見出し画像

中編小説「青臭いフェイクと味気ない真実」7

何気ない日常や青春にSNSや過去の記憶が浸透し、青臭さが暗く肥大化したとき、惨劇が起きる。そして登場人物の真価が試される。「今を生きる人々誰もが無関係ではいられないテーマ」の小説!第七弾!

前回までのあらすじ;「俺」はトオルと長い東京散歩をするがやがてトオルの裏の面を見て彼を見下す。そして「俺」は久しく会っていないミキやヒカリの事をしょっちゅう思い出し、前者を軽薄な存在、後者を何でも言い合える人と決めつけている。 

 そして「俺」のある過去の記憶。ミキやヒカリと呑み過ぎ、ミキに介抱された過去を思い出し、軽薄だと思っていた彼女の違う面を思い出していく。一方で現在の「俺」はトオルと向かい合い、ヒカリの事等で言葉のバトルを交わすが、トオルからの告白で信頼していたユウタの影を知るが……


 楽器屋の通り。右も左もいくつものギターやベースが掛けられているお馴染みの光景。通りの向こうには大きな交差点と御茶ノ水駅。どこも多くの人が行き来し、細い通りから来た分、一気に空が大きくなった気がする。もう夕方だ。さっきより少し肌寒い。

 俺は楽器屋の一つに入る。ギターケースを担いだ五人組の間を、すいません、と言いながら掻き分け、バンドスコアのコーナーに行き、気になる譜面をパラパラめくる。ふと楽器屋の出入り口のところを見ると、トオルがじっとこっちを見ている。何故か複雑そうな表情。やがて彼も入ってきて、同じように人を掻き分け、俺の真横に立った。しばらく譜面の並んだ棚をじっと見て、それからトオルは口を開いた。

「リク。ミキが、自分たちのこと餌だって言ったこと、覚えてる?」
「うん」

 ある日の教室で、ミキが合コンの男を「餌に群がる鯉」みたいだと言い、その後寂しげに、でもそうだとしたら、私たちは餌だよね、って言ったのだ。

「俺あの発言。凄い感動したんだよ。なんかリアルっていうか。ミキと合コンしてたくだらない奴らには絶対理解できないよね。チャラチャラ遊ぶだけで日常に埋もれていくだけ。で、時期が来たら就活と。それこそ餌だよね。ミキは餌だって自覚があって、痛みを伴いながらも、自分を変えようと必死なんだよ。そこは俺も凄い影響受けた」

 トオルの声が大きく、近くにいた五人組がチラチラ彼を見てて、俺は恥ずかしい。

「でもミキ、最近またバンド再開したらしい」

 そう言った直後のトオルの表情はとても奇妙だった。一瞬ニヤニヤし、すぐにごくりと唾を飲み込み、ニヤニヤした表情も一緒に飲み込んだかのように、真顔になる。そして下を向き、聞き取れない大きさでブツブツ呟いていた。
 俺は黙って彼から離れ、そのまま楽器屋を出た。
 餌発言に対するトオルの感動は多分、ミキからしたらずれている。

 今ようやく俺は、餌発言の時に何故強い嫌悪を感じたか、分かった気がした。ヒカリの話した内容がなかなか思い出せなかったり、ミキの「プラスチック感のある」話を全て覚えている理由と一緒に。
 
 御茶ノ水駅前に立つ。楽器屋の通りの方を見る。みんな寒そうに、速足で交差点を行き来する。目をこらしてみるが、トオルの姿は無い。せめて対面で、この後用事があるからこれで、と言いたかったが、携帯でもいいかもしれない。上着ポケットから取り出す。

 あのさ、これから呑まない? 大学近くの、いつもみんなで行ってた居酒屋で。

 四角い枠の中に表示されたメッセージに驚く。ヒカリからだ。もちろん行きたい。だけどユウタはどうしようか。まだ断って無かった。正直ヒカリと二人がいいと思う。しかし考えている内に、四角い枠に新たなメッセージが表示された。

