【読書日記】『こころ』夏目漱石|寂しい人が好きだ

数年に一度、無性に『こころ』が読みたくなります。本棚を探すのですが絶対に見つかりません。本棚を整理した際に必ず手放しているからです。
なので今年も本を買うところからスタート。

画像1
|新潮文庫 2021年プレミアムカバー

そうして久しぶりに読んだ『こころ』があまりに面白かったので、夏休みの宿題でもないのに感想をnoteにまとめることにしました。

▼この記事の目次
・注意事項
・構成と概要
・先生について
 └先生は寂しい人
 └先生の自殺の理由
・Kについて
 └Kを下宿に招いた理由
 └Kは先生の目
・寂しさってなんだろう
・恋のお話
 └奥さんと先生
 └私と先生
・新しい時代と自意識
・終わりに
・蛇足(気になる本文)

注意事項

あえて言う必要もなさそうですが…
・ネタバレ(ネタバレ?)してます
・ただのちょっと本好きな人間が書いた感想です
・「登場人物が好き」という個人的な主観で書いてます(論拠とかはない)
・文章にまとまりがありません…
・本当に宿題が出てる人は作品を読んでください
 びっくりするくらい面白いので

構成と概要

『こころ』は3つの章から成り立っています。

上 先生と私
中 両親と私
下 先生と遺書

上 先生と私
主人公の「私」と先生との鎌倉での出会いから東京での交流が描かれます。
私は先生に不思議と心惹かれ、頻繁に先生の家を訪ねるなど親しくなります。が、踏み込めない何かがある。私はその「何か」を知りたいと渇望します。

私はこの章がとても好きです。
綺麗な文章で情景が目に浮かぶし、名言もたくさん出てきます。
先生みたいな寂しい大人が私は大好きです。結末を知っているからか、先生の言葉は主人公が思った以上に読者には切実に受け止められる気がします。急に主人公へのマウントみたいになってしまいましたが、ひたすら先生が愛しくなる章です。「過去も全部ひっくるめてあなたを愛します」ってなる。

中 両親と私
実家から父が倒れたとの連絡があり「私」は実家に帰省します。意外と元気そうな父でしたが、いよいよの時が訪れます。
そこへ先生から長い手紙が届きます。それは先生の遺書でした。私は危篤状態の父を残し、東京行きの列車に飛び乗るのでした。

田舎の慣習や親子の会話など日常風景が描かれる章。「地方あるある」「実家あるある」はわかりやすいかな?これが人間なんだよね〜!血の通ったやりとりだよね〜!って思います。
正直に言うと以前読んだときは結構飛ばし読みしてました。でも今回読んでいて、この章のおかげで先生がどういう人物なのかが逆に浮かび上がってくるんだなと思いました。先生との対比が鮮やか。
それにしても危篤のお父さん置いて東京に戻っちゃう主人公の行動力すごい…物語として、主題として必然なのかも知れないですが…

下 先生と遺書
この章は先生のめっちゃ長い遺書の中身です。
遺書に書かれていたのは次のようなことです。
・若い頃に叔父に騙され、人間不信に陥ったこと
・親友を裏切って妻を手に入れたが、親友は自殺してしまったこと

この章の一部が教科書に載っていたかと思います。
主人公が知りたいと思っていたことは、遺書という形で明らかにされました。物語は遺書で終わります。そこから主人公が何を思ったとか、どう行動したとかは書かれていません。

物語を簡単にまとめると…
親友を裏切って妻を得た先生ですが、親友が自殺したことで罪悪感に苦しみ続け、ついに自らも自殺選んでしまう。
先生を慕い先生の過去を知りたい主人公の「私」は、この告白を遺書の形で受け取ります。
前半は主人公の目を通して後半は先生の遺書から、先生の人物像を描いた「私小説」です。

先生について

先生について書くことが、=この本の感想になるような気がします。
※以下、先生のことが好きなので勝手な解釈が暴走しています。

▼登場人物
私 |『こころ』の主人公。
先生|「私」が慕う思想家、知識人。
K |先生の親友。
妻(静)|先生の奥さん。先生の下宿先のお嬢さんだった。

先生は寂しい人
先生は20歳になる前に両親を病気で亡くしています。生活の支援、実家や遺産の管理を叔父(父の弟)の世話になりますが、実は叔父は遺産を横領していました。生前の父が信頼していた人物だっただけに、先生はひどい人間不信に陥ります。
そんな先生の心を回復させてくれたのが、のちに妻となるお嬢さん親子との交流でした。先生は下宿先のお嬢さんに恋心を抱きますが、親友のKもまたお嬢さんを好きになってしまいます。
Kの気持ちを知った先生は、親友を出し抜いてお嬢さんとの結婚を取り付けます。しかしそのすぐ後にKは自殺。
先生は罪悪感に苛まれる人生を送り、ついに自殺してしまうのです。

