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アダムとイブの「エデンの園からの追放」は「宇宙からの分離」を表している。

なんとなく本屋で気になって、「物語としての旧約聖書」という本を読んでみました。

有名なエデンの園のアダムとイブの話は、神が禁じた “善と悪を知る木の実” を食べたアダムとイブがエデンの園から追放されてしまう、という内容でした。

善と悪を知る木からあなたは食べてはならない。なぜなら、この木から食べる日に、あなたは必ず死ななければならないのだから。

創世記2章17節

物語は例え創作であったとしても、変な話です。

よく疑問視されるのは「なぜ善と悪を知る木の実を食べることが禁止されているのか?」というところです。

善も悪も神が創造したものであるから、善し悪しの判断は神への冒涜につながる。だから食べてはいけない。というのであれば理解できます。

そして、木の実を食べたら必ず死んでしまうのに、アダムとイブは蛇にそそのかされて木の実を食べてしまうのです。そして木の実を食べてもすぐには死なないのです。

変な話です。

アダムとイブ

そんなことを疑問に思っているある日、Youtubeを観ていたらチャネラーの優香さんが『【 ゼウ氏 】 生命の樹とムーの八種族 〜ムー・シリーズ』という動画でアダムとイブの話をしていました。

ゼウ氏の話によると、生命の樹(地球の木)の実を食べることは、「身(実)=肉体」を手にすることであり、肉体を手にするということは、宇宙の次元へ帰れなくなることでもあるそうです。
つまり、生命の樹の実を食べることは宇宙から分離することを意味します

その土地の物を食べるとその土地に染まる、ということは今でも見受けられることです。

地球の木の実を食べることで、地球の周波数に合わせようとするのです。

旧約聖書の「エデンの園からの追放」という言葉を「宇宙からの分離」に置き換えると、なんとなく話の筋が見えてくる気がします。

聖書の「この木から食べる日に、あなたは必ず死ななければならないのだから。」という部分は、地球の木の実を食べて肉体を持つと寿命ができる(=必ず死ぬ)ということを意味しているようです。

そして「必ず死ぬ=限りある命」だからこそ、どう生きるか?
ということを私たちに問いかけているようでもあります。

アダムとイブの話は思っていたよりも何だか壮大な人類創生の話なのではないかと思いました。

生命の樹



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