 あのさ、今からちょっと用事あるから、いきなりで悪いけど、解散で、
 トオルからだ。どういうことだ。
 そして手の平に伝わる振動。
 ユウタからの着信。

「もしもし?」
「いきなり悪いな。ヒカリから、呑みの誘い来なかったか?」

 俺の足がひとりでに動き出す。新しい扉が開きそうで、胸が疼く。何かを期待してしまう。

「ああ、ついさっき来た」
「うん。そうなんだ。一回止まってしまった計画について話し合いたい」

 計画。速足で歩いている内に、あっという間に見えて来た。雪を固めたような白が夕日で薄いオレンジに染められている。ニコライ堂。

「ヨーロッパ旅行の計画か」
「ビンゴだ。俺も凄い行きたい」
「なんか、ちょっと唐突だな」

 かなり寒くなってきた。手袋をはめて両手を擦り合わせても、なかなか暖かく感じない。ニコライ堂の敷地に入る。右奥に十五階建てぐらいのビルが立ち、ニコライ堂の正面を照らすはずの日光を遮っている。後光のように太陽を受けるビルは、現代のカミサマ。
俺は立ち止まり、早口になっていくユウタの話を聞く。

「唐突というか、ずっと行きたいって思ってたんだろ。昨日ヒカリに会ったってさっき言っただろ。実は会えたの夜九時過ぎで、ハアハア息つきながら、待ち合わせ場所のカフェに来た。今考えれば、俺に会う前にトオルと会ってたんだろうな。とりあえず大学近くのカフェ行って、ほら、あのおばあさんがやってるとこ、五人で散歩し終わった後よく行ってただろ。とにかくそこでヒカリと話してた。それで、ヒカリはこう言ったんだ」

 ビルの端から日光が僅かに漏れてくる。影になっていた俺の足元が仄かに明るくなる。ユウタの話のテンポがゆっくりになり、ヒカリの話を再現し始めた。まるで本人から聞いてるようだった。

「多分私はみんなからしたら、特徴の無い、普通の生活をしてたと思う。普通とは何か?とか、今は聞かないでね。お金の関係で多めのシフト入れるときはあったけど、掛け持ちしてる訳じゃなくて、ずっと地元のチェーンのカフェでバイトしてるし、サークルもカメラ部一つだけで、授業出れないくらいバタバタしてる訳でもない。旅行は割と好きだけどね。草津温泉良かったなあ。大雪降って大変だったけど、余計温まった。私は私の生活が良いな、と思ってたし、みんなと会うたび、知らない世界の話を聞けるのが楽しかった。だけど、知らない世界が大きく膨らんでいって、私に会う時間も無いんだろうな、って分かった時は、寂しかった。わがままなんだろうね。一時期、新しくサークルとか入って、自分のライフスタイルに合う友達作ろうかな、と考えたけど、別に青春のパッケージを買いたい訳じゃないし、私たちは色々な偶然で五人になったと思うから、無理に代わりのものを作っても苦しいだろうな、って止めた。で、気づいてたかもしれないけど、私は今トオルと付き合ってる。あのさ、ユウタ、覚えてないかもしれないけど、去年の九月にクラブ行った時、トオルになんて言ったか覚えてる? 露骨に見下された彼も傷ついたし、私も女として傷付いた。なんとなく覚えてる? そんな、別に今更責めたいからこの話してる訳じゃない。そんな泣きそうな顔で謝らないで。謝るなら一緒に旅行行ってよ。それでさ、あのクラブをきっかけにして、トオルと私、凄く近くなっていった。何も無い者同士、埋め合わせ合った感じかも。彼は何も無いなんてこと無いと思うけど、私はね。付き合いだした頃には、五人で何かすることも、ほとんど無くなってた。だから付き合ってしばらくして、トオルが変にそわそわして、私といても携帯いじってることが多くなったり、会話に私の知らないカタカナ語が増えて、その意味を聞き返せる雰囲気じゃなかったり、最近は、会う予定合わせるのも難しくて、たまにしか会えなくなってる。普通じゃないことができたり、あくせくしたりしてないと、こんなにみんな離れちゃうものなのかな。リクみたいに色々な本読んで、小説とか書けたら、そういう世界に沈み込めて、ごちゃごちゃ悩まなくて済むのかな。街中とか歩いてて、行き交う人と景色を組み合わせて、想像で物語にできるって、凄く素敵なことだよね。私は雰囲気とか、シチュエーションとか、与えられないとのめり込めないから、せめてみんなとヨーロッパ行きたいよ。なんか無理矢理なつなぎになっちゃったけど」