このように書くと「三角関係」の恋愛話みたいですが、あまり異性恋愛がキーには思えません。

▼先生の自殺の理由は3つ考えられる
1. Kを裏切り、自殺へ追いやったことへの罪悪感
2. 人間不信、自分自身をも信じることができない
3. 明治天皇崩御への殉死

1. 罪悪感
後でも書きますが、先生はKの自殺は自分のせいだと思っています。

2. 人間不信
やはり叔父に騙されたことが大きい。利己のために人を騙した叔父を、先生は生涯恨み続けます。
ところが先生はお嬢さんを手に入れるために親友を欺いてしまう。軽蔑する叔父と同じような行動を取るわけです。そんな自分に嫌気が差し、自分も信じられなくなります。自分を信じられないから、人間全体も信じることができない。

3. 明治天皇の崩御と乃木大将の殉死
1.2.のように苦しんできた先生、「死んだつもりで生きることにした」との記述があります。そんなの、めっちゃ生きづらそうです…
それが3の明治天皇の崩御をきっかけに、死を選んでしまったのでしょうか。

先生って本当に人との関わりが希薄です。若くして両親を亡くしてからは、利害なく親身になってくれる大人は周りにいません。
交友関係もほとんど記述がなく、本ばかり読んでいる印象です。
信じていた人に騙されたために心の底から人を信じることができず、人との血の通った交流に乏しかったために、自我を確立できない先生…
人からどう見られるかを異常に気にして、人の視線を避けるために仕事もせず世間から外れた生活を送っている先生…
先生…

Kについて

ちょっとKの話をします。
※ここでは「ちょっと」と書いたのですが、その後長文になってしまい全然ちょっとではなくなりました。

先生にとって唯一関わりが深い人物はKしかいません。
Kと先生は同郷で、子供の頃からの親友です。東京に出てくるとすぐに二人は同じ下宿で同室になります。将来を語り合う、本当に仲の良い親友同士だったのですが…

Kの性格を考えてみましょう。私の受けた印象としては、Kはかなり極端な性格だと思います。

精神的に向上心のないものは馬鹿だ(p.253)

このKの有名な言葉にもよく現れています。「精進」という言葉が好き。自分が理想とする姿・生き方に向かって邁進し、常に自分を高めようしています。先生はそんなKを尊敬もし、畏れてもいます。

「倒れるまでやる」「0か10か」という性格が災いして退っ引きならない状況に陥ったKに援助の手を差し伸べるのが先生です。
金銭的・精神的に追い詰められたKを自らの下宿先に住むよう説得し、お嬢さんたちにもKとの交流を頼み込みます。他のシーンでは見られないくらい、先生の熱意を感じます。
なんでそこまで?

▼Kを下宿先に招いた理由は3つ考えられる
1. 責任感
2. Kよりも優位に立ちたい
3. Kにお嬢さん(自分)を認めさせたい

1. 責任感
Kが困難な状況に陥ったのは、養家と約束していた進路をKが勝手に変え、支援を受けられなくなったから。そして先生もKの進路変更を後押ししていました。その責任があるというわけです。
先生が自ら語っている理由なのですが、まぁそれもなくはないかな?という感じ。核心ではない気がします。

2. Kよりも優位に立ちたい
先生はKの意志の強さを畏敬し、Kには敵わないと思っています。しかしそんなKの生活を実は自分が支えている。そんな優越感を得たかったのでしょうか?(そのような描写もあります)

また先生はKよりも進歩的な人間だと思いたかったのかもしれません。
Kは真言宗の家の生まれ。宗派的には結婚に問題ありませんが、Kはより厳格な生き方を自らに強いています。恋愛や結婚はKにとっては道を妨げるものでしかない。
先生はそんなKの態度を視野の狭い旧来の女性蔑視的に捉えたのかもしれません。それに対して、自分は女性の素晴らしさに気づいている・進んでいる人間だと考えたのでしょうか。

