う資料か自分で作製した作品と必要事項を記入したプリントを提出すれば、どんな内容であったとしても満点としました。

この評価を取り入れるために、1,2学期は作品を作らせた場合は内容をしっかり評価し、3学期の評価を1,2学期と違う形にしても生徒達が不満に思わないように配慮しました。

ただ実際に提出された資料や作品の中には点数をあげたくなるような素晴らしい物があり、逆におざなりでいい加減に仕上げた作品は減点したくなるようなものもあり、そこを評価に組み込まないのは苦渋の決断でした。

今ならルーブリック評価などを組み込み、違う評価の仕方があるかと思いますが、当時は生徒達が評価にとらわれず自由にのびのびと探究に取り組める環境作りの方が大切だと思ったの作品や資料自体に点数をつける事をなくしたのです。

「探究学習の中で、普通なら取り入れるけれど、なくす事が出来そうなものや事は?」

② 増やしてみよう〈増量〉

3学期の衣生活分野の探究学習で思いっきり増やした事は生徒達の自由です。灘中での取り組みは4コマ分の授業時間をあてましたが、その時間管理は生徒達に任せました。

テーマ決めに長い時間をかける生徒、探究自体に熱心に取り組む生徒、逆にプレゼンテーションの資料作成に時間をかける生徒と様々な時間の使い方が見られました。

その中で一番心配だったのは、探究の時間を遊びや他の教科の内職の時間にする生徒が出てくるのではないかという事でした。

この問題に対しては、探究学習を行う場所を図書館としクラス全体を見渡せるようにした事、おしゃべりばかりで進んでいるように見えない生徒、本来の探究学習と違う作業をしているように見える生徒に対しては個別に声をかける事などで対応していきました。すべてがうまく行ったわけではありませんが効果はあったと思います。

また探究のまとめとしてのプレゼンテーションについても、グループプレゼンテーションをさせる事とし、1人の持ち時間を3分と決めた以外はプレゼンの方法も自由でとしました。具体的には紙媒体でもパワーポイントでも、歌っても躍っても、寸劇をしてもOKとし生徒達が自分でいろいろな工夫が出来るようにしたのです。

これは生徒達への信頼がベースにないと取り入れにくい事ですが、この自由に出来る部分を大幅に増やした事で生徒達にとってはのびのびとした探究の時間になったと思います。

「探究学習の中で大幅に増やす事が出来そうな事は何ですか?」

③ 逆にしてみよう〈逆転〉

②の生徒達の自由を可能な限り増やしてみようと考えた時、決めた事があります。それは探究学習を成功させることにこだわらないという事です。

灘には非常勤講師として1年ごとの契約で雇われていた時期が長かったので翌年も契約をしてもらえるよう家庭科担当として何かの成果を出したいと考えていた時期もありました。

教師である自分が出来る限り指導し「探究学習のまとめであるプレゼンテーションで生徒達を成功体験へと導かなければ!」と思い込んでいたのです。

しかし、ある場所で「生徒達が行う学びが成功であれ失敗であれ経験する事に意味がある。教師は余計な干渉をせずに見守るだけでいい」と聞きショックを受けました。

それまでの考え方が逆転した瞬間です。

それまでは探究学習のまとめであるプレゼンテーションをちゃんとさせるために、かなり手や口を出していたのですが、それをやめたるようにしたです。

家庭科担当の私から見て、おざなりで、やる気のない、中身の乏しいプレゼンテーションとなったとしても周りや私からのフィードバックで生徒達にとっては何かの成長のタネになるはずと考え方を変えて行きました。

実際に、やる気が見られないプレゼンも見られましたが何かのフィードバックを得る事で生徒達は次につなげてくれるはずと信じる事にしました。

これは家庭科担当として「無責任なのかもしれない」「本当に、こんなやり方でいいのだろうか」とかなり悩みましたが意識を切り替えました。

自分の労力を注ぐ部分を全体や個別のフィードバックにシフトする事にしたのです。そのため探究学習が終わり、生徒達からの提出物を採点する時間はかなりかかりました。しかし、そこで個々の生徒達の探究の内容をしっかりチェックする時間が取れ丁寧にコメントを返していく事が出来たのは良かったと思っています。

「探究学習に取り組む時、今までと逆転させることが出来るのはどんな事ですか?」

④ 別の所に移してみよう〈転移〉

それまで探究学習を取り入れる時は教師である自分がプレゼンテーションの方法などを細かく決め生徒達を私が成功と決めていた方向にレールを敷いて走らせる方法をとっていました。
しかしそれを止めた時、起こったのは責任の所在が教師から生徒自身に移った事でした。

それまで、生徒達は教師側から提示したタイムスケジュールにのって動けばよかったのにプレゼンテーションの持ち時間以外のすべてを自由とした事で生徒達は自分達が使える授業時間をどう配分し使うかを自分で考え、自分で管理していく事になりました。

主体性を発揮し上手に時間を使っていた生徒もいれば、最後のプレゼンテーションの時間になって慌てて何かを作っていた生徒もいました。

またグループプレゼンテーションの時間に「プレゼンテーション資料や自作の作品を忘れたからプレゼンテーションが出来ないというのは認めない」というルールにしたので、プレゼンについても自己責任としました。

この形にするまでは、あらかじめ家庭科の方でプレゼン当日に資料を忘れたりしないように資料を預かっていたり、忘れた生徒用にサポートする体制をとっていたのですが、それらを一切やめました。

