さんぽみち

高校の時の僕は、とにかくよく歩いた。今は割と木曜以外は引き籠もりがちだが(また詳しく話すこともあるかもしれないが、詳細は省く)、とにかく一人でのびのび歩くことが好きだった。友達はいたが、その時だけはひとりきりが良かった。当時のガラケーをマナーモードにして。

ウェッジソールの靴だろうが4~5cmヒールだろうが関係なく興福寺の境内をじゃりじゃり歩くなどしていた。というか、寧ろ普通のスニーカーなどを持っていなかった気がする。
これは学校が完全服装自由だったことも関係していると思う。
何を履こうとも自由なのだ。

散歩に話を戻そう。
主に三条通りを登り、猿沢池周辺まで行くことが主に好きだった。
昔、三条通りにあったたしか服のセレクトショップの角を曲がった小路に、コーヒー屋さんがあった。名前は忘れたが近鉄の駅にたまにあるCiao pressoと似た名前のチェーン店であった。そこか、懐かしのVIVREに入っていたタリーズなどで寒い日はホットドリンクを買い、猿沢池のベンチのようなあの手摺(なのだろうか?)に座り、暖を取ったりなどした。
少し、贅沢な気分になれたのだ。
ほかは、市立図書館へ行くことが多かった。

一つ、ハッキリと覚えている光景がある。
その年、昭和頃に発売されたらしい"mellow yellow"というジュースが復刻されていた。
ある暑い日、僕は気に入りの藤色の桔梗のような形の日傘、そして片手に件のmellow yellow、上から下まで気に入りのフルコーデで歩いていた。
登大路の地下通路で遷都1300年までまだまだじゃん、と壁面を横目に真っ直ぐ進み、市内循環のコースを歩いた。学校のある日だったので、折り返して間に合う場所まで。
高畑のあたりまで行けたと思う。
とにかく樹々がキラキラとして見えた日だった。

春日大社一の鳥居あたりまで行ったり、当時の県立図書館に行ったり、商店街をとにかくぶらぶらしたりと、『どこにでも現れるけどどこにもいない』ような日々を送っていた。船橋商店街も切っても切れない思い出がたくさんある。
何故か、市立図書館より向こうは行ってはいけない気がしていた。『ならまち』である。なんとなく、あそこは確実に自分が気に入るまちで、どこまでも行きそうだな!と本能的に感じ取っていたのかもしれない。

こうして書いていると、色々とまた散歩に行きたくなってきた。
じつは、当時の実家から王寺まで40分ほど歩くのも好きだった。
また、近々なにかを見つけに散歩へ赴こう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?