3. Kにお嬢さん(私)を認めさせたい
Kの優位に立ちたい一方で、先生はKを非常に尊敬しています。Kが「良い」と認めれば先生は自分の判断に自信が持てるわけです。

先生は非常に厄介な性格です。
女同士の友情もなかなかですが、男同士の友情もなかなか凄い。

Kは先生の目
3について考えると、先生って本当に自分というものがありません…(逆にKは自我が強すぎる気がするのですが)
自分の拠って立つもの(自我)がないから、他人の目をその代わりにしてしまう。先生はKの目を通して物事を判断しています。
その後も先生の行動を見ていくと、人の目をとにかく気にします。何かをやろうと思っても「自分にはそんな権利はない」ともう一人の自分が妨げます。他者の目の自己内在化でしたっけ…?そんな印象を受けます。

というか恋愛に3は関係なくない?と思うのです。自分が好きだったら他人は関係ない。
でもよく他人の恋人を好きになってしまう人っていますよね?人間って他人が良いと思うものを、より強く良いと思う生き物のようです。
先生は確かに最初からお嬢さんに惹かれてはいますが、Kがお嬢さんたちと親しくなるにつれて嫉妬心が芽生え、執着していったように思えます。

Kの自殺の理由
私はずっとKの自殺の理由を「信頼していた親友(先生)に裏切られたから」だと思っていました。(中学時代のテストでもそんな記述をしたようなしてないような…)でも今回本を読んで、少し違うのではと思っています。
そもそもKの物事の判断基準は「自分」です(先生と違って…悲しい…)。もっと言えば「理想の自分」です。
無二の親友である先生だとしても、他人(先生)の行動を自分の自殺の動機にするとは思えません。

自殺する2〜3週間前でしょうか、Kは先日打ち明けたお嬢さんへの恋心について先生に意見を求めています。先生はKの言葉を使って「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」とKを打ちのめします。また「覚悟はあるのか」と問い詰めます。それに対しKは「覚悟ならないこともない」と答えます。
その晩、Kは先生と自分の部屋の間に立ち「もう寝たのか」と尋ねるのですが…

(p.288-)
・見ると、間の襖が二尺ばかり開いて、其所にKの黒い影が立っています。
・私は黒い影法師のようなKに向かって、何か用かと聞き返しました。

このシーン。ここだけホラー映画みたいで、ちょっと他とテイストが違うように感じるんですよね。この真っ黒なKのシルエットというのが凄い。不気味です。
それで「Kはこのときもう自殺するつもりだったんだ」と思いました。昼間Kの言った「覚悟」は「死ぬ覚悟」だったんです。いくらなんでも即日自殺って…。でも声をかけてみると先生が起きていたので自殺をやめたと。怖い。怖すぎる。

▼その後のK自殺までの流れ
・先生、Kの「覚悟」をお嬢さんへのアプローチと捉える
・Kを出し抜き、奥さん(お嬢さんの母)へ直談判
 お嬢さんとの結婚を取り付ける
・2〜3日後、奥さんがKに結婚について知らせる
・さらに2〜3日後、K自殺

タイミングが悪すぎます…
先生は完全に自分のせいでKが死んだと思って、その後の人生を歩むことになります。K罪深い。死んだ人には誰も敵わないのに…

▼Kの遺書(p.303-)
・薄志弱行で行先の望みがないから自殺する
・もっと早く死ぬべきだったのに、なぜ今まで生きてきたのか

Kは自分の判断基準に基づいて、「精神的な向上が見込めない」と決めてしまった。恋愛感情を持った自分が、理想の姿とはかけ離れていると思ったのかもしれません。(先生目線で語られているので、実際は何か他の原因があったのかも…)
先生の自殺理由として「1. Kを裏切った罪悪感」と書きましたが、厳密にはKの自殺は先生の裏切りが原因ではありません。先生は間違いなく罪悪感を抱えていますが、もしも「先生のせいじゃないこと」が明確だったとしたら先生のその後の人生はどうなっていたのかと考えてしまいます。ここまで罪悪感を抱えずに済んだのでしょうか。
それでもやはりKを追い詰めた事実は変わりません。お嬢さん欲しさにKの言葉を使って攻撃したこと(そしてその言葉はKの自殺を後押ししたはず)は、重く先生にのしかかるのかな…