その事で冷や汗をかいた生徒はいたようですが何とか自分のプレゼンテーションの持ち時間は消化したようで、いい経験になったのではないかと感じました。

「探究学習の過程を通して何かをどこかに移す事が出来そうな事はどんな事ですか?」

⑤ マネしてみよう〈擬態〉

「やらされ探究」の反省から灘中での探究学習をがらっと変えてみようと思った時、頭に浮かんだのは海外で暮らしていた時に垣間見たアメリカでの授業風景でした。

生徒達がいきいきと自分達のペースで活動し、必要な時に教師にアドバイスを求めに来る。教師はそれとなく全体を見守り、アドバイスが必要そうな生徒に対して押し付けにならないような助言を行うような感じです。

そのイメージがあったからこそ、ほぼフリースタイルの探究学習を取り入れる事に踏み切れたのかもしれません。

この実践を取り入れるための準備や環境づくりには図書館の司書の先生方をはじめ、いろいろな方のアドバイスや資料や備品などが必要となりましたが、生徒達の成長の一環になったのではないかと思います。

ただ外から見ていると「教師は一体何をしているんだろう?」と見えたかもしれません。「無責任に放任しているだけじゃない?」という見方もあるかと思います。そこに対しては取り組む教師自身の意識改革が必要となるかと思います。

〇〇型探究学習。~みたいな探究学習。「〇〇や、~に入れたい言葉はどんな言葉ですか?」

⑥ 組み合わせてみよう〈融合〉

今では当たり前のオンライン授業も当時はまだ導入が始まったばかりでした。実際に探究学習を行った図書館にwi-fiが完備し生徒達がタブレットを使用できるようになったのも探究学習に取りかかった途中からでした。

この時タブレットの使用を許可するかどうかでかなり悩みましたが、今振り返ると情報へのアクセスの可能性の広がり方が全く違ったものになったので結果的には良かったです。

タブレットの使い方も生徒同士で分からない所は助け合う様子が見られ、面白い情報を見つけると見せあったりと、とてもいい学習の雰囲気が出来ていました。

テクノロジーは日々進化し、大人よりも子ども達の方が新しい事や物に関しては敏感で取り入れ方もうまいのではないかと思います。

探究学習に組み合わせ融合させるものとしては便利なアプリなど様々なものが考えられるかと思います。

「探究に融合させてみたいものはどんなものですか?」

⑦ 分けてみよう〈分離〉

灘中の探究学習の改善を考えた時、グループワークを取り入れる事をやめ個人に分離した形での探究学習を取り入れる事にしました。

それまでは「家庭科では調理実習も含めグループワークをコミュニケーションをとれる場づくり!」をと考え出来る限りグループワークを取り入れるようにして来ました。

でも探究では個人の興味・関心や成長と大事にし協調性やコミュニケーション能力の向上をはかる機会とする事とは切り離して考える事にしたのです。

灘中学高校での家庭科の授業時間は少なく、学習環境として調理室や被服室もなく実習を取り入れる環境が乏しかったために、実習をさせる時はあれもこれもと欲張って目的に入れるようになっていました。

しかしグループワークや欲張って取り入れていた目的を探究とは切り離して考える事で目的が特化され生徒達にとってもシンプルで取り組みやすい内容になったのではないかと思います。

「探究学習の中で切り離して考えられそうな事は何ですか?」

⑧ 入れ替えてみよう〈交換〉

灘中の家庭科の探究学習の支えとなってくれたアイテムの一つに質問カードがあります。これは問いのプロに頼んで中学1年生の男子向けに作っていただいた問いです。

MI〈多重知能理論〉をベースにいろいろな個性を持つ生徒達が様々な面から衣生活について興味を持てるように配慮されています。依頼して出来上がった問いをベースに灘中の生徒達の状況に合わせて修正や加筆したのが質問カードです。

ここで工夫した事は1人で何もかもやるのではなく生徒達の興味・関心を引き出す根幹になるかもしれない部分を外部にプロの知恵と交換するという発想です。

その事で「これって何だか面白そう」という気持ちになった生徒もいたようで家庭科の探究に対して期待が高まった様子も見られました。

「探究学習の中で交換できそうなモノ・コトは何ですか?

⑨ サイズや量を変えてみよう〈変量〉

灘での探究学習で一番大きく変えたのは、私自身の意識でした。家庭科教師として「実習時間の生徒達をきちんとマネージメントしなければならない」という意識を最小限にし「生徒達の主体性をのばし、彼らを信じて見守りに徹しよう」という姿勢を最大限にしました。

これがどれだけ生徒達に伝わっていたかは分かりませんが、少なくとも自分で自覚して意識した事で探究学習の場の雰囲気はがらりとそれまでとは変わったのではないかと思います。

「探究学習の中でサイズや量を極端に変えられそうな事やものはなんですか?」

4 まとめ

このように灘中での探究学習ではいろいろな面での改善を繰り返し一つの形に行きつく事が出来ました。

消極的な生徒や、やる気が出ない生徒へのアプローチなど課題はたくさんありますが、一つの実践例としてお役に立てば幸いです。

紹介させていただいた実践内容の詳細は下記の記事をご覧下さい。

探究学習は、たくさんの参考文献や実践例が紹介されていて、どれも素晴らしい内容ばかりだと思います。

ただ、それをそのまま型通りに実践してしまうと忠実に行う事に意識が向き、探究学習本来の目的や意味から離れてしまうかもしれません。

その違和感は子ども達の学びの場で伴走している方々のみが感じられるもの。もし何か「このままで大丈夫かな?」と感じたら、一度、今回紹介した思考法で実践内容を振り返ってみてもいいのではないかと思います。

探究学習がますます発展し、子ども達が学びの世界を楽しみ主体的に学ぶ面白さを経験し社会での活躍につながるよう少しでもお役に立てればと思います。お読みいただきありがとうございました。
〈終わり〉