 太陽がビルの横に顔を出す。ニコライ堂の正面が白く輝く。濃くなってきた青空と教会しか見えなくて、もう周りにはビルも何も無くて、ヒカリが見たい景色が広がってるんじゃないかと、思ったりする。

「俺は色々反省したよ。トオルがミクスズとか活動的になった時期と、俺が公務員勉強始めた時期ってかぶるんだよね。最初は自己満足にもなって、テキストが進む度に自信付いてたけど、やっぱり分からない問題とかポロポロ出て来て、草臥れて携帯いじるとトオルの派手な写真とか投稿が流れて来て、なんか焦っちゃって、焦ってる割に、テキスト一枚一枚めくるのも面倒でやめてしまった。サークル行ってもさ、ふとみんなでダベった時に携帯見たらさ、何々しました、どこ行きました、何々できました、みたいなのがどんどん流れて来てさ。大したことじゃないって言い聞かせても焦って、周りでダベってる奴らにも勝手にイラついたりしてた。トオルとの共通の友達に連絡して、アイツがミクスズで浮いてるとか、ゼミで浮いてるとか、そういう話を聞いてる時は安心したけど、ああいう話って、聞き続けないと安心できないんだよね。トオルのキラキラ投稿は留まるところ知らないし、見ないようにしても気になっちゃうし」

 天辺に十字架が立つ、ドーム状の薄っすらした緑の屋根。夕日に輝く白の間を縫うようにして、濃い灰色の線が秩序だって、模様のように刻まれている。教会の出入り口から出てくる若い男女二人組。ヒカリとここで待ち合わせたのを思い出す。

「ヒカリに昨日会って、それでさっきも電話あって、俺は本当反省したよ。人を影で見下してばっかりで、ミキはまあ最後に会った時元気そうだったけど、トオルは明らかに疲れが顔に出てて、それでももっと何かやらなきゃ皆に認めてもらわなきゃって焦ってて、見てて痛々しかった。色々と手に入れたいって、そんな疲れた顔で何手に入れるんだよって、思ったよ。でも、そんなトオルを作るきっかけの一つは、多分俺だから、これで全てチャラにできるとは思ってないけど、ヒカリの旅行計画にはできる限り協力して、またいつもの五人に戻したい。旅行先で、俺たちと違う文化の人たちの生活に少しでも触れられたら、ヒカリの言う『普通』の奥行も感じられて、俺らは俺らなりの『普通』を堂々と過ごせて、いつも周りより目立たなきゃ何かやらなきゃってならなくて済むと思う。『普通』をつつくだけで案外色々なものが出てくるものなんだよ。それで後悔してしまったら、またやり直せばいいよ。どうせ人生一回で、儚いものなんだから、でも、後悔したくらいで散るものじゃないから。だからまずは、ヒカリの言う通り、皆で、五人でヨーロッパに行こう。あと、呑みの前にちょっと大学来てくれないか。また細かい場所とか連絡するわ」

 きっと暮れて来て赤みがかった空と、その下で堂々と立つ教会の周りは、レンガ造りの古い町並みか、一面の麦畑で、金色に輝く畑の中を、バスで通って、まるで金色の海を泳いでいる気分になるような、そんな映像を、俺の映写機は映し始めた。だけど黒い一本の線が場面に入り込み、映像は一時停止してしまう。

 ユウタの話は真っ当だし、素晴らしいと思った。だけどどうしても疑問が浮かぶ。細かい点はいい。だけど、昨日ヒカリと色々話して、反省したのに、何故俺と昼SNSでやり取りした時は、トオルをどこか見下すようなことを送ったのだろうか。もちろん人間すぐに反省しきれるものじゃないから、昨日ヒカリと話したけどまだトオルを見下したい気持ちが残ってて、さっきヒカリとしたと言った電話で完全に反省して今に至る、という解釈も可能かもしれない。
 だけどどこか疑問は尽きず、さっきの電話ではヒカリとどんな話をしたのだろうかとか、色々考えてしまう。
 ヒカリとの電話の内容については一言も話さず、ユウタは電話を切ってしまったのだから。(続く)

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?