寂しさってなんだろう

また本文では以下のように先生の考えが語られます。

(p.317-)
・Kは正しく失恋のために死んだものとすぐに極めてしまったのです
・たった一人で淋しくなった結果、急に所決したのではなかろうか

当初はKの自殺原因を失恋と思っていたものの、次第に「孤独感」によって生きていられなくなったのでは、と考えるようになった先生。自分もまたこの孤独によって死ぬことになると思うようになります。
考えてみればKも先生に負けず劣らずの寂しい人なんですよね。理想の生き方に向かって、どんどん孤独に突き進んで行った感じがします。

この「寂しい」も先生のキーワードです。現代にも繋がる「孤独」というテーマ、明治から変わらないんですね…
『こころ』には寂しい人ばかりです。例えば、これは奥さんの言葉。

男の心と女の心とはどうしてもぴたりと一つになれないものだろうか(p.319-)

奥さんの寂しさはより個人的なもの。先生と本当にはわかり合えていないと思い悩んでいます。一方、先生の寂しさは個人の範囲を超えていきます。時代の寂しさと言えるかもしれません。

恋のお話

「寂しさ」というキーワードが出たところで、「恋バナ」もしておきたいと思います。

奥さんと先生
ベースにあるのは過去の三角関係ですが、先生は本当に奥さんのことが好きなのでしょうか。好きであることは間違いないのですが、Kの呪いやその後の人生と引き換えにするほどだったのでしょうか。
自分を疑う先生がこの問いを立てないはずがありません。

私達は最も幸福に生まれた人間の一対であるべき筈です(p.34)

主人公も語っていますが、疑う余地がなければ「私達は幸福です」と言い切れば良い。それが「そうあるべき筈だ」と確定を避けています。
先生のお嬢さんへの態度は「信仰に近い愛」「女性崇拝的」です。ありのままのお嬢さんというより、先生の頭の中にある女性像を愛しているという気がする。
これは本当に個人の感想ですけど、遺書で語られる奥さん(当時はお嬢さん)の姿って全然魅力的に映らないんですよね。顔が可愛くて天真爛漫。周りの男の子を翻弄する小悪魔。私も先生の立場だったら絶対に好きになっちゃうんだろうな〜(なんの話)
とは思うんだけど、お嬢さんってそんなに素敵に描かれてない気がします。先生にとって一大事だったはずなのに…

あと勝手に思ってることですけど、お嬢さんはKを当て馬にしてませんか?お嬢さんとお嬢さんのお母さんは元々先生に好意的。お嬢さんも結構最初から先生のこと好きだったんじゃないかな。
明治になって女学生が登場して自由恋愛みたいなものが出てくる時代だけど、先生は奥手というか疑り深い性格のせいでなかなか気持ちを打ち明けられません。お嬢さんは関係を進めるためにわざと先生を嫉妬させるようなことをしている気がします。
Kと二人で会ったり話したり、Kの味方をしたり…。お嬢さんの母親がこれらの行動を許すこと自体、Kが恋愛対象から外れていることの証明だと思いますが、先生はまんまと(?)嫉妬心に燃えてしまうのです。計算ではなく全部を素でやってたとしたらそれはそれで恐ろしいですが…
今まで割と真面目なトーンで書いてきましたが、急にアホなこと言ってる気がする…とにかくKは可哀想です。
Kのことはあまり好きになれないんですけど、Kの考え方はよくわかるつもりです。『こころ』性格診断があれば、私は間違いなくKタイプなので。

私と先生
現在の主人公と先生の姿は魅力に溢れてます。
奥さんに対するより、主人公の「私」に対しての方がよほど恋愛的に見えるんですよね…

私は死ぬ前にたった一人で好いから、他を信用して死にたいと思っている。あなたはそのたった一人になれますか。なってくれますか(p.97)

これは先生から主人公への言葉。
「好きってことじゃん…!」
先生は奥さんも信じられてないことが明確に…つらい。何がつらいって、先生も奥さんもそんなことは望んでないからです。

それにしても人を信じることができない先生が、主人公とは交流を続け、過去のいろいろを話す気になったのか。
ここまでほとんど触れてこなかった主人公「私」について見てみましょう。

