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【 ティアマトの11の怪物 】ティアマトに関連する神々達【15】

 ティアマトに続けて、それ以外の神々、特に敵対した側の神であるマルドゥクと息子であり再婚した夫であり怪物達の指揮官であるキング、殺された夫であるアプス―、知恵の神エアを中心に書いていきたいと思います。

マルドゥク

 ティアマトと敵対した神々の代表・主(ベール)として、また勝利の暁には最高神としての立場を与えられると約束され戦うことになる神です。
 マルドゥクはティアマトの夫アプス―が殺された際に建てられた聖所において、父エアと母ダムキナより生まれたとされます。
 エヌマ・エリシュにおいては"4つの目と4つの耳を持つ"と書かれていますが、これはマルドゥクが他の神々の二倍の視力と聴力を持つことを表している(後藤、矢島、杉 1978)、ということらしく、実際、その少し前の文章には父であり知恵の神エアから"2倍の神性"をマルドゥクは与えられたと書かれています。更に、唇が動けば火を吹き出し、背は神々の中で最も高く容姿も良く、四肢も長かった、と書かれています。
 
 エヌマ・エリシュ以外にも彼の容姿は文章として書かれていますが、怪物達が格を上げるために追加が多かったのと同じく、最高神たる彼には特に多くの特徴が詩的表現も加わって形容されていきます。

彼の頭髪、それは御柳、彼の頬髭、それは扇、彼の足首、それは林檎の木、彼のペニス、それは蛇、彼の腹、それはリリス太鼓、彼の頭蓋骨、それは銀、彼の精液、それは金……

Botero, 2013

 これだけ派手に形容されながらも壁画に描かれる彼は普通の髭を生やした人間のようで、結局全ての特徴を描き切れなかったのか、はたまたそもそも当初描かれた彼の姿をそのまま残す必要があったのではないかと思われます。

 元々は小都市であったバビロンの一地方神でしかなく、バビロンの強大化に伴って各地の神を取り入れ、その最高神に座るという必要があったと考えられています。
 ティアマトの項目でも触れましたが、恐らくティアマトを祭る地方とマルドゥクを祭る地方で紛争があり、マルドゥクを祭る地方が勝利したことによりティアマトを祭る地方を分割統治したことが創世神話の元になっているのではないかと思われます。

 マルドゥクは戦う際において、弓、鏃、三つ又の鉾を持ち、稲妻を前に炎を後ろに置き、東西南北には風を作り、更に凶風、砂嵐、雷雨、四重の風、七重の風、烈風、旋風*の7つの風を外側に配置し、彼自身は洪水を伴う嵐の戦車に乗り、その戦車は4頭(の恐らくは馬)によって引かれており、それぞれ「殺し屋」「容赦なきもの」「怒涛のようにおしよせるもの」「翼のある物」と名付けられていました。

*後藤、矢島、杉 1978では?となっているが英訳(King 1902)ではWhirlwind(旋風)となっているのでそれを採用した。

 更に右には戦いに混乱をもたらす「戦闘」を、左には謀反者を倒す「激突」を置いたとあり、鎧づくりの長衣で身を固め、頭は神聖なる恐るべき威光に包まれていた、そうです。

 ようは設定盛りまくりの存在なのですが、内容的には彼自身というよりは彼の指揮した軍団のことが書かれているようにも読めます。
 ティアマトについてもその点少し書きましたが、それが彼女自身というよりはその支配する何かを指していたと個人的には推察していまして、マルドゥクも彼自信の使う武器や魔法のように描かれる稲妻や炎、風はそれぞれ戦う兵士の使うものや部隊名のようなものだったのかもしれません。
 巨大な毒を使う怪物であるティアマトに単身突っ込んで体内から破壊したというよりは、地形や罠を駆使し、軍勢を何重にも並べて強固な防御線を貼っていたティアマト勢が偵察で実は組織立っていないことを見抜いたため、包囲されないように左右を固めつつ突撃し、指導者であるティアマトをまず打ち取ることに成功した。こう読むと、設定として盛り過ぎと思われる要素も、その一つ一つを克明に描いていく必要性があったと思えてくるのですが、どうでしょうか?
 マルドゥクは文書で書かれるその異形さゆえにイマイチ描きにくい存在ではあるのですが、こうして解釈してみるとまた面白い創作ができるかもしれません。

キング

 11の怪物の指揮官としてティアマトから任命される神で、彼自信はティアマトの息子でありながら再婚した夫でもあります。
 この息子でありながら夫にするという事は敵対する神々から散々批判されている(原文には"天命に従わず"とある)ので、禁じられた行為を行ったということでティアマト側が忌むべき対象となるようにその設定がつけられているように見えます。

 多くの書籍ではマルドゥクと対峙した際に恐れをなして敗北して捕まると書かれているのですが、もうちょっとそこは原文を見てみましょう。

 主(ベール)は近づいて、ティワワト(ティアマト)の内心を見定めようとし、彼女の配偶者キングの策を探ろうとした。
 かれが見つめていると、かれ(キング)の歩みはもつれ、分別は霧散し、行動はおかしくなった。
 かれのもとにはせ参じた協力者たる神々も、真っ先に進む(この)豪傑を見ると、彼らの視野はかすんでしまった。

後藤、矢島、杉 1978

 この文章ですとマルドゥクが見つめることによりキングがおかしくなった、とも読めるのですが、その前の文章ではあくまで偵察をしている状況です。
 直後の文章ではマルドゥクがティアマト勢の前に現れたことで、視野がおかしくなるとも読めるのですが、キングが情けないので先が見通せない、ということを神々が言っているのかもしれない、という気がします。

 読み方はちょっと勝手なことをしていますが、少なくともキングは有能な指揮官としては描かれていないのは確かだと思われます。
 この後すぐにマルドゥクの挑発に乗ったティアマトとの戦いが始まってしまい、神々も戦いを始め、マルドゥクとティアマトの一騎打ちになりティアマトが敗れてしまったため離散してしまいます。
 この間、キングがなにかをしていたような描写は全くないので、マルドゥクに怖気づいたかはともかく、彼にティアマト勢をまとめるような力がなく、そこをマルドゥクに突かれる形になったというのはそれほどおかしな話ではないでしょう。

 彼はこのエヌマ・エリシュ以外では登場せず、どのような容姿なのかも不明です。
 しかし、ティアマトの息子であることと配偶者であり、軍勢の指揮を任される存在であることから似たような容姿に仕上げつつも、統率しきれなかったり精神的に強くなさそうなところもある面から人物像を仕上げてもよいように思われます。

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