半径50センチの愛
3年ぶりの旅から帰ってきた翌日は、疲れて何もできなかった。
ひたすらゴロゴロして、撮りだめしたドラマを観ながら過ごす。
毎日15,000歩以上歩き、普段と違うものを食べ、慣れないベッドで眠る。
非日常って、たまにはいいけど結構疲れるものなんだなと知った。
どこかしら力が入っていたのか、なぜか全身筋肉痛。
だるい、とにかくだるい。
夫は旅から帰ってから、寝ている時間以外はほぼキングダム(アニメ版)を観ている。
「なんもする気が起きない」と言っている。
二人揃って、非日常酔いしたかのように、グダグダなまま夕方を迎えた。
今回の旅で一つハプニングがあった。
買って一ヶ月も経たない指輪をうっかり失くした。
安価でカジュアルなものだが、気に入っていただけにショックだった。
トイレに入るときに外して、バッグに入れっぱなしにしていたはずなのに、いくら探しても見つからない。
コーヒーを飲みに入ったお店で、上着を取り出そうとした時、一緒に飛び出してしまったのかもしれない。
観光に向かうバスの中で気付き、しばし落ち込んだ。
帰りに同じ喫茶店に寄ってみよう、もしかしたら落とし物で届いているかもしれない。
縁があれば見つかるし、なければ仕方がない。
「厄落し」と思うことにしよう…
そうやって自分をなだめてはみたものの、心の中は後悔でいっぱいだった。
どこで落としたかの確証はない。
あるのは何となくの心当たりだけ。
観光帰りに、ダメもとでもとの喫茶店に寄ってみた。
さっき自分たちがいた席には、女性のお客さん二人組が座っておしゃべりをしていた。床に視線を落として、近くに歩み寄る。
あっ。あれは…
見覚えのある、白いセル素材の丸い輪っかが、ソファ席の下に転がっている。
まぎれもなく、私の指輪だった。
ちょうど椅子からは死角になる位置だ。
まさか、本当に見つかるなんて。
すみません、ちょっと落とし物しちゃって。
お客さんに断りを入れ、席の下に手を伸ばして拾いあげる。
無事に私の手に戻ってきた指輪。
4時間ぶりの再会だった。
これでまた着けられる。
ホッとした気持ちと、嬉しさが込み上げてきた。
はたからみたら、オモチャみたいな指輪なんだけど、自分で思う以上に気に入っていたみたいだ。
指輪の一件は、今回の旅でいちばん私にインパクトを与えた出来事だった。
初めての土地を歩くのはわくわくしたし、旅先のお料理やお酒は美味しく、いつになく楽しい時間を過ごせたのは確か。
でも何より嬉しかったのは、一目ぼれして買った指輪が、自分の指に戻ってきたことだった。
私は、案外日常好きなのかもしれない。
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