主人公の「私」
主人公の私の実家は農家であり、土の香りがします。兄と妹がいて両親も(今のところ)健在。田舎の慣習や両親の言葉など非合理的で煩わしいことも多いのですが、両親の子どもへの情愛を強く感じさせます。
主人公もそこをわかっている。こういう家庭で育った主人公なんですよね。
一方の先生にはそういうものはない。先生は一人っ子ですでに両親はなく、実家は地方貴族。
主人公は先生にとって「疑うにはあまりに単純」に見えます。好奇心旺盛で、損得ではなくただ先生を慕っている。
過去のしがらみなく、疑う必要なく人間的な愛情を久しぶりに(もしかしたら両親を亡くして以来初めて)受け取ったのかもしれない。
そして遺書を受け取った「私」が危篤の父を残して東京へ向かうシーン。物語の主人公的な行動とも言えるし、「人を信じたい」という先生に応える行動とも言えます。先生は知る由もないことですが…

奥さんが可哀想なのは、先生がKに負い目を感じていて、奥さんがいるとKを思い出さずにはいられないことです。いつまでもKの影が付きまとう。
奥さんは愛を与えようとしているけれど、先生はそれをまっすぐ受け取ることができない。

新しい時代と自意識

大袈裟な見出しですけど、私の狭い知識によってるので大したことは書いてません。今までも書いてきたことの重複ですが、いくつかの対立構造があるのかな〜という感じ。

地方と中央/コミュニティと個人主義/旧時代と新時代
まず主人公と先生に見る地方と中央(東京)の関係。主人公には田舎のバックグラウンドがあり、旧来の価値観を持つ両親がいる。
先生も地方出身ですが、叔父との確執から故郷を捨てています。また故郷との最後の繋がりと言えるKを裏切ってKは死ぬ。ここで先生は完全に根無草になってしまう。自らなったと言っても良いかもしれない。
人との関わりに支えられるコミュニティから自由と個人主義の時代への過渡期にあって、先生は「現代人の孤独」の先駆けのような存在です。その一方で、先生が『こころ』で描かれる葛藤を感じるのは旧来の価値観を合わせ持っているから。だから明治の精神と殉死という発想になるんですね。

自意識の問題
意志の人K、ほとんど意志を持たない先生という対比もあります。
先生の行動理由はほとんどが他者です。意志を持たないというか徹底して自分の意志を押し込めているというのもあります。
自殺にあたって、先生の尊敬していたKも乃木大将も同じようなことを書き残しています。それは「もっと早く死ぬべきだったのに」ということ。
先生は死ねない代わりに「死んだつもりで」生きてきました。殉死という理由が最後のチャンスだったのかもしれません。

終わりに

とても複雑で厄介な心の有り様を描いた小説。まさに『こころ』というタイトルそのもの。すごい…
今文学作品のタイトルに『こころ』なんてつけたら、きっと野暮だしハードル高過ぎますよね。「漱石の前例があるから」という意味ではなくて、心について書くなんて相当中身がすごいものじゃないとタイトルとバランスが取れない。読み終わった後に読者が納得できないですよね…
自由と孤独のテーマは現代に至るまでずっと続いています。私も趣味で物を書いたりしますが、今回の読書で書きたいことは全部『こころ』に書いてあったんだ…!と感動しました。
『こころ』は読みたくなる度に買ってきましたが、今はもう手放さないという気持ちです。

蛇足(気になる本文)|性愛について

主題ではないものをあれこれ取り上げるのもな…と私も思ったのですが、疑問は疑問としてここに書き残しておきます。

子供は何時まで経ったって出来っこないよ(中略)天罰だからさ(p.29)

奥さんの「子供がいれば」という旨の言葉を受けての先生の台詞。
ここで先生が「天罰」と言っているのが気になります。先生はこのことを受け入れているというか、諦めているというか、安堵しているというか…変わる(変える)可能性は暗に否定しています。

異性と抱き合う順序として、まず同性の私の所へ動いて来たのです(p.43-)

先生から「私」への言葉。
以前明治期の同性愛についての文章を読んだことがあるのですが、こうした「異性恋愛」の前段階としての「同性愛」という考え方はあったようです。

私はもとより人間として肉を離れる事の出来ない身体でした(p.206)

愛の動機に神聖なものと性欲があるなら、お嬢さんへの気持ちは神聖さしかないという文脈の中で出てくる言葉。
もとは人並みに性欲もあったが…という意味でしょうか。今の先生からはあまり想像がつきません。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?