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「漫勉neo」が解き明かす手塚治虫の創作の秘密: 元教授、定年退職178日目

十数年前、研究室の学生たちとの遠足で宝塚を訪れました。宝塚歌劇のスケールと華やかさに圧倒されましたが、私はその後の手塚治虫記念館の訪問をより楽しみにしていました。「鉄腕アトム」世代の私にとって、手塚さんはまさに神様のような存在です。山下達郎さんの曲「アトムの子」ではないですが、「どんなに大人になっても、僕らはアトムの子供さ」という気持ちは今も変わりません。

研究室の学生たちとの遠足で宝塚歌劇へ
「どんなに大人になっても、僕らはアトムの子供さ」

学生たちの冷やかな視線は気にせず、観劇後すぐに手塚治虫記念館に急ぎ、時間の許す限り展示を見て回りました。多くの学生は別階の企画展「エヴァンゲリオン展」に向かいましたが、私は迷わず手塚さんの常設展へ。結局、時間オーバーで遠足委員長の学生に叱られてしまいましたが(いつものことです。汗)、帰りに土産コーナーで大人買いをしたことは言うまでもありません。下写真の「お茶の水博士」もその時の購入品で、長年、私の教授室の守護神として飾ってありました(学生たちからは呆れられていましたが)。

私の教授室の守護神として飾ってあった「お茶の水博士」


先日、浦沢直樹さんの番組「漫勉:さいとう・たかを」を紹介しました。その際、過去の放送回を調べていたところ、HDDの中から「漫勉neo:手塚治虫スペシャル」を見つけました(タイトル写真、下写真:注1)。改めて見返してみると、手塚さんの業績や作品内容だけでなく、漫画の書き方や技術に焦点を当てた興味深い内容でした。

「漫勉neo:手塚治虫スペシャル」(注1)


番組では、まず浦沢さんが手塚さんの晩年の執筆部屋を訪れ、愛用していたペン類などの道具を紹介していました。特に、自分の描きやすい長さに工夫したペンからこだわりが感じられました。

さらに、当時のアシスタントを務めていたOBら(現在は大先生となった、石坂啓さん、高見まこさん、堀田あきおさん)と共に、生原稿や貴重な資料・証言を交えながら手塚さんの執筆状況や創作の秘密を語り合っていました。当時のスケジュール表を見ると(下写真)、手塚さんの驚異的な仕事量がわかります。なんと、一ヶ月に18回もの締め切りがあり(色のついた丸)、読者層の異なる266ページの漫画を同時進行で執筆していたそうです。

当時のスケジュール表:一ヶ月に18回もの締め切りが(注1)


中でも印象深かったのは、医療漫画の金字塔「ブラックジャック」の制作過程です。下書きの線が残った原稿からは、時間の制約によりネームを省略し、コマ割り後にすぐに原稿に丸や線で下書きをしてペン入れしていたことがわかりました(下写真)。

一本の下書きの線とペン入れ後(注1)


興味深いのは、生原稿を赤外線撮影で調べると、ブラックジャックの目が初登場のシーンで何度も書き直し、キャラクターを設定していたことです。ホワイトで修正していた下には、何本も線が見つかり試行錯誤の跡が見て取れます(下写真)。目が大きすぎると子供っぽく、逆に小さすぎると冷たく見えるため、手塚さんが相当悩んでいたようです(その後、冷徹さを表すためにより細いリアルな目に再度変更されました)。

ホワイトで修正していた下には、試行錯誤の跡が(注1)


番組では、他にも手塚さんの革新的な取り組みが紹介されました。音ひとつしない場面で「シーン」という無音の擬音を発明したのは有名ですが(諸説あります)、その他にも、絵を見ただけで性格がわかるようにキャラクターの表情データベース作成をしたり、アシスタントに背景を任せる分業制を導入したりと、後の漫画制作に大きな影響を与えています。背景や色の指定リストも細かく作成されていて驚かされます(下写真)。

キャラクターの表情、背景や色の指定リスト(注1)



このように、「漫勉neo:手塚治虫スペシャル」を通して、手塚さんの創作の秘密が明らかになりました。そして、改めて思うのは、彼の最大の功績は、日本の漫画文化の礎を築き、読者も育て上げたことにあると思います。作品を通して、受け手と創り手が鍛え合うことで、漫画の可能性・将来性の大きさを私たちに教えてくれました。


各作品についてもさらに深く掘り下げてみたいので、機会があればまとめたいと思っています。どうぞお楽しみに!

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<あとがき> 前回のあとがきで、「フランス一人旅を敢行した奥様が、パリの書店で『デスノート』のフランス語版が平積みになっているのを目にして驚いた」と書きましたが、その原本がありましたので、写真を掲載します。ところどころ日本語が残っているのが、面白いですね。

奥様がパリで購入した「デスノート」:ところどころ日本語も残っている


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注1:NHK Eテレ番組「浦沢直樹の漫勉neo『手塚治虫スペシャル』」より

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